【中村豊】指導者には「選手とのビジョンの共有」が求められる

2018/5/30
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【中村豊】元コーチが語る、錦織圭“完全復活”の条件

大坂なおみのポテンシャル

──今年に入ってから、「BNPパリバ・オープン」(グランドスラムに次ぐ規模の大会)で優勝するなど大坂なおみ選手がすごくブレイクしています。大坂選手の強さはどこにあると思いますか。
中村 彼女はまず潜在能力が高い。180センチの長身から200キロを超すような強いサーブが打てるし、ストロークも攻撃的に引っ叩くことができます。
これまではちょっと安定感に欠ける選手でしたが、先の大会で勝ち上がるにつれて、どんどん自信を付けていきました。
いまの彼女からはとても若さと勢いを感じます。
飛躍のポイントとして、新しいコーチの存在があるかもしれません。彼女の新コーチは女王として君臨したセリーナ・ウィリアムズのヒッティングパートナーだったサーシャ・バイン(本名はアレクサンダー・バイン)です。
トップを知る人と一緒に行動することで、得られるものは多いと思います。
大坂なおみの「BNPパリバ・オープン」優勝は、大きな快挙として世界中で報じられた(Photo by Matthew Stockman/Getty Images)
──大坂選手は世界一になるポテンシャルがあると思いますか。
あると思います。課題はいろいろなタイプの選手と戦ったときにどう対応するかです。
プロテニスの世界には、シャラポワ、セリーナ・ウィリアムズのようにパワーテニスで向かってくる選手、ハレプのように、変幻自在に緩急を付けてくる選手と、様々なタイプの選手がいます。
このようにいろいろなタイプの選手と戦っても、ちゃんと勝てる選手なのかが今後問われてくるでしょう。でも、それは彼女の今後の伸びしろとも言えます。
──それは経験でカバーしていくものでしょうか?
そうですね。あとは、勝ち始めたことによって「周りから期待されている」という空気を彼女も感じていると思います。そこをいい刺激にしていけば、これからたくさんチャンスはあると思います。
中村 豊(なかむら・ゆたか)
アスリート育成、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国IMGアカデミー、オーストラリアテニス協会などを経て現在は女子テニスWTAのマリア・シャラポワ選手、LPGAゴルファーからサッカー選手の指導育成に携わっている。錦織圭選手を支援した盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務め、将来有望な同ファンドのジュニア育成にも関わっている。米国フロリダを拠点に、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。http://www.yutakanakamura.com

