「やるならいま」の関西スタートアップ。金融マンが地域経済を変える

2018/10/31
銀行の再編が加速する現在、地域金融機関の仕組みも大きく変わりつつある。そんな中、金融スキルをもつビジネスパーソンが集い、関西経済と金融のこれからについて考えるワークショップが開催された。

会場は商都・大阪を古くから支えてきたビジネス街、堺筋本町にある「The DECK」。当日は平日にもかかわらず、勤務を終えた若手金融マンたちを中心に、多くの参加者が詰めかけた。ここでは、第1部のトークセッションの様子をリポートする。
 パネリストは東京イベントに引き続き、地銀出身で現在ベンチャーキャピタリストとして活躍している五嶋一人氏( 株式会社iSGSインベストメントワークス代表取締役、代表パートナー)
 さらに株式会社フィラメント代表取締役CEOの角勝氏akippa株式会社代表取締役社長CEOの金谷元気氏を迎えた。
 モデレートはこのイベントの企画とプロデュースを務めるNewsPicks Brand Designクリエイティブディレクターの呉琢磨が務めた。
 ベンチャーキャピタルや起業に関わりの深いメンバーがそろったこともあり、メインテーマは「関西のスタートアップ」に。
 日本屈指の経済規模を誇りながら、スタートアップでは後れを取っている関西にあって、起業家や投資家、そして金融機関はどうあるべきか。本音を交えた白熱のトークセッションとなった。

関西経済の活性化に足りないものとは

 まずは、関西経済の特性についてお伺いします。
 良くも悪くも、価値の見極めが難しいのが関西の特徴。やっぱり値切られる、というかまずは値切りから入らないことのほうが珍しいぐらいで(笑)。
 東京では絶対値切られない、というわけではありませんが、自分の価値をあまり感じてくれていない人と仕事をするのは精神的につらいし、それなら東京でやろう、となる人も少なからずいます。もう少し地域にお金がまわるようになれば良いのですが。
角勝(すみ・まさる)/1972年島根県生まれ。関西学院大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。
金谷 僕は「商売はうまいが短期的思考になっている」と思います。安く仕入れて高く売る、といったことは徹底されているんですけど、やっぱり直近の損得しか見えていないような印象。
 最近、元ミクシィ社長の朝倉祐介さんが書かれた『ファイナンス思考』という本に、直近の損益計算書の数値ばかりを気にする「PL脳」という言葉が出てきますが、まさに大阪人を指しているなと思いましたね。
 金谷さんは、大阪で創業されて、今東京にも進出されていますが、大阪・東京でどんな違いを感じていますか?
金谷 大阪では「いくら利益が出たか」みたいな自慢が多いんですが、東京は「いかにユーザー数が伸びているか」という話が多い。
 お金の話をするのか、トランザクションの話をするのかは大違いで、5年後には確実に東京の会社のほうが数百倍成長しているんじゃないでしょうか。
 なかなか辛らつなご意見が出ました(笑)。五嶋さんはいかがですか?
五嶋 僕は、関西経済の特性と言われても、正直言って特にイメージが湧かないんです。同様に、福岡、札幌などの印象もありません。
 お二人の生々しいお話を聞いてみると「なるほど」と思うんですけども、きっと私に限らず東京で働く多くの人が、東京以外の場所の印象がない。
 もちろん僕の不勉強が故ではあるんですが(笑)、一方でこれも地域経済の課題の表れなのかもしれない、と思います。
五嶋一人(ごしま・かずひと)/地銀で法人融資を担当し、ソフトバンク・インベストメントを経て、2006年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社。横浜DeNAベイスターズの買収など数多くの投資・買収案件を主導する。2014年からは株式会社コロプラでベンチャー投資とM&Aに従事。2016年6月に株式会社iSGSインベストメントワークスを設立し同社代表取締役、代表パートナーに就任。
 では、そんな関西経済の活性化に、今足りないものはなんだと思いますか?
金谷 「ITのメガベンチャー」ですね。関西のIT系のベンチャーで、時価総額1000億円以上の会社は、出前館さんとか、MonotaROさんぐらい。
 出前館のIPOは10年以上前ですし、MonotaROはもともと住友商事さんのスピンアウトでスタートしています。そういう意味では、関西でゼロから創業して「自分たちもああなりたい」と思われる企業がないのが最近の現状です。
五嶋 関西経済全体では、人口や学校の数、大企業で働いている方の数は多いのですが、起業する人の比率が関東圏と比べてもすごく少ないのが特徴です。
金谷 開業率は大阪が一番多いといわれているんですけど、スタートアップが少ない。みんなスモールビジネスをしちゃうんです。
 そういった意味では、学びの価値が不足しているとも言えます。これまで人がやっていないことをやるのがスタートアップの基本である以上、何をすればお客さんが反応するのか、すべてがイチからの学びですよね。
 その学び自体に価値がある、というマインドが薄いんです。これは大企業の新規事業でも同様で、やる前から「それは儲かるのか?」って聞いてしまう。当たり馬券なんて売っていないんですが。「なんでそんなこと聞くんやろう?」という感じです。
ここで参加者から、トークテーマが「関西経済」でありながら、大阪に話題が集中していることに質問が投げかけられた。大阪、京都、神戸、滋賀など、都市ごとに商いの個性と歴史が異なり、一枚岩になりにくい関西の実情を踏まえたクエスチョンといえる。ひとまず「大阪」をテーマの中心に据えてディスカッションは再開されたが、真剣な参加者からの「ツッコミ」が入ったことで、トークセッションは更に熱を帯びてくる。

