事前審査で選ばれた人のみ参加

旅行のプランニングを巡る最もつまらないことと言えば、ソーシャルメディアの時代にあって「原作本を読む前に映画を見る」のがあまりに容易になっている点だとデービッド・プライアー(35)は言う。
「オリジナルの物語の中に自らを置くのではなく、他の人たちが撮った写真を再現することに気を取られている人があまりに多い」
『コンデ・ナスト・トラベラー』誌の元編集者であるプライアーは今年9月、新しいタイプの旅行代理店プライアーを立ち上げた。
「ステイタスやベッドリネンの織りの細かさ、(背景の海に溶け込んで見えるように作られた)インフィニティプールの有無といった既存のラグジュアリーの基準にとらわれず、その場所の本質を引き出すことにこだわる」会社だと彼は言う。
プライアーのコンセプトは、オーダーメイドの旅行会社であるとともに、会員制の旅行クラブでもあるということ。プライアーに会員登録するにはまず、インターネットで申込を行い、文化的な好奇心の面でプライアーと相性がいいと判断されれば入会が認められる。
年会費は2500ドル(旅行料金に充当)で、無制限で旅行計画の立案サービスを受けられるほか、会員限定イベントへの参加が可能になる。事前審査により、顧客がプライアーの旅行コンサルタントたちと好みの面で同じ方向性を持つことを確認し、催行するグループ旅行に仲間内の旅のような要素を加えるわけだ。
「ノマド風クラブハウス」と銘打ったプライアー催行の小旅行は、世界でもとびきりホットで新しいホテルを貸し切りにし、さまざまなアクティビティを盛り込んだものだ。
ノマド風クラブハウスの第1弾は10月、イングランドの田園地帯にある「ヘックフィールド・プレイス」というオープンしたばかりのホテルで行われた。敷地160ヘクタール、元々はジョージ王朝様式の邸宅だったという施設で、ロンドンの有名シェフ、スカイ・ギンジェルの料理も売りだ。
樹木医がガイドを務めるハイキングやお茶菓子作りの教室、林の中で栗拾い(焼き栗にして賞味する)といった多彩なアクティビティが組まれたほか、最近売り出し中のオーストラリア人シェフ、ジェイムズ・ヘンリーも特別に登場した。

これぞ正しいラグジュアリーの形

第2弾は来年春、イタリアのエミリアロマーニャ州にある「カーザ・マリア・ルイージア」を貸し切りにして行われる。こちらも田園地帯にある新しいホテルだ。経営者であるシェフのマッシモ・ボットゥーラと妻のララ・ギルモアは、世界最高のレストランとの呼び声もあるオステリア・フランチェスカの経営も行っている。
旅程は全3日間。歴史あるオペラハウスでアペリティフを楽しんだり、パルマの乳製品加工場へのプライベートツアーや、イタリア製クラシックカーを田園地帯で走らせるドライブといったアクティビティが組み込まれている。旅行代金はしめて8500ドルだ。
万人受けする旅ではないが、プライアーに早くから注目して登録した会員たち──世界的なイタリアのファッションブランドの創業者にIT業界の大物起業家、ウォール街の大物金融関係者といった人々──にとっては、これぞ正しいラグジュアリーの形と言っていい。
「私たちは旅行に行く時、事前にしっかり予定を組みすぎることが非常に多い。現地で何をやるか、到着前から全部知っているわけだ」とギルモアは、ホテルのグランドオープンに合わせてプライアーのツアーを受け入れた理由について答えた。「これは偶然の冒険のチャンスを作り出すことに他ならない」
もっとも、本物へのこだわりはプライアーの専売特許ではない。
旅行業界のニュースサイト「スキフト」の分析部門スキフト・リサーチによれば、世界の旅行・観光市場の規模は年にして約1500億ドル。ホテルチェーンのマリオットから旅行予約サイトのエクスペディア、口コミ旅行情報サイトのトリップアドバイザーまで、何とかその巨大市場の分け前に預かろうとしている。
高級旅行代理店の団体バーチュオーソーのマシュー・アプチャーチ最高経営責任者(CEO)によれば、アクティビティ重視の風潮が旅行業界のプロの役割を変えたという。
「かつては航空券の予約に必要な特殊言語の翻訳者のような存在で、株式ブローカーのごとく取引業務を行う役目だった。だが今や、フィナンシャルプランナーにより近くなっている。顧客がやってみたいと望む体験を、近い将来、もしくは長期的に実現できるように力を貸すのだ」

ゼロから作り上げる「もてなし」

バーチュオーソーには1万7500人もの旅行アドバイザーが登録しているが、プライアーはディテールへのこだわりでそうした業者とは一線を画する。高級旅行代理店を自負するなら、ルーブル美術館を貸し切りするくらい当たり前だ(ただし目玉が飛び出るような金がかかる)。
プライアーのラグジュアリー体験は、会員のためだけに用意されたものだ。ある時は、インドの巡礼地ベラナシの3つ星ホテルをセレブにふさわしいボヘミアンなオアシスへと作り変えた。
古都マヘシュワールのかつての砦を訪ねるサンセットツアーでは、締めくくりに無数のろうそくを川に浮かべる演出をし、マハラジャの宮殿でのディナーパーティーに着ていくためにオーダーメイドのサリーを注文するショッピングツアーまで行った。
これはプライアーの企画ツアー第1弾で、有名シェフのアリス・ウォーカーや写真家のアンドレア・ジェントルら名だたる通人たちが参加。ゼロから作り上げたもてなしは、そこらの旅行業者のカタログに並ぶツアーよりもはるかに「限定」感が強い。
だがプライアーの強みは、本来なら面白味のない日常的な場所やものを魅惑的に料理することにある。インドの旅で最も話題になったのは、ムンバイのビルの2階にある地味な食堂で出された、ムンバイで最も美味なターリー(1つの皿にいろいろな料理が載せられたインドの定食)だった。
「従来型の旅行代理店のやり方には懐疑的な見方がいろいろとある」とプライアーは言う。背景には、歩合で働く人が非常に多いという業界の現状がある。「私たちからすれば、大事なのは信頼と協力、そして夢見る気持ちだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Nikki Ekstein記者、翻訳:村井裕美、写真:sanjaysidhaye/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.