メンタルブロックが外れた

──日本人選手では、錦織圭選手、大坂なおみ選手以外にも、例えばダニエル太郎選手、杉田祐一選手など活躍している選手が増えてきていると思います。この状況はどう見ていますか?
錦織圭が出てきたことによって、他の日本人選手のメンタルブロックが外れたことが大きいと思います。メジャーリーグで野茂英雄さんがパイオニアとして道を切り開いたことと同じです。
例えば以前は、日本人男子は松岡修造さんの世界46位が最高でした。錦織圭も「まずはその46位を超えよう」というところからスタートだったのですが、一気に世界のトップまで駆けあがりました。いまではどの大会に行っても錦織圭はラウンジで中心的な存在になっています。
そうなると、他の選手も「自分にもできるだろう」と感化されますよね。
いま、僕は盛田ファンド(※)のプロジェクトで次の錦織圭を生み出すべく15~16歳の選手を見ていますが、彼らはやっぱり最初からトップを意識することができています。
20年前に「世界のトップを目指せ」と子どもたちに言っても、前例がなかったため、どうしても「本当に日本人でそこまで行けるのかな」とネガティブな発想が生まれてしまうことがありました。
いまは錦織圭、大坂なおみ、それ以外にも杉田祐一や西岡良仁、ダニエル太郎という存在がいるので、子どもたちはそういった選手を見ながら育っているのは大きいと思います。
盛田ファンド
ソニーの創業者の一人、盛田昭夫氏の実弟である盛田正明氏が、世界レベルの日本人テニスプレーヤーをを生み出すために私財を投じて立ち上げたファンド。
ファンドの選抜試験に合格すると、世界的に有名なテニスプレイヤーのアガシ、シャラポアらが育った、米国のIMGアカデミーへの留学資金などが援助される。
錦織圭もこのファンド出身者として知られる。正式名称は「盛田正明テニス・ファンド」
──盛田ファンドの15~16歳の子どもたちへの指導で意識していることはありますか? 指導でも「得意なところを伸ばす」「苦手なところをなくす」という2つのアプローチが考えられるかと思います。
両方意識します。僕は特にフィジカルのトレーナーであるので「どうすれば選手の潜在能力を最大限に発揮できるのか」とまず考えます。
具体的に見るのは選手の体型、リズム感、筋力、走力、持久力などたくさんあります。そういったところを見ながら「この選手は何を武器にできるだろう」と考えるわけです。
ただ、現時点でその選手の武器になっているものが、将来的に武器になるのかどうかは何とも言えません。
トレーナーとしては「いま足りない部分」「将来必要となり得る部分」と2つの側面からアプローチをします。
一般的に指導者が「これをやれば勝てる」と言えば選手はそれしかやらなくなりますし、指導者も選手がその方法で結果を出していると、ついそっちに走ってしまいます。
ただ、目先の結果ばかり追っていればいい選手になれるかといえば違いますよね。選手の将来のことを思い、長期的なプランを考えられるかがいい指導者の条件と言えるでしょう。

自分はどういう選手になりたいのか?

──中村さんはジュニアの選手を見る時、何歳くらいで選手が羽ばたくことをイメージしていますか?
18歳です。それも、英才教育を13歳ぐらいから始めている結果として、18歳に羽ばたくイメージを持っています。
テニスも、野球も、ゴルフも技術的にレベルが高いスポーツですが、そういったスポーツでは反復練習が求められます。つまり、膨大な時間が必要になります。
──野球やサッカーでは、早い世代で勝ちを求めるがあまり、大人になったときに伸び悩む選手が多いことが課題です。中村さんの目から見て、ジュニア時代に、目の前の試合で勝つためにやるべき練習と、18歳になった時に勝てるようになるための練習は必ずしも一致しないものですか。
一致しないです。ただし、もちろんスポーツなので勝つことは大事です。
僕は主にプロを目指す選手を対象にしていますが、「プロになるためには何が必要なのか」となった時、ジュニア世代で代表に選ばれる必要があるし、勝つべき大会に出場してしっかり勝つ必要もあります。
ただ、目の前の試合で勝ちを積み重ねたとしても、大きな大会に出た場合、またプロに行った時、その選手がどれだけ通用するかは分からないですよね。
オリンピックの世界でも、トップ選手になればなるほど、オリンピックに参加することを目的とするのではなく、メダルを獲得するのを目標にしているのと同様に、ジュニアに対しても、「プロになることが目的ではなく、プロになってからどれだけトップに近づけるかが大事だ」とよく伝えています。
もちろん、勝つべきところで勝つことは絶対に必要です。例えば、ラリーをつないで相手のミスを待つようなテニスをしていれば、その試合は勝てるかもしれない。勝とうとする努力自体は評価します。
ただ、「本当に君はそれでいいのか?」ということですよね。
だから僕はトップを目指す選手には、「自分はどういう選手になりたいのかというビジョンを持ってプレーしなさい」と言います。
そして、指導者にはそのビジョンを共有することが求められます。
プロを目指してスポーツをする選手はみな、「トップになりたい」という気持ちを強く持っているはずです。
いま日大アメフト部の問題で「指導者の資質」が広く問われていますが、指導者に求められるのは、いかに選手とビジョンを共有し、正しくトップに導けるかではないでしょうか。
(取材・構成:上田裕・中島大輔、撮影:大隅智洋、デザイン:九喜洋介)