【中村豊】元コーチが語る、錦織圭“完全復活”の条件

2018/5/29
日本のスポーツファンにとって、2018年は錦織圭の復活、大坂なおみの躍進と、目が離せないシーズンになっているのではないだろうか。
4大大会の一つ、全仏オープンが5月27日からスタートしたが、ジュニア時代の錦織圭の指導を担当し、現在はマリア・シャラポワのフィジカルトレーナーを務めるプロピッカーの中村豊氏に、トップを目指す錦織圭と大坂なおみについて、そして、いま改めて問われている「スポーツと指導者」について語ってもらった。
1週目の戦い方に注目
──まずは怪我からの復活を期す錦織選手について聞かせてください。錦織選手は世界4位になった時と比べて、いまはどれくらい状態が戻っているように見えますか?
中村 彼のポテンシャルから考えると、現在の戻り具合は7割くらいだと思います。怪我前と復帰後で比較すると、フォアハンドの振り切りがまだ少し足りない。あとは、サービスもまだフルパワーで打っていないように見えます。
今回は右手首の腱の怪我だったので、右手首を大きく使うショットにまだ少し怖さがあるのかもしれません。
ただ、4〜5月にかけて行われたクレーコートのマスターズシリーズではチリッチ、A・ズベレフ、ディミトロフとトップクラスの選手に勝利しました。また、負けはしたもののナダルやジョコビッチと対戦しています。そして、連戦をして体に支障がなかったことはポジティブに考えていいと思います。
中村 豊(なかむら・ゆたか)
アスリート育成、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国IMGアカデミー、オーストラリアテニス協会などを経て現在は女子テニスWTAのマリア・シャラポワ選手、LPGAゴルファーからサッカー選手の指導育成に携わっている。錦織圭選手を支援した盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務め、将来有望な同ファンドのジュニア育成にも関わっている。米国フロリダを拠点に、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。http://www.yutakanakamura.com
錦織圭に期待されていることは、世界最高峰のグランドスラム(全豪、全仏、ウィンブルドン、全米)での優勝です。
グランドスラムで優勝するには2週間で7試合に勝ち抜くことが大事ですが、その中で、どうしても自分の思うようなコンディションで戦えない場合もあるし、強い相手に当たることもあるでしょう。
でも、トッププロならその状況下でも何とか勝たないといけません。個人スポーツであるテニスは負けたらそこで終わりです。
グランドスラムで優勝するために必要なことは、前半である1週目でどう体力を温存して戦えるかです。
この全仏オープンでも、彼の1週目の戦い方に注目して見ると面白いかもしれません。
2016年のリオデジャネイロオリンピックで錦織圭は銅メダルを獲得しましたが、今後も怪我なく体調をしっかりと管理していけば、2020年の東京オリンピックでも優勝に絡めるはずです。
全仏オープン1回戦、錦織圭はストレートで快勝した。 (Photo by Clive Brunskill/Getty Images)
人間としての幅が問われる
──錦織選手が全米オープンで準優勝したのは4年前です。当時は若手でしたが、今はもう中堅と呼ばれる年齢です。選手として、何か変化は出てくるものですか。
「怖さ」が出てきているかもしれません。4年前はチャレンジャーとしての勢いで一気にグランドスラム決勝、そして世界4位まで駆けあがることができました。
ただ、そこから周囲にはマークされ、怪我もあってランキングを落としてしまいました。もう勢いだけで駆けあがることが難しいのは、本人もよく理解していると思います。
ここで問われるのは、いかに日々やるべきことをしっかりできるかどうかです。コートの中ではもちろん、コート外での振る舞いもそうです。人間としての幅を問われているとも言えるでしょう。
今、錦織圭は28歳ですが、テニスでは28、29という年齢で引退する選手もたくさんいます。
ただ、フェデラーやナダルのように、しっかりと自分と向き合い、やるべきことをしっかりやれば、30歳を超えてもグランドスラムで優勝することができます。
こういった偉大な先輩がいることは、間違いなく錦織圭のモチベーションになっているでしょう。
いかに次のステージに行けるか
──フェデラーとナダルは怪我による長期離脱から復活した選手です。中村さんも多くの怪我をしたスポーツ選手の復帰のサポートをしてきたと思いますが、怪我からの復活で大事なことは何でしょうか。
