「BEAMS」がAIパートナーと挑んだミライ店舗の全貌

2018/12/28
ライフスタイルを提案するセレクトショップ「BEAMS」を展開する株式会社ビームスは、国内外に約160店舗を構え、1976年の創業から根強い人気を誇る。

データドリブンなビジネスが定着しつつある中、小売業界でもECだけでなく、リアル店舗のデジタル化を推進する小売業者が目立ち始めた。ビームスもその1社。アウトレット業態の新店舗3店に、ABEJAのAI(人工知能)を活用した店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」を導入。入店者数の取得に加え、来店客の属性と動線分析データを収集、分析に乗り出している。

国内屈指の人気を誇るセレクトショップは、データの活用で何を実現しようとしているのか。そのためのパートナーとしてなぜABEJAを選んだのか。アウトレット事業本部本部長を務める清水伸治取締役に語ってもらった。そして、ABEJAはビームスのアウトレットプロジェクトをどのように振り返っているのか。プロジェクトをリードした2人のエンジニアに話を聞いた。

必要性を感じつつも手を出せていなかった

──ビームスは、店舗のデジタル化に関してどのような取り組みをされていますか。
清水 店舗のデジタル化、とくにIoT化は注目している分野です。お客様は会員か非会員か、非会員なら男性か女性か、年齢はいくつか、どのような経路でお店を回りどこで何秒立ち止まったのか、手に取った商品は買ったのか……。
 わざわざ店舗に足を運んでくださったお客様の行動において、テクノロジーを活用して収集したいデータはたくさんあります。たとえ購入いただけなくても、その行動データは、商品の仕入れや陳列方法、レイアウトの変更に役立てられる貴重な宝物のようなものですから。
 ただ、現実は、ビームスでは全店舗に入店者を数えるカウンターを導入して、「購入者数÷入店者数」によるお買い上げ率を把握するにとどまっていました。
 そんな中、ABEJAのCEO、岡田(陽介)さんに出会ったんです。岡田さんはその当時、まだ20代。AIの利点と自社の強みをお話しいただいて「これはやはり可能性がある」とデータ活用、AIへの関心がより一層高まったとともに、「こんなに若いのに目指す理想が高い」と感じて、一緒に取り組みたいと思ったんです。
 そこで、店舗を限定して来店客分析のためのAIを活用した店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」を導入しました。

来店客の「動線分析」というチャレンジ

──ビームスでは、データ活用のファーストステップとして、どんな活用の仕方をしているのですか。
 お客様入店の動機付けとして、ウィンドーディスプレーでの打ち出しやデジタルサイネージを用いた「VMD(Visual Merchandising)」を行っていますが、その評価を測る指標は非常にあいまいです。
 ですから、ファーストステップとしてまずABEJAのソリューションを使って、店舗の前を通る人数と入店者数を把握して入店率を分かるようにしました。
ABEJAの「ABEJA Insight for Retail」を導入したアウトレット店舗。(写真提供:株式会社ビームス)
──まずは店舗の入り口をデジタル化した、と。
 そうですね。このファーストステップでデータを活用するインパクト、ポテンシャルを私が感じましたし、社内も「効果ありそうだね」という雰囲気になり、その後に入店後のお客様の行動分析をスタートさせたんです。
 まず、お客様の属性として、来店客の性別、年齢という基本情報を店内のカメラを通じて収集。そのうえで、お客様はどのような経路をたどっているかのデータを集め始めています。とくに、マネキンをはじめとしたPP(Point of Presentation)に何人、何秒立ち止まり、実際に購入してくれたお客様は何人かという分析を始めました。
マネキンなどのPPの設計にもデータを活用し始めている。(写真提供:株式会社ビームス)
──そうして集まったビッグデータから何を得られましたか。
 店内のウィークポイントが見えました。まず場所。お客様が店内を回った行動の「線」が把握できますから、お客様が足を運んだ回数が少ないエリアが一目瞭然で分かりました。
 限りあるスペースをくまなく見てもらうためにはどうすればいいか、マネキンの位置などのPPと、アイテムレイアウトの見直しにも役立てることができています。
 また、ある場所における滞在時間という「点」の情報にも価値があります。たくさんのお客様が長く立ち止まっている場所が2つあったとします。
 でも、1つは購入率が高いけど、もう一方は高くないという傾向が出ることがあります。そうした場合は、商品に見直すべき点があるのかなとか、お客様が迷うポイントがあって背中を押すためにスタッフがいくべきだなとか、気づきと打つ手が考えられるようになりました。

