最近、低迷が目立つ米国の小売業界。その原因は、ディスカウントの失敗や立地の悪さといった「基本的な戦略」にある。そうしたなか、毎年恒例の業界カンファレンスがニューヨークで開催された。

低迷する米国の小売業界

マンハッタンにあるジャヴィッツ・コンベンション・センターの3フロアに1月13日~15日、小売業界のプロたち約3万7000人が集まった。その目的は、仮想現実(VR)や人工知能(AI)、顔認識などを使ってショッピング体験に「革命を起こす」ためだ。
しかし、ホリデーセールに関するぱっとしないレポートが発表されたあとでは、小売各社はVRゴーグルに固執するのをやめて、その多くが小売の基本さえ正しく理解していないという厳しい現実を重く受け止めるべきように思える。
1月10日の小売株の急落は、企業にデジタルワールドでの競争を迫る圧力の大きさと、小さなミスが命取りになりかねない状況のシビアさを物語っていた。
大手百貨店メイシーズはブラックフライデーの売上こそ順調だったものの、ホリデープロモーションの変更が裏目に出て、12月の客足はガクッと落ち込んだ。J・C・ペニーは採算ベースを下回る店舗がまだ数多くあることを認め、さらなる店舗の閉鎖を公言している。
ベッド・バス&ビヨンドも、割引や無料配送などのサービスを提供するアプリベースの新しい会員プログラムが利益率の足を引っぱった。その一方で、同社の各店舗にはアマゾンなどの他店でも手に入る商品が大量に売れ残ったままになっている。
「これは小売の基礎だ」と語るのは、小売に関する調査とコンサルティング業務を手がけるグローバルデータ・リテール(GlobalData Retail)のアナリスト、ニール・ソウンダースだ。「派手な方策に向かう前に、ちゃんと基本を抑えるべきだ。まったくイライラさせられる」
しかしここ最近、こうした「派手な方策」は小売業者のあいだで大流行している。
スーパーマーケットチェーンのクローガーはマイクロソフトと業務提携を結び、デジタルシェルフとデータ収集センサーを備え、マイクロソフトのクラウドネットワークによって稼働する未来的なショップをオープンすると発表した。ウォルマートも、ドライバーレス配達業者のラインナップに新たな自律走行車メーカーを追加した。

最新技術に対する多額の投資

全米小売業協会(NRF)が1月13日~15日に開催した業界最大のカンファレンス「NRF 2019」(通称「ビッグショー」)では、さらなる発表があとに続いた。
同カンファレンスでは「出席者たちが最新テクノロジーの試運転を行い、さまざまなソリューションが実現するのを目の当たりにする」と公式サイトには書かれている。出席者たちは「AI革命」に関するプレゼンテーションを聞いたり、「私の店にロボットが必要な理由」を理解したりする機会が得られるという。
これらは「話だけ」ではない。小売各社は現在、モバイルアプリや自動倉庫などの最新テクノロジーに大金を投じ、マイクロソフトやグーグルらと業務提携を結んで、自社のデジタル技術に磨きをかけつつある。
しかしこうした状況は同時に、投資家を怖がらせてもいる。モバイルアプリの開発やeコマースの改善への支出が、人件費や輸送費の上昇による圧力をすでに受けている利益率にさらに食い込むにしたがって、小売各社の株価は下落してきた。
調査会社ガートナー(Gartner)によれば、小売テクノロジーへの支出は2019年に世界全体で3.6パーセント上昇し、2000億ドル(約21.7兆円)超に達する見込みだという。小売の専門家115人を対象とするある調査から、2018年に予算の増額がもっとも見込まれた分野は「最新技術」だったことがわかっている。
ウォルマートのジェレミー・キング最高技術責任者(CTO)は1月11日、Bloomberg Televisionのインタビューで「当社はスマートな投資を目指している」と語った。「当社はこれまでずっと、収益性と投資のバランスをうまく保ってきた。けっして『白紙小切手』式のやり方ではない」
小売業者はこれまでずっと、客に商品を売り歩くという大昔からのスキルを進化させる、新たな方法の発見に夢中になってきた。
たとえば15年前には、RFID(無線自動認識技術)が騒がれた。この小さなワイヤレスタグが目指したのは、いつも棚が商品でいっぱいで、万引きなど一切なく、サプライチェーンもスムーズに稼働する小売業界をつくることだった。
しかし、RFIDの配備にはコストがかかり、その効果はなかなかあらわれなかった。結局RFIDはもっぱら、贅沢な商品など高価な品物に使用されることとなった。

顧客を喜ばせるための技術

たしかに、良い効果を生み、業績の向上に貢献している小売テクノロジーもなかにはある。ディスカウントストア大手のターゲットはサプライチェーンを対象とするソフトや分析に投資し、客がクリスマスイブの間際にプレゼントを注文しても店舗で商品を受け取れるようにした。
調査会社エジソン・トレンズ(Edison Trends)によれば、ウォルマートはウェブサイトのデザインを変更し、これが一因となって12月のオンライン売上は前年比で86パーセント上昇したという。テクノロジーが消費者に明らかな違いを及ぼした例だが、このようなケースはそう多くない。
コストコは何十年ものあいだ、基本を忠実に守ることによって他社をしのいできた。つまりデジタルシェルフなどにこだわらず、客が求めているものや「それまでは求めていたとわかっていなかったもの」を低価格で販売するのだ。
コストコの値札のほとんどは、店の奥にあるHPのプリンターで印刷されている。コストコにとっては、そんなことは問題ではない。アップルのノートパソコンをはじめとする新商品のおかげで、12月の売上はまたも予想を上回っている。
場合によっては、テクノロジーが害をもたらすこともある。
オムニチャネル・パーソナライゼーションを提供する企業リッチレリバンス(RichRelevance)の調査から、買い物客の10人中7人がAIが自分の代わりに商品を選んで注文する行為を「気味が悪い」と言っていることがわかっている。「格好いい」と言っているのは14%だけだという。
また調査会社イーマーケター(eMarketer)によれば、買い物客のほとんどはセルフ方式のレジよりも人間のレジ係を好んでいるようだ。
ウォルマートのキングCTOは「当社は、技術のために技術を使っているわけではない」と語る。「技術を顧客に喜んでもらえるものに変えることが大切なのだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Matthew Boyle記者、Emma Chandra記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.