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批評がアートの価値を決める、という時代がかつてありました。19世紀から20世紀前半を最盛期として、アートに限らず、オペラや演劇の初日の翌日には、批評家、評論家と呼ばれた人たちの批評記事が新聞に出て、アートの値段や劇場の客入りを左右してきました。批評家は社会的な権威を持ち、批評記事は新聞が絶大な社会的影響力を振るうことができた源泉の一つでした。アート批評はまさに新聞というメディアと共にあったといえます。新聞よりも副次的でより専門的な批評の場として、美術専門雑誌はあったといえます。新聞+批評の時代以前は、アートの発注者である王侯貴族や教会、寺院が、発注する、ということ自体によってアートの社会的価値を決めていました。
 新聞+批評がアートの価値の決定者であった時代はほぼメディアの多様化とともに過ぎ去りつつあり、今では新聞や雑誌よりもブログ記事が集客数を左右したり、それ以上に、SNSでバズッた、ということで購買者数やチケットの売れ行きが跳ね上がったりします。日本刀についてのゲームが流行ったので、日本刀の展覧会が連日満員、といったことも起きています。記事中にあるように、アートが「多くの人に開放されて民主的なかたちで価値をつくりあげていく」ようになったともいえます。そもそも、何がアートであるのか、ということからしてはっきりしなくなっています。美術館にだけあるものではなくなり、街中に、日用品に、メディア上に、ネット上にもどこにでもありうるのがアートになりました。これは、アートが自ら「新しい物の見方」を示し続けて、アートのあり方を多様化してきた結果であります。アートについてのメディアも、単なる美術批評記事ではあり続けられず、データベースであったり、アートの多様な体験・実感をサポートする媒体でとして変わり続けていくことで、社会的な需要をもちえるでしょう。
現代アートを「競技」として捉えるならば、目標は美術史に自分の作品が位置付けられることでしょう。その「位置づけ」に対して力を持つがゆえに、体系的な知識を有する批評家の影響力は他分野よりも強いですね。

その欧米中心の美術史の傾向と対策を徹底して学び、あえて日本的コンテクストと融合させた村上隆は海外でも大成功を収めました。しかしその後のアーティストはこの美術業界村の批評に対し、一定の距離を置いているような気もします。

落合陽一さんは初著である魔法の世紀においてすでに、アートの文脈的な部分とは距離を置いた活動をしていることを公言しています。このような「美術史文脈とは距離を置くが動員力がある人」を狭義のアートシーンがどう位置付けるのか。ちょっと興味のある分野でもあります。
美術雑誌と言われるものにはいくつかあって、情報誌、批評誌、業界誌、あるいは学会誌などがあるかと思います。ジャーナリズム、クリッティク、マーケット、研究という感じでしょうか。

美術手帖は私が高校生のときから読み始めていますから、35年くらい、美術手帖の歴史の半分くらいの時間を読者でいることになります。
そこに文章を寄稿することができるようになって18年くらいでしょうか。いまもたまに書かせてもらっています。

美術手帖は、これまでも時代とともに誌面を変化させていった雑誌で、おなじ雑誌かと思うくらいの変化があった時期もありました。それくらい時代や読者の変化に対応してきた雑誌だったと言えます。

私は大学生のころから過去の美術手帖を遡って集めることもはじめ、60年代中ばくらいまで遡っていきました。美術大学の近くの古本屋には学生やアーティストが売ったのか、美術手帖のバックナンバーが山のように積まれていたのでそれを関心の赴くままに買い集めていきました。

前衛の時代、国内外の新しい美術動向を紹介し、60年代の後半から70年代は、美術手帖がそうした動向を牽引する役割も果たしていたように思います。雑誌メディアとアーティストが協働し、ある種のアジテーションのようなものがそこには感じられました。
美大生だった80年代末90年代前半の、名称を変えてBTとなった時代にも、どこか現代美術の世代交代を感じさせる内容は、学生には非常に刺激的なものでした。

そして、現在、本とウェブ、ふたつのメディアを使った展開へ、「ニュース記事のみならず、日本全国の展覧会情報、アーティスト、美術館・ギャラリーのデータベース、アートの用語辞典を備えた、総合的なアートポータルサイトとして拡張リニューアル」されました。

これまでの専門誌といった部分を深めつつ、より開かれたものであるための展開ということだと思います。それは、これまで個別の雑誌がそれぞれの専門性に特化した読者層に向けて発信していた美術雑誌を、総合美術メディアへとアップデートするものでしょう。

