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2007年4月、ネパールの首都カトマンズの空港に降り立った僕は心の底から来る地を間違えたと思いました。しかし、プロジェクトは立ち上がり、ボスは意気揚々と「青い空は遮るものがなくただひたすら繋がっている」と僕に伝え、内陸国故のハンディに引きずられることなく、可能性のあるミライにかけるぞ、と。

そのボスの声に呼応し「では、僕がするのはFacebook、Gmail/Google Apps、Skypeの導入ですね」と全権委任を貰い、異議を言わせることなく、現地のトップ校を中心に導入しました。2007年は内戦終了の翌年、荒廃した農村部、首都カトマンズも充分な電力供給も為されず、また雇用機会もない。彼らに足りないのは知恵である。それを与えてくれたツール、部族で管理し、情報が遮断された社会において、大きく知恵を与えてくれたのがFacebook。好奇心旺盛で貪欲な彼らの心を十二分に満たしてくれました。情報が当たり前のように目の前にあり、常にヒトと繋がることの出来る先進国の環境は決して標準ではない。

2015年4月、ネパールを襲った大地震は死者9,000名近く、まさに大惨事となりました。公共財として社会的責任を帯びるツールとして世界で唯一Facebookだけが"Safety Check"に対応しました。ブラウザに一斉にネパール人が表示され、one clickで自らの無事を伝え、全員で確認出来るもの。それに救われたヒトはどれだけいるのでしょうか。また、数日経っても無事が確認されない友人に対してどれだけ不安な気持ちが僕を襲ったか。NCell(現地最大手の通信会社)はインターネットにアクセス出来ない被災者に無料で電話回線を供給し、それぞれが無事を確認し合い、まだ涙をし。Ncell経由でFacebookのSafety Checkにアクセス出来る仕組みも緊急で作られました。

公共財や社会インフラは当然のこと功罪があります。しかし、このような暗黒面のみフォーカスする記事を僕は読みたいとは思わない。それより可能性のあるミライにかけようよ。
フェイスブックは、ミャンマーにおいても、ロヒンギャやムスリム全般への憎悪を拡大するのに使われました。スリランカの場合は、まだ暴力の規模が比較的小さかったので、調査して記事にすることもできたともいえます。似たような事例、フェイスブックを通してデマも含めた情報が拡散し、ごく普通の人々が義憤に駆られて虐殺や放火に参加してしまった、という例は、中東やアフリカ諸国でも、もはや数多く起きています。女の子が~人に誘拐された、あの~教徒の飲食店は豚肉を混ぜている、といった情報が毎日、何百万もフェイスブックに投稿されます。日本や先進諸国でもそういう投稿はありますが、大多数の人が相手にしないことで、何とか影響が限られています。
 フェイスブックがなくても、火種が元々社会にあったことは確かです。宗教や民族の間の対立、憎悪の多くは人工的なものであったり、経済的なものであったり、植民地統治の間につくられたものであったりしますが、多くの社会で存在し続けています。特に途上国では放置されたままであることが多く、火が投げ込まれればすぐに暴動や内戦になります。
 フェイスブックがなくても、火種に油を注ぐようなことは起きています。1994年のルワンダ虐殺では、主にラジオによって(多くはデマの)情報が拡散され、短期間で各地で虐殺が起こされたことが知られています。スリランカやミャンマー、アフリカ諸国でも、フェイスブックだけではなく、WhatsAppなどが情報拡散に使われています。ただし、フェイスブックが情報の拡散をより加速し、広範囲にし、容易にしたのではないか、という疑問はありえます。現地での調査はまだわずかしかされていませんが。
 ごく普通の人々がデマを拡散し、元々あった火種から殺戮が起こる以上、中国のように、微博と微信以外はブロックして、政府の管理下に置く、というのも合理性があるように見えます。一方、政府の役割は対立の火種を縮小し、消滅させる措置であり、人々の言論を統制することではない、というやや理想主義的な考え方もありえます。
 フェイスブック自体の責任ではないともいえます。しかし、問題があまりにも多く起きている以上、対処が必要です。政府が制限するか、フェイスブック社が対処するか。少なくとも、フェイスブック社は、この問題の実態を大規模に調査するサポートをした方がよいでしょう。
フェイスブックは、東南アジアなどの途上国においてユーザーに無料ネットアクセスを提供する代わりに、FBのアカウントを作ることを条件にしてきたといいます。つまり、フェイスブックのアカウントさえあれば、無料でネットに接続できる、という仕組み。これによって、ミャンマーなどではフェイスブックのユーザーが極めて多いとのこと。
フェイスブックには途上国のネット環境を向上させたという功績がある一方で、この記事に書かれているように、あまりにも普及したために憎悪の「導火線」となっているのは、無視できない側面です。
本記事はスリランカを中心に報じていますが、ミャンマーでも同様のことが起きています。4月に掲載した記事がこちらです。
https://newspicks.com/news/2944619/
それだけ途上国に浸透させてるということだよな
Facebookのような能動的に情報を取りに行かなければ、デマも目に触れることが少ないメディアより、Whatsappのように”無差別”に拡散させて、受動的にデマに注意を向けてしまうメディアの方が怖いと思います。

かつて預言者の似顔絵問題でFBが槍玉に合った頃は、周囲の多くの知人がFBを去りましたが、その殆どが1年も絶たないうちにアカウントを再開し、自己アピールの発信に夢中になっています。それだけインフラになってしまったとも言えますし、ある種の中毒症状から抜け出せなくなってしまったとも言えます。

結局、使う側の問題であって、Facebookだけを批判しても何ら解決にはならないでしょう。
ネットニュートラリティ、インターネットの中立性という言葉はインドなど新興国では極めて頻繁に聞く言葉です。それくらい議論があるという事です。

主役はまたもGoogleとFacebookです。現地モバイルキャリアと組んだり小型衛星なりでモバイルアクセスを無料ないしは超廉価で新興国の人々に提供する、その代わりに自社サービスを使ってもらっている。それが中立性を阻害しいてるという議論。
ちなみにアメリカでもつい最近これに関する法律を改正し、改悪であるとの議論がなされています。

もう一つ、無料ネット接続の弊害として、それが反社会的勢力の活動温床になっているのでは、という主張がこのNYTの論旨です。
たしかに社会の成熟や人々のITのリテラシーの向上スピードよりも、ネット普及を人工的に極端に早めた結果、先進国よりも反社会的行為が助長されているという指摘は一定程度当たっていると思います。

極論すればその社会外部性と、無料ネット提供による教育や雇用機会の創造など社会便益とを、天秤にかけるという話です。
結局は、提供しながら対策も頑張る、という結論しか現実的には無いでしょう。
怒りの感情は連鎖しやすい。ペイフォワードな社会になることが理想ですが、一足飛びにそこにはいけないと考えています。だからこそ、怒りが連鎖しない社会を作ることが先決との信念の下にアンガーマネジメントの活動をしています。
この連載について
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Facebook(フェイスブック、FB)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州メンローパークに本社を置くFacebook, Inc.が運営する世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である。Facebookという名前は、アメリカ合衆国の一部の大学が学生間の交流を促すために入学した年に提供している本の通称である「Face book」に由来している。 ウィキペディア
時価総額
49.8 兆円

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