商店街、行政、企業、住民を巻き込むAirbnbの地域活性化

2018/12/26

世界8万1000都市、累計4億人以上が利用

「ホームシェアリング」という言葉に代表されるAirbnb(エアビーアンドビー)。世界中のゲスト(旅行者)と宿泊先を提供するホストをつなぐサービスだ。
あまり民泊の普及が進まない日本では、ホームシェアリングは単に空いている部屋や家を貸すサービスとしてくくられがちだが、Airbnbの本質は国境を超えた人と人、人と地域の交流を創出し、新しい体験を提供するプラットフォーム。
ホストとの交流を通して、ゲストはその土地での暮らしを体験でき、またホストと一緒に地元を巡ることで、ガイドブックには載っていない旅を体験できる。世界中から訪れるゲストと地域との交流は、地域活性化に寄与する側面も持っている。
現在、Airbnbの宿泊利用者は世界8万1000都市に累計4億人以上。予約可能なリスティング(宿泊先)は、191カ国500万件を上回る。

健全なホームシェアリングで、全国の地域活性を実現

2020年までに外国人観光客を4000万人、2030年までに6000万人まで増加させるという目標を掲げている日本。さまざまな取り組みによって、海外からの観光客は増加しているものの、一方で課題になっているのが宿泊施設の不足。
この需要に応える受け皿としても、民泊は期待されている。
しかし、安全面や騒音、ゴミなどによる近隣トラブルが社会問題化していることも事実。そこで、健全な民泊を普及させるべく、2018年6月15日に民泊新法(住宅宿泊事業法)が施行された。
これを受け、Airbnbでは「いろんなわが家に旅しよう」をテーマに、地域とホスト、ゲストをもっと有機的につなげていくことで、日本全国の地域活性化を目指した全国キャラバンツアーという名のプロジェクトを発足。
地域の魅力と独自の楽しみ方を発信するための、移動型のミートアップキャラバンだ。
島根県奥出雲町で開催されたキャラバンイベントの様子。地元産のそばやジビエのBBQを食べながら交流が行われた。
全国キャラバンツアーでは、10月から12月にかけて、京都や岩手、北海道、徳島、島根、千葉など10カ所を周る。
そのなかに、地域活性化を必要としているように思えない東京都世田谷区(下北沢)も含まれている。なぜ東京の下北沢での開催に至ったのだろうか、ひもといていく。

増える観光客を傍観。都会ならではの課題にメス

下北沢といえば、古着や演劇、音楽など、若者から人気を集めるサブカルの街。
なぜ、ここでキャラバンイベントを実施することになったのか。仕掛け人の一人で、自身も下北沢の自宅でホストをしているAirbnb Japanコミュニティ・コーディネーターの安藤若菜氏がその理由についてこう語った。
「下北沢は、外国からの旅行者がとても増えているにもかかわらず、商店街もホストも何をしたらいいのか分からず、傍観者になっていたんですね。この現象は下北沢だけでなく、都内の商店街はどこも同じ。
地元民には人気でも、海外からの旅行者からすれば入りにくいお店や、地元民しか知らない場所などを教えないのはもったいない。そんななか、下北沢は駅前に観光案内所を作るなど、何とかしたいという意思を感じました」(安藤氏)
Airbnb Japanコミュニティ・コーディネーター 安藤若菜氏
「私もホストをしているので、外国人観光客は駅前のビルよりも商店街を好むことを知っています。下北沢なら、傍観者から一歩先に進んだ商店街になれるのではないかと思いました」(安藤氏)
そこで安藤氏は、地域コミュニティのなかで知り合った、下北沢を活性化させるための地域情報メディア『ILOVE下北沢』を運営する株式会社アイラブの代表取締役・西山友則氏にコンタクトを取った。
「下北沢には、外国人観光客がもっと楽しむための仕掛けが少ないと思っていました。これを作れたら、商店街は活性化するのではないかと。うちが運営しているカレーフェスティバルとうまく接続できないか、メディアで情報を発信できないか、何をしたらいいのかと考えていたところに、安藤さんから連絡が来たのです」(西山氏)
株式会社アイラブ 代表取締役 西山友則氏
西山氏も同じ課題を持ち、行動を起こす一歩手前にいることが分かった安藤氏は、下北沢でキャラバンイベントを開催することを目指して、ここから一気に商店街や世田谷区、大学生、ホストなどを巻き込んでいく。