関西スタートアップの「惜しい」現状

 次は、スタートアップの環境について伺います。全国各地でスタートアップカルチャーが育ちつつありますが、関西の現状はいかがでしょうか。
金谷 スタートアップに必要な「ヒト・モノ・カネ」が、実は関西には充実しています。東京のメガベンチャーには結構関西出身者がいるのですが、親が高齢になったりすると、関西に戻りたがる人が多いんですね。
 東京で採用すると競合がひしめいていますが、大阪では大手ITベンチャーの大阪支社といったブランチが競合。「どうせなら支社より本社で」という人も多く、ほぼ独占みたいな状況です(笑)。
 また、カネの面では、スタートアップが少ない割に大企業が多いので、資金の出し手が多いことが特徴。
 CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が中心ですが、特に「第1号案件は大阪の企業で」という思いがあるようで、akippaもたくさんの打診をいただいています。
 私は関西では「堅実の土台からの挑戦」が必要であると考えています。関西のスタートアップは、例えばWebの受託制作から始めて、次に新しいことをやろうとするパターンが多い。
 でも、いつのまにか受託のボリュームがどんどん大きくなって、新しいサービスがつくれないままになってしまう。そこはサービスのスケールのさせ方にちゃんとフォーカスしないといけないところです。
 スマレジさんが受託の仕事を全部やめて成功したように、自分のエネルギーをすべて注ぐぐらいの決断が必要なんじゃないでしょうか。
金谷 当社も最初は営業会社でしたが、一気に営業をやめてakippa一本にしました。
 営業会社時代にクレームを受けて「こんな会社をやっていて意味があるのかな」と思い始めていた時に、スタートアップ専門のTwitterアカウントを立ち上げて、スタートアップに関する専門的なアウトプットをかなりやりました。
 1~2カ月でフォロワーが3000人ぐらい付いて。フォローしてくれたリブセンスの村上さんやけんすうさんにも届くように、インプットもその10倍ぐらい頑張っていたらスタートアップにとても詳しくなって。
 「そろそろネット系のサービスをやっても、これ、イケるんじゃないか」と思いましたね。
 起業家や投資家にとって関西は魅力的なんでしょうか?
五嶋 ベンチャーキャピタルという立場から見ると「△」です。大阪と福岡のどちらかを選べと言われたら、今なら福岡と答えます。スタートアップ志向の起業家の比率が高いと思いますし、そういった起業家とベンチャーキャピタルとの接点も多い。
 ただ、ポテンシャルという点では、大阪が日本一だと思います。大阪、関西圏は都市の経済規模とスタートアップの比率において非常にギャップが大きい地域で、そのギャップにかけるのがベンチャーキャピタルの仕事でもあるので。
金谷 僕は目立てるという意味で「YES」。支援者やメディアも多いですしね。
 都市の規模が大きいので、記者がたくさん常駐しているけど、ベンチャーで取り上げるところが少ない。だから新聞に掲載されたり、イベントに登壇する回数も自然と多くなります。
 私は「厳しくなくはない」という印象。東京に比べて、投資家にとって魅力的なスタートアップが少ない点では、大阪も福岡もどんぐりの背比べ。
 だから例外的に成功したakippaがこれだけ注目されていると思うんですが、そこまでいくためにはものすごく大変なのが関西の現状だと思います。

