【ウエダ】倒産寸前からの復活。4代目が断行した評価改革

2018/12/14

ビジネスモデルの大転換

──ウエダ本社はどういう事業内容の会社なのですか。
岡村 現在は、オフィスを中心とした空間のプロデュースやリノベーションを行っています。「働く環境の総合商社」として、コンサルティングとオフィスの改装にともなう家具や事務機器などを販売しており、社員数30人の中小企業です。
もとは母方の祖父、上田安則が1938年に文具の卸商店を設立したのが始まりです。その後、コピー機などの事務機を扱うようになりました。
「本社」までが社名になっているのは、1980年代に事務機、コンピューター、施設などの各事業を分社化した際、持ち株会社となった元の「ウエダ」を「ウエダ本社」に改めたからです。
岡村 充泰(おかむら・みつやす)/株式会社ウエダ本社 代表取締役社長
1963年京都市生まれ。1985年、繊維専門商社 瀧定株式会社に入社、30歳で独立創業。主にイタリアからの輸入貿易とともに、商社などへの企画提案、営業代行を行う。2000年、ウエダ本社 代表取締副社長に就任。長年赤字であった家業のウエダ本社の再建に着手する。2002年に代表取締役社長に就任。子会社であるウエダシセツと合併し、現体制のウエダ本社として第二創業を図る。2008年に無借金状態となった後、新たな展開として 京都流議定書イベントを開催。以降、毎年京都への問題提起として定期開催する。
──今は、ウエダ本社だけになっていますね。
はい。私は三男だったので家業を継ぐ気はまったくなく、大学卒業後は繊維専門商社に就職し、30歳で独立して生地の輸入や販売をしていました。
しかし1999年にひょんなことからウエダ本社の非常勤取締役を務めることになり、初めて家業の数字を見てみるとボロボロで、「なんやこれは」という感じでした。
そこでたまらず、会社の再建に乗り出しました。各事業会社を他社に譲渡したり、ふたたびウエダ本社に統合したりして現在はウエダ本社のみとなり、グループ全体で約200人いた社員は30人になりました。
会社の再建に取りかかったのは2000年頃ですが、その頃からすでに、今でいう「働き方改革」の必要性を感じ始めていました。
──それはなぜですか。