観光客が増えても、宿泊施設がない

「下北沢は15年前に連立立体工事が始まりました。それ以降、駅周辺に仮囲いができ、乗り継ぎにも時間がかかるようになったため乗降客数が減少しました。だから、いかにして魅力ある街を維持して、工事後の街を盛り上げるかが14年前に私が商店街理事長になった時からの課題だったんです」
下北沢駅の工事の様子
そう語るのは、しもきた商店街振興組合・理事長の柏雅康氏。
人気のある街というイメージのある下北沢だが、乗降客数の減少という明らかな数字からも、課題を抱えていることが分かる。柏氏が街の活性化につながる光に気づいたのは、今から約5年前のことだ。
しもきた商店街振興組合 理事長 柏雅康氏
「下北沢周辺には大使館もあり、住んでいる外国人はたくさんいるので、駅にスーツケースを持った外国人がいることは珍しくありませんでした。でも、10年前から東アジア諸国の人が、5年前から欧米系の人が大幅に増えた印象があったんですね。そこで調べると、彼ら彼女らは旅行者で、民泊を利用していることが分かった。
ゴミや騒音の問題で、民泊=NGという人は多くいますが、これだけ訪れてくれる外国人観光客の存在を、商店街としても無視できません。下北沢だけでなく、世田谷区全体に宿泊施設が少ないため、民泊を絡めた街の受け入れ体制は作るべきだと考えるようになった頃、西山さんの紹介で安藤さんと出会いました」(柏氏)
柏氏の言う通り、下北沢や三軒茶屋、豪徳寺、二子玉川などがある世田谷区内の宿泊施設は、たったの19軒(2017年3月31日現在)。
2016年の「外国人買い物客の実態調査」で、下北沢周辺事業者への「外国人買い物客来店実績」は80%以上という結果が出ており、買い物には来るけれど宿泊しないという機会損失を多く生んでいることは容易に想像できる。
宿泊施設を増やす施策はないが、まちなか観光で交流を促進したいと考える世田谷区経済産業部 課長の羽川隆太氏と、世田谷区産業振興公社 観光課課長の杉山安氏はこう語る。
右:世田谷区経済産業部 課長 羽川隆太氏、左:世田谷区産業振興公社 観光課課長 杉山安氏
「世田谷区は、東京オリンピック・パラリンピックのホストタウンに承認されており、馬術競技会場があることからも、今後はさらに多くの来訪者が見込まれています。この機会を無駄にせず、いかに交流とにぎわいづくりを進められるかは課題でした」(羽川氏)
下北沢が抱える課題は、Airbnbのプラットフォームを使えば解決できるはず。安藤氏はキャラバン実施に向けて、ステークホルダーたちとのミーティングを重ねるようになった。

