19企業に17億ドル以上の資金

中国のオフィスは、従業員向けの設備がそれほど充実しているわけではない。したがってベン・ジアンはある朝、出勤したオフィスのロビーに明るいピンク色の自動販売機があるのを見て驚いた。中には果物やヨーグルト、それに肉まんなどが入っていた。
この自動販売機を考案したのは、北京で注目度No.1のスタートアップ、ミスター・フレッシュ(Mr. Fresh)だ。商品は鍵のかかっていない棚に置かれており、値札もない。利用者は好きな商品を棚から取り出し、スマートフォンでコードをスキャンしてお金を払えばいい。しかし当然ながら、ずるいことをする人が現れる。
北京のハイテクエリアとして知られる中関村で働くジアンによると「オフィスの人たちは5元(約86円)分の商品を取り出しても1元しか支払っていない」と言う。「鍵のかかっていない自販機に、利用者を監視する装置がないことをみんな知っている。人々の良心だけを頼りにしたビジネスモデルは、あまりに心もとない」
だが、中国の大手企業や投資会社のなかには、ジアンのように考えていないところもある。
アリババ・グループ・ホールディング(Alibaba Group Holding Limited)やテンセント・ホールディングス(Tencent Holdings Limited)、それにウォルマート(Walmart Inc.)やセコイア・キャピタル(Sequoia Capital)といった企業が、ミスター・フレッシュやシンベンリ(Xingbianli、猩便利)など派手なこと以外にたいした特徴のなさそうな自販機や売店を手がけるスタートアップに、合わせて17億ドル以上の資金を投じているのだ。
これは、チャンスを逃すことへの恐怖感から行われた投資の最新例だ。中国では、他のどの地域よりも、この手の投資が多く見られる。シリコンバレーで相手にされなかったような売店が、世界第2位の経済大国のあちこちに次々と登場しているのだ。
eコマースの巨人であるアリババやJDドットコム(JD.com Inc.)は、ジェフ・ベゾスの「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」に似た無人店舗の実験を行っているが、中国のこうしたスタートアップがターゲットにしているのは深センや上海にある数千のオフィスで働く人たちだ。
これらのスタートアップは、昔ながらの自動販売機にちょっとしたハイテク機能をプラスし、調理済みの食事やイチゴを販売するといった試みを繰り返している。今後は、スマートフォンアプリで顔認識やオブジェクト認識を利用して、購入記録を追跡する計画だ。
アイリサーチ・コンサルティング・グループ(iResearch Consulting Group)とブルームバーグのデータによると、少なくとも19の企業が合わせて17億ドル以上を調達している。

中国スタートアップの定石

彼らのアイデアは、オフィスに自販機を並べ、ユーザーを呼び込み、資金を集めて、ライバル企業を蹴散らすことだ(順番は必ずしもこの通りでなくてよい)。そして、規模を獲得したところでテクノロジーを構築する。
こうした戦略は、中国のスタートアップの定石だ。そのために、自転車シェアリングやフードデリバリーサービスに投資するだけでなく、バスケットボールのレンタルや傘のレンタルなど、短命に終わりそうな流行りのビジネスにも資金を注ぎ込む。
中国連鎖経営協会(China Chain Store & Franchise Association)のワン・ホンタオ事務次長は「今の投資はこのように行われている。あらゆる企業が1つの分け前を争っており、機会を逃すことを恐れて賭けに出るのだ」と言う。だが「無人店舗だけを頼りに小売市場で勝とうとするのは、きわめて難しい」
テンセントの支援を受けるミスター・フレッシュは、オンライン食料品販売でそれなりの知名度を持つミス・フレッシュ(Miss Fresh)からスピンオフした企業で、キミン・ベンチャー・パートナーズ(Qiming Venture Partners)やジェネシス・キャピタル(Genesis Capital)といった大手ベンチャーキャピタルから2億ドルを調達した。
同社が、ジアンのオフィスなどに簡素な自販機を置いているだけであることを考えれば、これは驚くべき金額だ。
同社は損失額を公表していないが、自転車シェアリングやフードデリバリーを手がける企業が競争の激しさから料金を事実上無料にしているような国では、損失が出るのは避けられない。
そのためミスター・フレッシュでは、顔認識やオブジェクト認識を利用して、無銭飲食を減らそうとしている。また、どの販売機にどのような商品を補充する必要があるのかを予測できるようにするため、多額の資金を投じてデータを構築している。
リー・ヤンCEOによれば、お客が望んでいるものを提供することがきわめて重要だという。最も人気が高いのはライチやモモ、小さな箱詰めの米国産チェリーで、価格は1個あたり1.6ドルだ。
「われわれは、テクノロジーの改善につねに取り組んでいる。これは小売市場に参入する足がかりであり、消費者にとっての利便性をさらに高めようとしている」とリーCEOは説明した。

鍵を握るロジスティクス

無人店舗が経済的にうまくいくかどうかは、まだ十分に実証されていない。たしかに、こうした店舗ではレジ係が不要になるが、商品を棚に並べたり、配達したり、故障したシステムを直したりする必要がある。このような複雑さのために、事業の見直しを余儀なくされた企業もある。
大きな注目を集めている企業の1つである果小美(Guoxiaomei)は、一部の部門の規模を縮小し、自販機や売店を自前で所有するのではなく、他社と提携する方向にシフトしている。この決定は、直近の資金調達ラウンドでIDGキャピタル(IDG Capital)などから5000万ドルを調達した後に行われた。
しかし、投資家らは今も楽観的だ。アイリサーチによれば、無人店舗の売上高は2020年には今の2倍を超える624億元(98億ドル)に達する可能性があるという。
「自転車シェアリングとフードデリバリーも、外国ではそれほどうまくいかなかったが、中国では成功した。中国の市場は異なるからだ」とリーCEOは主張した。
ミスター・フレッシュのようなスタートアップは、ビルの外に出るのは面倒だが、すぐに何かを欲しくなるという人間の性質に期待している。人々が働くオフィスに進出することで、コンビニエンスストアで買える商品により多くのお金を払ってくれることを期待しているのだ。
ここで鍵を握るのがロジスティクスだ。たとえばミスター・フレッシュでは、ミス・フレッシュの在庫ネットワークとスタッフを活用して、自販機や売店の商品を補充している。
ミスター・フレッシュを支援しているジェネシス・キャピタルの創設者リチャード・ペンは「生鮮食品以外の食品ばかりを売っていては、競争上の優位性は得られない。生鮮食品だけを扱えば人気を集めることができるが、フルフィルメント業務に大きな負担がもたらされる」と話す。
JD傘下のDada-JD Daojiaも、多額の資金調達に成功した企業だ。同社は、資金支援するテンセントのオフィスを含め、1万店ほどの無人店舗を展開している。同社は、セコイアやウォルマートといった投資家から8億ドルを調達した。
また、現在およそ半数の店舗で顔認識システムを利用しており、最終的にはすべての店舗で商品の確認と自動決済を行えるようにする予定だという。重量を計算してミスを防止する機能も取り入れる計画だ。
ただし、こうしたコンセプトを支持している人も、これはまだ生まればかりのビジネスモデルであり、顧客を増やす必要があることを認めている。セコイアの中国オフィスでパートナーを務めるリウ・シンは「勝者が明らかになるまで、今後も多額の投資が行われることになるだろう」と語った。
(協力)Lulu Yilun Chen、David Ramli
原文はこちら(英語)。
(執筆:Bloomberg News、翻訳:佐藤卓/ガリレオ、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.