中国に怯えるアメリカ。世界とネットを揺るがす攻防

2018/8/13

揺らぐテクノロジー大国の地位

世界経済をパニックに陥らせた、アメリカ発の世界金融危機(リーマン・ショック)からまもなく10年が経つ。
2008年、超大国・アメリカの威信は大きく傷つき、世界経済を代わりに下支えしたのが中国による大規模な景気対策だった。アメリカと中国の力関係の変化を予感させた瞬間だ。
その後、アメリカ経済は金融政策で体力を回復させ、堅調な成長を取り戻した。シリコンバレーを中心としたテクノロジー業界は米経済の支柱であり続け、アメリカを世界の超大国たらしめてきた大きな理由の1つだった。
しかし、中国のテクノロジー企業の爆発的な成長で、その圧倒的優位が揺らぎ始めている。
中国は、技術面でもアメリカに肉薄するようになった(Madmaxer/iStock)
近い将来、世界最強のテクノロジー大国の座を中国に奪われるのではないか──アメリカはこのシナリオに本気で危機感を募らせ始め、米メディアには「中国テクノロジー脅威論」が溢れ始めている。
何しろ、いまや中国は世界最速のスーパーコンピューターを誇り、世界最大の電子商取引市場をもち、AI(人工知能)分野で2030年までにアメリカを追い越すつもりでいる。
中国を代表するネット企業、アリババとテンセント(騰訊)は時価総額ベースで世界トップ10の企業にランクインし、世界トップ20のネット企業のうち8社が中国企業だ。11社のアメリカに肉薄している。

世界10大地政学リスクの1つ

中国のテクノロジー企業の著しい成長に加えて、「米中テクノロジー冷戦」と呼ぶべき構図が生まれつつある。
中国の習近平主席は自国を「科学技術強国」にするべく、「中国製造2025」といった国策に邁進している。
最近、トランプ政権が中国製品に関税を賦課させたりしているのは貿易不均衡の是正だと見られがちだが、もう1つの理由が、中国のテクノロジー分野における急速な追い上げに対する危機感だ。
アメリカは、中国が米企業の技術を盗んだりテクノロジーの提供を強要してきたりしたとして、安全保障上の脅威と位置付けて中国資本による米企業への投資の制限に乗り出している。
習近平が進める「中国製造2025」に脅威を感じるトランプ政権(Doug Mills/The New York Times)
今後、国際舞台における地政学的な優位はテクノロジーが決すると言っても過言ではない。そのため、地政学の大家、ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長もグローバルなテクノロジー冷戦を世界10大リスクの1つに数える。

習近平がめざす「ネット強国」

アメリカが焦燥感を募らせているのは、単純に民間のテクノロジー業界の勢力図が変化しつつあるからだけではない。
米中テクノロジー冷戦は、インターネットのあり方を一変させかねないものだからだ。
中国は、共産主義を標榜する一党独裁体制を敷きながら、市場経済を導入して発展を遂げてきた特殊な国家だ。相対的に国力が低下するアメリカを尻目に、中国が外交面で拡張主義的な政策を取り、自国の主張を外国に強要してきたことは広く指摘されている。
そうした姿勢がデジタルの領域にも及んだら、何が起こるか。
習近平は、テクノロジーで優位に立ち、世界の超大国の座を目指す姿勢を打ち出している(写真:AP/アフロ)
習近平は4月、「独自開発でインターネット強国建設」の推進をうたった重要談話を発表。それは、「新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取り、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現する」ためらしい。
つまり、世界の超大国の座に返り咲くべく、独自のやり方でネット大国になるという意思表示だ。

自由なネットvs閉ざされたネット

では、中国のネットとは何か。
中国共産党は、ネットを国民の検閲と監視に利用しているだけでなく、サイバーセキュリティの名の下、中国国内で得られたデータの国外への持ち出しを禁じている。つまり、中国で活動する外国企業も同国内にデータサーバーを設置し、情報を中国国内にとどめなければならない。しかも必要とあらば、中国共産党はそれらの情報にアクセスできる。
アメリカをはじめとする民主国家が築き上げてきたオープンなインターネットとは異なる形のものだ。さしずめ、「中国の特色あるインターネット」と呼ぶべきものかもしれない。
中国ではネットが国民の監視に利用されている(Gilles Sabrie/The New York Times)
このモデルが他の国にも輸出されつつある。ロシアやブラジル、ベトナム、タンザニアなどで、国家監視を可能にするインターネットのルールが一部、構築されつつあると報じられている。サイバー空間の国際的なルールを中国独自の形に書き換えようとしていると懸念されている。
中国の国際的な存在感がアメリカと肩を並べつつあるということは、そのやり方や価値観までが世界に広がることを意味する。ネットのあり方をディスラプトしかねないのが、米中テクノロジー冷戦だ。
一方は、開かれて自由であるがゆえに不完全ではあるものの、人権や倫理面の是非が議論されながら作られる欧米型のデジタル社会。もう1つが、国家によるバックアップで企業が急成長を遂げる一方で、国家の検閲と監視に利用されるデジタル社会──。
この2つのネットのあり方を巡って、攻防が激化しつつある。
(Yakobchuk/iStock)

新たな「冷戦」を読み解く

NewsPicks編集部は、今後の国際政治とデジタル社会のあり方を左右する米中テクノロジー冷戦を徹底解説する。
特集1話目は、甘利明・元経済再生相への単独インタビューだ。TPPの大筋合意に向けて辣腕を振るったタフネゴシエーターとして知られる甘利が最近関心を寄せているのが、中国のネット企業の台頭とその海外展開戦略だ。
デジタル覇権を目指す中国の海外戦略をなぜ警戒すべきか、そして日本も無関係ではない理由について、あまねく語ってもらった。
2回目には、中国とアメリカのデジタルパワーをデータで読み解き、テクノロジーをめぐるアメリカと中国の覇権争いのキーポイントをインフォグラフィック形式で解説する。
中国の追い上げに対して、米トランプ政権はどう対抗するのか。3回目は、米中テクノロジー冷戦におけるトランプ政権の戦略を徹底解剖する。
日本人にしてみれば、中国の台頭と、その拡張主義的な姿勢は今に始まったことではない。しかし、アメリカは今になって中国の急成長ぶりに焦り始めている。
4回目は、中国の経済成長の歴史と、過去のアメリカの中国観を振り返りながら、米国がなぜ中国を見誤ったのか、ひもとく。
5回目には、中国が古都・南京をシリコンバレーを凌ぐ都市へと発展させようとする計画をリポートする。南京は日本にとっても歴史問題という文脈で独特の意味合いをもつ街だ。近代的な都市へと発展したこの街で、中国はどのような変革を進めているのか、掘り下げる。
そして特集6回目と最終回。視点を変えて、米中対立という文脈のなかで、日本と中国のテクノロジー関係を考える。
日中両国のテクノロジー関係業界に深くかかわってきた出井伸之・元ソニー会長に、中国テクノロジー業界の現状と、日本がこの重要な隣国とどうかかわっていくべきか、語ってもらう。
米中テクノロジー冷戦はまだ日本で大きく取り上げられていない問題だが、決してこの国と無関係ではない。世界とテクノロジーのあり方に大きくかかわるこの問題について、じっくり考えたい。
(デザイン:九喜洋介)