自分がこれまで出してきた結果にプライドを持ちつつも、そこに執着せず、いかに次のステージに行けるかを意識することです。
テニスの世界では、3~4年で環境が大きく変わります。若手が伸びて競争率が上がっているかもしれないし、ラケットが進化しているかもしれないし、コートサーフェスのスピードが変わっているかもしれない。
そういった外部の環境を客観的に踏まえ、選手自身が進化しないといけません。
例えば、一般的には年齢を重ねると体力が低下しますよね。
その場合、コート上での練習を増やしたほうがいいのか、それともコート上での練習量を減らし、その代わりにもう少しフィジカルのケアをした方がいいのか。複数の選択肢が考えられます。
1日の練習でコミットする時間が6時間だとしたら、その6時間の時間割を、年齢と共に変えるところは変えていかないといけません。
このような点を理解する選手であれば、怪我をした後や、ベテランになったとしてもチャンスはあると思います。
──羽生結弦選手のように、怪我と向き合うことで「すごく成長した」と言うスポーツ選手もいます。
怪我をすることによって、選手は強制的に(競技以外の)時間を与えられます。この時間を有意義に使えるなら「チャンス」と言えるでしょう。
この時に「自分の体を根本的に見直そう」と再生から進化へのチャンスと捉えられた選手は、以前よりも強く復活しています。
現場復帰を早めてしまう
──野球でもダルビッシュ有選手のように、怪我の期間に徹底的にトレーニングをして体を大きくした選手もいます。ただし成功例がいる一方、うまくいかない人のほうが多いかもしれません。それらを分けるのはどんな理由が考えられますか。
現場復帰を早めてしまうからだと思います。どのスポーツにしろ、プロになるような選手は、ジュニア時代から周囲に比べて才能が突き抜けています。普通の人が10の力でできることは、3の力でできてしまうようなイメージです。
そういった選手はドクターから「復帰まで3カ月」と言われても、「自分だったら頑張れば、2カ月でできるだろう」とついリハビリ期間を短縮してしまいます。
競技人生を短期的に見たら、短いリハビリ期間で復帰できるのかもしれません。でも、それが長期的にその選手にとっていいのかを考えたほうがいい。
例えばダルビッシュ選手のように肘を故障したとすると、故障期間中に肘を治すことはもちろん、肘以外でも鍛えるところはいっぱいありますよね。
ただ、多くの選手は復帰を焦ってしまいます。
個人スポーツの場合、プレーをしないと一般的に収入がなくなってしまいます。チームスポーツでは、チームとの契約で収入はある程度保証されるかもしれませんが、ほかの選手との競争があるため、故障でプレーをしていない間に自分のポジションが脅かされてしまいます。
選手が「復帰したい」といえば、コーチや監督は「ちょっと早いかな」と思ったとしても、多くの場合本人にタイミングを任せてしまいます。
チームスポーツとの違い
──「選手としっかり対話できるか」が、いい指導者の条件とも言えそうです。ただ現実としては、難しいものでしょうか。
もちろんいい指導者なら「今年のシーズンより、しっかり治して来年、再来年の活躍を目指して欲しい」と言えるでしょう。ただ、多くの場合、チームスポーツでは勝つことが全てになってしまいます。
監督が「君は長期的に復帰を目指していいよ」と言ったとしても、その監督が結果を出せなかったらクビになってしまうこともあります。そうなると、選手の起用方針も変わるかもしれない。怪我をしている選手は常にそういった不安を感じています。
そういった意味では、個人スポーツの方がまだ怪我からの復帰はやりやすいかもしれません。
チームスポーツと個人スポーツの大きな違いは、チームスポーツは監督が権限を持っていることです。チームスポーツでは監督が選手の起用を決め、スケジュールも決めます。
一方、個人スポーツでは選手がコーチを雇います。だから、権限は選手にあります。
テニスの場合、フェデラーは「体力の消耗の大きいクレーコートでプレーしない」とアナウンスしています。これくらい極端なこともできてしまうわけです。
日本ではいま、日大アメフト部の悪質タックルが社会問題になっていますが、チームスポーツではどのレベルでも監督が力を持っています。
日大アメフト部問題の詳細はこれから究明されていくと思いますが、チームで一番権限を持っている人間が監督だとしたら、監督に「こういったプレーをすれば使ってやる」と言われたら、選手はその通りにやってしまう心理はよく理解できます。
(取材、構成:上田裕、中島大輔、撮影:大隅智洋、デザイン:九喜洋介)
※続きは明日掲載します。
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