金融マンは起業家にとって神様

 では最後の質問です。本日もたくさんの金融関係の方が集まってくれていますが、これからの時代に関西の金融マンに期待することを教えてください。
金谷 期待するのは「HELP」。これは創業時の起業家の声でもあります。僕は2009年に大阪市の端にある平野というところで事業をスタートしたんですが、事業計画書も決算書も作ったことがなかった。
 金融公庫で事業計画を出すように言われても「何ですかそれは?」と聞いたぐらいです(笑)。
 でも、その時はたまたま元銀行員の方に作ってもらいました。2012年に初めてベンチャーキャピタルから出資を受けたときも、担当の人が事業計画書を作って資金を調達した。それぐらいみんな無知なまま起業にチャレンジしようとしているんです。
 だから、金融スキルを持つ皆さんは、無知な起業家にとっては神様みたいな存在。融資は厳しいとしても、副業や課外活動的な感覚でも良いので、起業家の相談に乗ったり、アドバイスをしたり、そういう支援をしてあげてほしいと思います。
 僕たち起業家のほうも、成功して何億と資金を持ったときは、お世話になったところに預けたいし、借りるならそこから借りたいと思うものですから。
 金谷さんがおっしゃった支援は、有名なところではデロイト トーマツ コンサルティングさんも完全に同じかどうかはわからないですが、近いことはやってらっしゃると思います。
 The DECKをともに運営している中央会計という会計事務所も、同様のサポートをやっているので、場合によっては私から紹介できるかもしれません。
金谷 でも、起業したばかりでは、そこまでたどり着けない人も多いんです。ましてやデロイトという名前がおそれ多くて、相手にしてくれるとは思えないはずです。それはもう少し後になって考えることかもしれません。
 僕は家で起業したので、最初は大阪市信用金庫(現・大阪シティ信用金庫)を頼りましたし、そういった所で出会う人にこそ、助けてほしいんです。
 私も「芽が出ていない種に水を」ということを金融マンの方には期待しています。東京ではシード期のベンチャー企業への投資も盛んに行われていますが、関西ではほとんど見たことがありません。
 インキュベイトファンドの村田祐介さんは「シード期の起業家に寄り添って、一緒に事業を作っていくことが大好きだ」とおっしゃっていて、実際にたくさんのシード投資をしておられる。
 大阪も、こんな志を持って行動するような人が生まれてくれば、もう少し土台がしっかりしてくるのではと思います。

今の自分がベストなのか「ゼロベース」で考える

五嶋 僕がここに集まってくださった金融機関で働く皆さんに期待するのは、まず「ゼロベース」で考えていただくこと。僕も地銀に勤めていましたが、金融機関で働いていると、土日も含めて「ゼロになる瞬間」が1秒もないんですよね。
 24時間365日、なんらか仕事のことを考えている。立ち止まって、俯瞰(ふかん)するタイミングがないまま、定年を迎えてしまう人もいる。でもそれではすごくもったいない。
 金融の世界では、やればやるほど仕事も覚えて、仲間もでき、給料も上がる。それは大切な財産ですが、同時にしがらみにもなる。
 いま自分がやっていることや置かれた立場が、自分にとってベストなのか、自分にとってベターなのか。
 地縁や血縁、人間関係、自分の役割やポジションといったしがらみが、仮にゼロだったらどうなのか、一度考えてみるタイミングをつくってほしいと思います。
 私も、起業したのは42歳のとき。子どもも2人いて、下の子はまだ1歳になっていなかったけど公務員を辞めました。でも、自分の仕事を、大阪市のためだけではなく、日本全国、あるいは世界のために展開していくことに意義を感じて辞めたんですよ。
 背中を押してくれる何かがあれば、別の選択肢をつかむのもありだと思います。
五嶋 僕も今の会社を立ち上げたのが、44歳のとき。金融は経験した案件の数がそのまま財産になる世界です。年齢を重ねているからこそ、いろいろ実現できることもあると思っています。
 関西は今がチャンスです。ベンチャー関連のこと、変わったことをやると、とにかく目立つ状況がある。まずは人に話を聞きに行くとか、このような場に来ていただくとか、関西だったら試せることはいくらでもあるはず。
 今日をその良いきっかけにしていただければとても幸いです。
(執筆:國本和成 編集:奈良岡崇子 撮影:合田慎二 デザイン:九喜洋介)
※本イベントと同テーマで「名古屋編」の開催が決定しました。応募詳細は下記の記事をご覧ください。