メディア・アートも美術と呼べなかったような、さまざまな例外的な要素を取り込んでいきましたが、美術メディアもまた、近年では美術という専門性の外側から美術をながめ、批評を展開するものでもあります。そこからまた新たな価値の創造が行なわれることになるでしょう。
美術手帖は本屋に立ち寄った際に良く見ていましたが、web版を知りませんでした。シンプルなデザインと豊潤な記事はとてもいいですね。https://bijutsutecho.com/

やはり素晴らしい作品や体験は、自分の感覚器で刺激を受けて感じることが大事なんだろうなと感じました。

>>>アート作品についてどれだけ精緻に言葉を連ねても、そのアート作品を見たという体験を語り尽くすことはできない
以下の部分などは、十数年、バイラルマーケティング、デジタルマーケティングを生業にして来て、アートとビジネスの垣根が溶け始めてるなと感じるポイントでもあります。

「かつては、新聞や雑誌、または展覧会カタログなど、作品やアーティストについて論じられる媒体にはかぎりがあったので、そこで語られていることを追っていれば、おおよそ作品や作家の評価が見えていました。

しかし、ウェブサイトやブログ、SNSなどメディアが爆発的に増えた現在において、語られていることの全体を把握することは限りなく不可能になっていて、どうやってある作品やアーティストの評価がさだまっていくのかが見えにくくなっています。

ただ見方を変えると、これまで一部のメディアや評論家の手にあった評価の手段が、多くの人に開放されて民主的なかたちで価値をつくりあげていく方法を手に入れることができたとも言えます。」
私は雑誌からWeb版を知りました。
昨今の紙媒体→Webへの流れに美術手帖ですら逆らえないのかと当初は悲観していましたが、展示情報など速さを求められるものはWeb、時が経っても色褪せない専門性の高い情報は雑誌とうまく使い分けることで「美術手帖」というものがさらに良いものになったと感じています。

そして美術手帖のようなアートメディアがこの話で記事を締めることそのものが、アートとは、アートメディアとは何なのかを表している気がします。
>> それは、アート作品についてどれだけ精緻に言葉を連ねても、そのアート作品を見たという体験を語り尽くすことはできないということです
文末の話が特によかった。
メディアにできること、できないことが謙虚に書かれている。
アートはその場の体験、情動に勝るものはないということ。

パーソナライズされた体験価値にはいくら精巧なキュレーションでも勝てないというのはアートに限らず、ビジネスでもスポーツでも同じだと思います。体験こそ最大の学びですね。

以下引用
“アート作品についてどれだけ精緻に言葉を連ねても、そのアート作品を見たという体験を語り尽くすことはできないということです”
美術手帖は好きなアーティスト(おもに杉本博司氏)が取り上げられている時に時々買っていましたが、ウェブ版ができてたんですね。最新ニュースを取り上げてくれるアートポータルサイトは、これぞという定番を知らなかったので、美術手帖がその役割を担ってくれるのはとても嬉しいです。
これからちょくちょく見るようにします。
ウェブ版との役割の違いが面白いですね。時事的な話題はウェブに寄せて、雑誌で深堀りする。言葉で裏付けする役割にも使い分けがあるんですね
「かつては、新聞や雑誌、または展覧会カタログなど、作品やアーティストについて論じられる媒体にはかぎりがあったので、そこで語られていることを追っていれば、おおよそ作品や作家の評価が見えていました。しかし、ウェブサイトやブログ、SNSなどメディアが爆発的に増えた現在において、語られていることの全体を把握することは限りなく不可能になっていて、どうやってある作品やアーティストの評価がさだまっていくのかが見えにくくなっています。ただ見方を変えると、これまで一部のメディアや評論家の手にあった評価の手段が、多くの人に開放されて民主的なかたちで価値をつくりあげていく方法を手に入れることができたとも言えます。ある展覧会や作品についてのあなたのつぶやきがアーティストの評価を決定的に後押しすることになる可能性があるのです。」(記事引用)

ウェブ2.0以降の双方向性とフラット化がメディアのあり方を決定的に変容してきていることと、「アートの民主化」は一対の関係にあると思う。専門知から集合知に移行する21世紀型の社会・文化の在り方に、20世紀型メディア(俗称オールドメディア)はどのような新しい役割を担えるのか。「上から導く」目線を「下から支える」姿勢に徹底して変えたとき、新しいミッションが明らかになるのではないか。