データ活用は自社だけでは太刀打ちできない

──テクノロジーのプロではない小売業のビームスが、従来の業務と並行してデータを解析するのは大変な作業のように感じます……。
 大変ですよ……。お客様の動線分析だけでも、来店の多い日で数千人ほどありますから。
 「データは魔物」と言いますか、データの価値を感じると「あれも知りたい、これも知りたい」とどんどん欲が出てくる。ただ、データを取得したとしても、そのデータをどうやって店舗運営に生かしていくことが「BEAMS」のアウトレット店舗にとって最良かを見いだすために試行錯誤を繰り返さなければならない。
 そこでありがたいのがベンダーの担当者なんです。
 ABEJAは単なる技術を提供するテクノロジー企業にとどまらず、導入した後にデータの活用方法を指南してくれています。エンジニアの方も、業容を理解しようと店舗に出向いてお客様の行動を見て、システムのチューニングに生かしてくれたりしているんです。
 たとえば、「立ち止まる=興味がある」って何秒くらいが適切なのかって指標がないとお客様が立ち止まったってシステムに認識させようがないですよね。
 私たちが直接、チューニングすることは難しい。とはいえ、業務を理解していないと現実とは違うモデルになってしまう。ABEJAはそれを分かってくださっていて、もともと持つテクノロジーの力に、小売りの業務知識・経験を組み合わせようとしているのでしょう。
──店舗の中身がどんどんデータ化されると、店舗をつくるスタッフの仕事もなくなるのでしょうか。
 いや、そんなことは全く思っていません。「BEAMS」というセレクトショップになぜお客様が足を運んでくれるのか。それはお客様が「BEAMS」のスタッフを信頼してくださっているからだと思うんです。
 品ぞろえや快適なショッピングができるプラットフォームとしての店舗運営に加えて、ビームスでは多様なスタッフがお客様一人ひとりに提供できる体験が重要だと考えていますし、それは今後も変わりません。
 ただ、選んだ商品や手がけたキャンペーンの結果がどうだったか、これまでは購入データなどで見極めていましたが、動線分析を行うことでプロセスをみることができ、検証の精度は上がります。
 ビームスの店舗づくりはあくまで人。ただ、ここまで進化したテクノロジーの力を活用しない手はありません。
 人を支える強力なパートナーとしてデータやAIを活用していこうと思っていますし、ABEJAのようなテクノロジーパートナーの力がますます必要不可欠になってくると思っています。現在は試験的に店舗を限ってアウトレット業態の3店舗でABEJAのソリューションを導入していますが、今後適用する店舗数を増やしていければと思っています。

ABEJAは「AIベンチャー」にあらず

──大田黒さんは、ABEJAでどのような役割を果たしているのでしょうか。
大田黒 私は高等専門学校から大学編入を経て、サービスの立ち上げ間もないABEJAに入社しました。今よりも人数がずっと少なかったので、担当業務がほとんど分かれておらず、サービス立ち上げに関わるさまざまなことをやってきました。
 今では、IoTデバイスの研究開発やAIのアルゴリズムの改良を通して「ABEJA Insight for Retail」のサービス基盤の開発・改良に携わっています。ビームス様の「BEAMS OUTLET」のプロジェクトでは、基盤開発で培ったノウハウを生かしつつ、齋藤とともに新デバイスを伴う動線分析の基盤開発に携わりました。
──齋藤さんのミッションも教えてください。
齋藤 大田黒などのメンバーが作った基盤に、お客様のデータを読み込んで分析し、お客様が求めるかたちにしてご提供しています。データを生成して分析するというデータサイエンティストのような立場です。
──ビームスのプロジェクトをリードしたのが齋藤さんと聞いています。
齋藤 さまざまな体験を得たプロジェクトでした。シンプルに言えば、テクノロジーパートナーの範囲を超えて、ビームス様とお付き合いしていることです。
 どのようなデータを収集し、そのデータにどんな意味合いを持たせるのかを決めることがデータを有効活用するためにはとても重要な要素になります。その判断は、お客様の業務を知らなければ不可能です。
 たとえば、ある商品を買わなかったけれど、関心を示したひとが何人いたかを知りたいという要望があったとします。その場合、「関心を示した」とはどのような行動のことなのかを定義しなければなりません。
 5秒止まったひとを指すのか。10秒なのか。手に取ったひとのことか。立ち止まらなくてもその商品に目線がいったひとのことを含めるのか……。
 このように、「関心を示す」という行動をデータに置き換えるにしても、定義することが複数に及びます。こうしたことは実際に店舗に行き、お客様を見て、店舗のスタッフの方々と話さなければ実現するのは困難です。
 ですから、テクノロジーを実装する前に、小売・流通という業界、加えて、ビームス様のアウトレット店舗を知ることが大事なのです。
大田黒 齋藤が話すように、私たちはお客様の業務を知ることにかなりの時間を割いています。ビジネスユースで何らかのテクノロジーを導入しようとすると、お客様にまつわる業務知識や業界知識が必要ですが、AIを活用したプロジェクトではそれらがもっとも大切だからです。
 それだけではありません。業務知識や業界知識を踏まえたデータ活用・分析だけでなく、それ以前のインフラ、データ収集のための設備やシステム構築にも私たちは関与します。
 今回のビームス様のプロジェクトでは、店舗にカメラを設置していますが、このカメラの研究開発・施工にもABEJAは関わりました。それは、店舗全体をくまなく撮影し、取得するデータの精度を上げるためには、カメラの性能や位置、画角といった設置環境がとても重要になるからです。
 カメラについても、既存のカメラをそのまま使うのではなく、メーカーと協業し、最適なかたちにチューニングしてお客様に納品しています。
 IoTをビジネスに導入する場合、単純にデバイスを設置し、データを整備してアルゴリズムを調整するだけでは不十分。だから、私たちはお客様の業務を知り、テクノロジーを実装する前の段階の施工にも取り組んでいるのです。ですから、他の開発ベンダーと違って、業容が広い。それは、学べる範囲が広いと言い換えることができるとも私は思っています。
 私たちが提供するのはSaaS(Software as a Service)ですが、通常のSaaSベンダーであれば、ここまでは手がけないかもしれません。ただ、お客様も初めてのプロジェクトの場合が多いですし、私たちもサービスを磨く時期。こうした活動を経てSaaSの基本機能が洗練され、クオリティが向上するとの考えから、単なるサービス売りにとどまらない活動を行っています。

