成長痛を打ち破る、メルカリの組織戦略

2018/4/27
事業、組織共に急拡大を続けているメルカリは、現在強烈な成長痛に直面している。

まさに変革の時を迎えている同社は、組織拡大を推進しつつ、創業時からのカルチャーをより強化するため、2018年4月、社長室の唐澤俊輔氏が執行役員VP of People &Cultureという新しいポジションを担い新体制を築いた。

メルカリは、今後も成長し、変化し続けるために何をしようとしているのか。唐澤氏と総務マネージャーの山下真智子氏に話を聞いた。

メルカリ急成長の軌跡

まずは、メルカリについておさらいをしたい。
全世界で1億ダウンロードを超えたメルカリは、その成長のペースを緩めることなくサービス、組織ともに急拡大を続けている。
この5年で生まれたサービスは、メルカリの他に、「メルカリ カウル」「メルカリ メゾンズ」、そして「メルチャリ」「メルペイ」「teacha」と勢いは止まらない。
昨年12月には、社会実装を前提とした研究開発組織「Mercari R4D(アールフォーディー)」を設立し、外部企業や大学との共同研究にも着手した。
従業員数も2013年に山田氏が3人で創業したところから、現在は約800人にまで急拡大をしており、そのスピードは現在も増している。さらに、今後3年間でエンジニア1,000人を世界中で採用し、テックカンパニーとしてのスケールアップを目指す。
制度もユニークで、プロフェッショナルとして高い目線を持ち、思いきり働ける環境を提供するために、新卒社員に個人の能力や経験に応じたオファーを提示し、内定期間中に昇給も可能な人事制度「Mergrads(メルグラッズ)」を策定。
ほかにも、本人のスキルや成果を重視し、給与の増減幅を設定しない「無制限昇給制度」など、既存の常識にとらわれることがない。
しかし、これだけ急スピードで組織規模を拡大させているメルカリに、組織課題やひずみは生まれていないのだろうか。
100人の壁、300人の壁をあっという間に通り越してもなお成長を続ける同社の課題、そして強さとは――。

信頼と性善説によって成り立つ組織

唐澤 もちろん、メルカリにも他の会社と同じように、拡大するにつれてさまざまな組織課題が生まれました。人が増え、サービスが増えた上に、グローバル化やメルペイなど、さまざまな動きがある今は、まさに「成長痛まっただ中」なのです。
この成長痛を乗り越え、今後も成長し続けるためには、変革が必要。
そこで、メルカリのカルチャーを維持・強化し、より強固な一枚岩の組織を作るために、2018年4月に「VP of People &Culture」という新しく作った役割を僕が担う、新体制を築きました。
その体制を築くまでに、メルカリはどういう組織作りをしてきたのかを、先にお話ししたいと思います。
そもそも組織とは、風土やカルチャー、価値観など可視化されていない「ソフト」面と、構造や制度など可視化された「ハード」面からできています。
まず「ソフト」面ですが、メルカリは性善説によって成り立つ組織であることが最大の特長。「メルカリに悪いことをする人がいるわけがない」と、経営陣が全面的にメンバーを信頼しているから、ルールを極力作らないんですね。
たとえば、チーム内外でのランチや食事代は、チームビルディングを目的としたものであれば、月に何度でも会社が全額負担する、という制度があります。
一般的にこうした制度は回数や金額のルールを設定しますが、メルカリは無制限。カルチャーが性善説で成り立っているので、細かいルールは作らずに現場のマネージャーの判断に全て任せることができるわけです。
組織が大きくなると、メンバーが間違った判断をしないようにと、ルールで規制するケースが多くなると思います。でもメルカリがルール不要なのは、個々がブレない判断をできるよう、ミッションとバリューを空気のように浸透させてきたから。
そのために、あらゆる制度はバリューと連動していますし、経営陣も言葉にして言い続けてきました。そしてなにより、総務がバリューを浸透させるための地道な活動を続けてくれています。
結果、メンバー同士の会話でも、日常的に「その意思決定、Go Boldじゃないよね」と飛び交うほどになりました。バリューが浸透したから、意思決定の判断軸がブレない。だからこそ、性善説が成り立つ。これが、創業時から変わらないメルカリの強さのひとつだと思っています。
僕たちが成長痛の中でもあきらめないのは、どれだけ規模が拡大してもメルカリが大切にしているカルチャーを、愚直に維持・強化し続けること。この本質は変わりません。

Go Boldな制度設計

次に、「ハード」面ですが、メルカリは組織構造や制度を固定化していません。プロジェクト単位でチームを流動的に変化させますし、制度もよりメルカリらしくアップデートを繰り返しています。
たとえば、新卒社員の一律給与を取っ払った「Mergrads(メルグラッズ)」や、「無制限昇給制度」。
どちらも斬新な制度だと話題にしていただきましたが、メルカリで働く「人」のことを本当に考えれば、これらは当たり前のことだと思うのです。
どれだけ人が増えても、一人ひとりが集中して仕事に向き合い、最大限に活躍してほしい。「働く全員を大切にしたい」という思いから、これらの制度は生まれています。