学生の語学力も活用。地域ぐるみで盛り上げる

キャラバンで何をするか、ゲストにどのような体験をしてもらうかの話し合いの場には、3人の大学生の姿もある。彼らはなぜこのキャラバンに参加しようと思ったのか。
「もともと東京出身じゃないので東京は得意じゃなかったのですが、安藤さんと出会って下北沢を案内してもらったことで、下北沢が大好きになって。地元の人に案内してもらうと身近な存在になることを実感し、プロジェクトに関わりたいと思いました」(荒木氏)
「僕は演劇や古着が大好きで、下北沢はよく来ます。ただ、演劇を見に来る人が減っていくことに課題を感じていたんですね。そんなとき荒木くんから声をかけてもらって、すぐに参加を決めました」(寺地氏)
左から、中島さん、寺地さん、荒木さん
「僕は高校の3年間をスイスで過ごしていたので、Airbnbはよく使っていました。Airbnbが他の宿泊施設と違うのは体験です。僕らは生まれた時からモノがあふれていたから、モノより体験が好きなんです。下北沢はオリジナリティにあふれた街だから、ここでしかできない体験をもっと広めたいと思いました。」(中島氏)
彼らは、Airbnbを通じた外国人観光客ツアーを提案しているのだが、その切り口は学生ならでは。留学から帰国した学生は語学力を生かし、これから留学しようとしている学生は勉強のために、このプラットフォームを活用したいのだ。
大学生なら平日の日中でも商店街を案内できるため、より下北沢の食やアート、文化などの体験を提供できる。
安藤氏は、大学生がつくる体験プログラムで観光客に価値を提供し、そのフィードバックを商店街が受けるような関係性を作りたいと考えている。

ホストは究極の語学・ダイバーシティ教育

ゲストを呼び、宿泊してもらうためには、当然迎え入れるホストも増える必要がある。しかし日本人の多くが「知らない外国人を自宅に泊めること」に抵抗があるのではないだろうか。
下北沢で約5年ホストを続けているイラストレーターの岡本かなこ氏は、ホストの魅力についてこう語る。
「ホストを始めたきっかけは離婚でした。部屋が余っているし、生活の足しになればという理由で始めたのですが、海外から元気なゲストが来るたびに、シングルマザーになったことの精神的なショックや子育ての悩みから解放されるようになったんです。
イラストレーター 岡本かなこ氏
今では、ひっきりなしにさまざまな国の人が来て、いろんな情報をもらえるこの生活は、切り離せないと考えています。ホストをやることで自分がどんどん成長するんですよね。特に、子どもは世界中に友達がいる多様性の塊として成長しました。どこかの国でテロが起きたニュースを見れば『○○ちゃん大丈夫かな』と心配していますよ」(岡本氏)
多国籍のゲストと普段の生活の中で直接触れ合うことは、大人にとっても価値観の多様化や語学力アップにつながるが、それ以上に子どもにとっては究極の語学・ダイバーシティ教育になると言える。
「私は海外からの旅行者を何度も泊めているのですが、それによって無意識な思い込みやバイアスがあることに何度も気づかされました。バイアスがなくなれば、そこから見えるのは本当に広い世界。世の中が悪い人であふれているなんてことはないんですよね。
その意味からも、いろんな国のいろんな文化・考え方を持つ人を泊めて交流するAirbnbは、ダイバーシティのトレーニングになります。いつも同じ人に囲まれて生きていたのでは分からない広い世界を、ぜひ日本中の多くの人に知ってもらいたいです」(安藤氏)

顔の見える交流が、地域を変えていく

人と人、地域のつながりをつくるAirbnbのプラットフォーム。世田谷区産業振興公社の杉山氏は、街での体験をきっかけに、観光客も地元の人も地域のファンになってもらいたいと語る。
「世田谷では、ランドマーク型の観光ではなく、区民と観光客の交流を通じた『まちなか観光』の推進をテーマに掲げています。下北沢(世田谷区)での交流が楽しかったと思われ、ファンになってくれる人が増えたら、区民もうれしいはず。区民に喜ばれる観光の仕組みを作ることで、双方をファンにしたいですね」(杉山氏)
さまざまな立場のステークホルダーがタッグを組み、商店街を変えていこうと取り組む下北沢。成果が出るのはこれからだが、実績をつくれたら23区内の商店街に広がっていく可能性は大いにある。
都会ならではの課題、“傍観者であるがゆえの機会損失”がなくなれば、日本はもっと元気になるかもしれない。
(取材・文:田村朋美、写真:岡村大輔、Kenji Okazaki、イラスト:星野美緒)