「ブランドの立ち上げは一発勝負だ」

クレイグ・エルバートは、ビジネスを始めるにはうってつけの経歴の持ち主だ。
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールを卒業後、急成長期のオンライン・アパレル・ブランド、Bonobosで幹部を務めた。2016年に自身の会社、Care/ofを立ち上げたころには、テック系スタートアップのベストプラクティスをしっかりと自分のものにしていた。
まずは、ユーザーからフィードバックを得るために「実用最小限の製品」(Minimum Viable Product:MVP)を売り出すリーン・スタートアップという戦略だ。
エルバートはこの戦略の実行を強く望んでいたが、ひとつ問題があった。Care/ofが参入するヘルスサプリメント業界は、連邦政府の規制の対象となっているのだ。
エルバートと共同創業者のアカーシュ・シャーは、顧客への販売を開始する前に完璧なサプライチェーンを整えなければならないことを認識していた。また、Care/ofは消費者に製品を直接販売することになるため、フレンドリーなブランドを構築することに特別な注意を払う必要もあった。
すべてを考慮に入れると、MVPを発売して顧客にテストを行うことはどう考えても不可能だった。
エルバートは、シェイビング用品の直販を手がけるハリーズの創業者、ジェフ・ライダーにアドバイスを求めた。「ブランドの立ち上げは一発勝負だ」が、ライダーからの助言だったという。
エルバートは、派手なローンチのためにも自身のブランドと製品を温存しておきたかった。しかしその一方で、個人向けにカスタマイズされたビタミン剤のパックに対する顧客の反応について詳しく知りたいとも思っていた。友人や家族、知人、興味があるかもしれない人々の力を借りて、ウェブサイトのテストも行いたかった。

サービス受け入れの可能性を試す

そして、エルバートは斬新な解決策を思いついた。「使い捨て」の会社をつくることにしたのだ。本物の製品とは違う「MVP」を売り出す会社だ。
エルバートの招集によりミーティングが開かれ、チームメンバーはこの「MVP会社」のためのアイデアを出し合った。1時間ほどで社名は「ビーツ・ビタミンズ(Beets Vitamins)」に決まった。
ロゴもつくられ、Care/of用のデザインの下書きに構造と文言を似せたウェブサイトも立ち上げられた。こうして準備を整えた彼らは、友人たちを「BeetsVitamins.com」に招待した。
ビーツ・ビタミンズは、年齢や目標、食生活、ライフスタイルに応じたカスタマイズが可能なビタミンやサプリメントのパックを販売する「会社」とされていた。ウェブサイトにはこう書かれていた。
「あなたの生活にぴったり合った毎日のビタミンをパックで。送料無料。ご自宅までお届けします。月額20ドルから」
ビタミンパックをカスタマイズする際の参考にするため、サイト訪問者は健康に関して2分間で答えられる質問に誘導された。
もちろん、これらはどれも架空の話だった。ビーツにビタミンの販売する予定はなかった。だが、Care/ofは違った。
ビーツのテストに参加した友人や家族は実際には購入できないことを知りながら、サイトで健康に関する質問に答えて、Facebookの企業ページと広告でさまざまなやり取りを行なった。そのおかげで開発チームは彼らの行動を観察し、そこから学ぶことができた。
たとえば、ユーザーは自分から進んで時間をかけ、自分に合ったビタミンやサプリメントをすすめてくれる質問に答えることがわかった。また、それらの効能に関する考察をじっくりと読むこともわかった。
この結果には納得がいったとエルバートは言う。「やはりこれは、人々が受け入れるサービスなのだ」

資金調達に効果的なデータを収集

この実験が行われたのは数カ月間だけだったが、エルバートがニューヨークのVCファンド、ジャクスタポーズ(Juxtapose)から300万ドルの資金を調達するのに役立つ、貴重なデータを生み出してくれた。
またCare/ofは、バーモント州に本社を置くビタミン/サプリメント販売の老舗ニューチャプター(New Chapter)から、ビタミンサプライチェーンの事情通2名も迎え入れた。
こうして同社は「TakeCareof.com」を正式に立ち上げ、本物のFacebookページも開設した。同社は、質問とビタミンパックのカスタマイズサービスを、すべてのユーザーに対して提供した。
すぐに顧客が流れ込んでくるようになったため、最初の何カ月間かは業務にいくらかの支障が生じた。カスタムオーダーしたビタミンやサプリメントを受け取るまでに3週間待たなければならない顧客もいた。
Care/ofはサプライチェーンを独自に管理している。ビタミンとサプリメントの多くは世界各国から輸入しており、受注処理はスタッフ70人が働くニューヨーク市ブルックリンの倉庫で行われている。
社員数45人のCare/ofは現在、カスタムオーダーの出荷を数日以内に行っている。2017年の半ばにさらに1400万ドルの資金をベンチャーキャピタルから調達した同社は、ゆくゆくはビタミンの枠をこえて、ほかのウェルネス分野にも進出したいと考えている。
Care/ofは、Instagramに投稿できるようなおしゃれな製品を提供するフレンドリーなブランドであることに誇りを感じている。
エルバートによれば、同社はブランディングに「ストーリーテリングと温もり」の手法を活用している。それが、自社製品を顧客のキッチンキャビネットにしまわせる習慣に慣れきっている業界に一石を投じる結果を生んでいるという。
「人々は、もっと元気になりたい、もっとよく眠りたいと思っていることがわかった」と同氏は語る。「Care/ofにも、こうした人々の感情が満ちあふれている」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Christine Lagorio-Chafkin記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:supitchamcsdam/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.