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650年の歴史を持つ「能」から、過去、現在、未来の「心」を探る

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注目のコメント

  • 衆議院議員

    演劇、オペラ、歌舞伎、文楽。どれも観に行くと意識が覚醒するのだが、能だけは眠くて仕方がなかった。謡の師匠である安田先生から、能の見方を教えてもらって、合点がいった。

    『お客様は能を観始めると、舞台の上で行われていることではなく、自分のことを考えるようになります。それはあたかも能の舞台を前にして「自分の過去」に回帰しているように思えてきたのです。能舞台は、死者がこの世で果たせなかった思いを晴らしにくる場所として機能します。同席するお客様も、ワキ方としてその思いを受け止めているうちに、過去に葬った自分の姿も作中の死者と同様によみがえるのではないかと。そして、それがピークに達したときについ眠りに落ちてしまう(笑)』

    シテにばかり目か行きがちだが、ワキ方がいかに大切か分かる。敗者を弔うことは、日本文化の真髄のひとつだ。

    安田先生の話を聞いてから、能を観ながら自らを省みて、夢と現(うつつ)を行き来するのが心地よくなった。ただし、完全に寝てしまっては、何も残りません。

    「心」の問題については、安田先生の著書『身体感覚で論語を読みなおす』が私のおすすめです。


  • フリーランス ライター

    佐渡で見た薪能は感動したな〜。

    江戸時代に金鉱脈が見つかり、徳川幕府は佐渡を天領(直轄領)とし、奉行所を置きました。そのときに持ち込まれたのが、能の文化でした。

    もともと能は貴族や武士など上流階級が楽しむものでしたが、佐渡では庶民の芸能となり、かつては集落ごとに能舞台が存在したといいます。今でも日本に残る能舞台の3分の1は佐渡にあります。

    薪能は佐渡の夏の風物詩で、暗闇の中、薪を燃やして能が行われます。演じるのはプロではなく、地元の方々。江戸時代から今日まで、親から子へと、脈々と受け継がれてきた庶民のための芸能。300年前の人々も、同じように舞台の前に座って、能を楽しんでいたのかもしれません。


  • アパレル 企画

    叔父さんが能に誘ってくれた。24歳の時だ。何も勉強せずに行き、なんだか良く解らないまま終わってしまった。
    正直にそう感想を伝えると、叔父さんは、それでいい、と言った。何度も何十回も観ているうちに、ある日電気が走ったようにわかる日がくるから、と。
    それから何十年。一度も能を観に行かないまま、誘ってくれた叔父さんの年齢になってしまった。


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