映像解析は最強のリテールを実現する手段にすぎない

──今のお仕事内容を聞いていると、単なるテクノロジーの提供にとどまっていない印象を受けます。言うなれば、テクノロジーパートナーではなく、ビジネスパートナーのような存在かと思います。
大田黒 ある一面では、小売・流通業といったほうが近いかもしれませんね(笑)。だからこそ、やりがいがあります。単なるテクノロジーを実装するだけではない、ビジネスパートナーとしてお客様と関わることができますから。
 消費者行動の変化により、小売・流通業界は変革のまっただ中にいます。その中で、私たちが考える最強のリテール像というのがあり、それをお客様とともにディスカッションしながら、実現に向けて伴走することに醍醐味があります。
齋藤 ABEJAでは今期、リアル店舗の完全データ化を目指しています。そのデータを使って、データドリブンな店舗経営のモデルケースを構築し、SaaSのパッケージサービスにそのノウハウを取り込み、お客様が私たちのサポートがなくても、容易に導入・運用できるような未来を描いています。
 今、私は小売・流通業向けのAIを突き詰めていますが、これが成功したら、小売・流通業で経験したノウハウをもとに、ほかの業種・業界向けのSaaSサービスを横展開するつもりです。AIプラットフォーム「ABEJA Platform」が基盤としてあり、その上に、各業界向けに最適化されたAIのサービスラインアップがいくつもそろっているという状態をつくりたいのです。
 そうなると、私個人のキャリアとしてもAIをベースにしながらさまざまな業界の業務を知るデータサイエンティストとしての道を歩むことができると思っています。
──お二人とも若いにもかかわらず、前線に立ちキーパーソンとして活躍しています。それはABEJAのカルチャーからくるものですか。
齋藤 おかげさまでたくさんのプロジェクトの要望をお客様からいただいており、必然的に前線に立つ機会が多いですね(笑)。それに加えて、ご指摘の通り、カルチャーに起因している面は大きいと思います。
 今回のプロジェクト参加は、「このプロジェクトに興味ある?」というきっかけからでした。そこから大部分を任せてもらい、ここまでくることができました。自主的に仕事を進められるのは間違いないです。
大田黒 上司が存在しないに等しいフラットな組織ですし、意欲があればどんどんチャンスをもらえます。だからこそ、自ら考え行動し責任を持ってプロジェクトを完遂しなければならないという責任はありますが、必要に応じて自らサポートを求めれば社内のメンバーが積極的に助けてくれるチームワークがあります。
 私は、新卒入社ですが、50代の経営コンサルタントやクラウドのスペシャリスト、各業界の業務知識や経験が豊富なベテランなど、社内にはさまざまな分野の専門家がいます。そんな人たちが多角的にサポートしてくれるので、かなりのスピードで成長できている自信があります。
 ABEJAは、「イノベーションで世界を変える」ことをビジョンにしている会社です。社員が革新的な挑戦ができるような組織づくり・文化の醸成を常に行っています。
 もちろん、年齢や国籍、社会人経験の年数などで差別されることは全くありません。
 新卒1年目の齋藤が今回のビームス様のプロジェクトリーダーを務めていることがその証拠。ABEJAは、個々に権限を委ねて任せてもらえる「成長の場」だと思っています。
 ABEJAは、Google本社より日本企業として初めて出資を受け協業を始める(*)ほか、2019年3月4日、5日にはビームスの清水取締役も登壇される、日本最大級のAIカンファレンス「SIX 2019」も開催予定です。一層の事業拡大に向けて、テクノロジーの力で産業構造を変革するコア人材を募集しています。
「イノベーションで世界を変える」。ビジョンに共鳴をいただく方との出会いをお待ちしています。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:森カズシゲ、デザイン:九喜洋一)
*ABEJAの創業者で代表取締役を務める岡田陽介氏がグーグルとの資本提携について語った記事も公開しています。合わせてお読みください。
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