全社会議をパネルディスカッションに

とはいえ、組織の成長スピードがあまりにも速いため、戸惑いが生じることがあるのはたしかです。僕が社長室のメンバーとして入社後、すぐに実施したのはマネージャー以上全員約50名との1on1でした。
分かったのは、経営陣は、社員が数十人のころと同じ感覚で全員と接したいと思っているけれど、メンバーからすれば人が増えた分、経営陣との距離が遠くなり、なかなか声をかけづらくなっていること。
この溝を埋めるために何をすべきか。考えた結果、毎週の全社会議で行われる経営陣の話を、プレゼン型からパネルディスカッションに変えました。
山田や小泉が一方的にメッセージを発しても、それは時には押し付けになるし、本音は見えづらいでしょう。
その状態で組織が大きくなればなるほど、社員はなんとなく忖度をしたり、上の人の言うことを黙って聞いたり、他の部門に興味を持たなくなったりする。そうなると、「その判断はおかしいよね」と言う人がいなくなってしまいます。
それは、メルカリらしくない。
山田、小泉、濱田など経営陣がディスカッションするなかで「進太郎さん(山田)は失敗したことないんですか?」など、突っ込んだ質問をすれば、ぶっちゃけた本音が聞けて、距離も近付きます。
少しずつこうした取り組みで変化を起こし、成長痛を乗り越えたいと考えています。

People &Cultureで組織を強くする

メルカリはまだこれからの会社です。大きな壁はいくつもやってくるでしょう。その壁を乗り越えるためには、グループ全社が強固な一枚岩となる必要があります。
しかし、昨年にはメルペイという新しい事業会社ができ、メルカリ自体も倍速で人が増えていることから、一枚岩になりにくいフェーズに入ってきました。
重要なのは、「人」に関わるプロセス。たとえば候補者への面接から採用、入社、育成、異動、評価という、今まではそれぞれが独立していたプロセスを一本化すること。きちんと一貫して「人」を見る会社にする必要があると考えました。
そこで、人事、労務、総務といった「人・組織やカルチャー」に関わる部門の連動性を高めるべく、4月から新たにVP of People &Cultureという役割を担うことになりました。
目指すのは、いきいきと働き成長する社員を支援し続けることで、メルカリグループ全体を成長させること。これは、メルカリが「人」を何よりも重視するという、経営の意思の現れでもあります。
採用活動に注力している人事は、もっと各部署に寄り添って組織課題を見てほしいし、労務チームは、そこに対してどんなサポートができるのかを考えてほしい。そして総務には、性善説で成り立つ組織を強化するためのカルチャーの浸透に、もっと注力してほしい。
ちなみに、Peopleと名付けたのは、メルカリは「人」を大切にしたいから。よく人事をHR(ヒューマンリソース)と呼びますが、それだと、「人」を経営資源の「リソース」として捉えることになります。
組織をつくるのは「人」だからこそ、HRではなくPeopleとしました。近々、各部門の名前も変更予定です。

優秀なエンジニアを揃えたコーポレート組織

僕のグループと密に連携してシステム開発を行う「コーポレートエンジニア」チームには、もともと他企業のCTOだったような7人の優秀なエンジニアも所属しています。
なぜなら、グローバルで使える人事系のシステムを持ちたいし、独自の人事制度を策定しているので、システムも内製する必要があるからです。
彼らはエンジニアリングとビジネスの両方を理解しているため、要件定義書など細かい依頼をしなくても、的確かつスピーディーにオリジナルの人事データベースや評価制度のシステムを作ってくれます。
通常、優秀なエンジニアにはメインプロダクトや新規事業を任せたくなるでしょう。だけど、メルカリがコーポレートにも優秀なエンジニアを置く判断ができたのは、スタートアップの経営が2巡目・3巡目の経営陣が多いからだと思います。
組織が拡大するときにどんな課題が生まれるのかが分かっているので、先手を打てる。日本のIT企業だけでなく、外資出身や大企業出身など、多様な人材を採用しているのも、異なる視点を経営に取り込みたいからなのだと思います。

グローバルコーポレートチームを一緒に作りたい

メルカリ組織の根幹を支え、強化するPeople &Culture管轄の部門には、まだまだ人が足りません。これからは日本だけでなく、メルカリUS・メルカリUKと連携し、グローバルなコーポレートチームを作る必要があります。
だから、本気で世界で戦える人事・労務・総務のリーダー層や、それを支えるコーポレートエンジニアリングの仲間を探しています。
今までの延長戦をメルカリでやってほしいのではなく、これから訪れる、誰もやったことのない新しい挑戦のために、これまでの経験を生かしてください。
何が正解かは分からない、むしろ、正解はないので、ぜひ好きなことにどんどん取り組んでいただき、新しい仕組みを一緒に作っていきたいです。
Go Boldな意思決定ができる「リーダーシップ」、All for Oneの信頼関係を築ける「パートナーシップ」、Be Professionalな結果を出すために妥協しない「オーナーシップ」、この3つを持つ方を、お待ちしています。

総務はカルチャーづくりのチーム

山下 総務はこれまで組織を強くさせるために重要な、ミッションとバリューを浸透させる役割を担ってきました。よく、「どうやってカルチャーを浸透させてきたのか」と聞かれますが、これといった必殺技はなく、地道な活動をひたすら続けてきただけです。
たとえば、会議室名を「Bold」「Professional」などバリューを入れた名前にしたり、ミッションやバリューを書いたTシャツや缶バッジなどのグッズを作ったり。ほかにもバリューを体現している人にMVPなどの賞を贈るなど、日々ミッションとバリューを身近に感じる仕掛けをつくってきました。
また、メンバーが「Go Boldにおもいきり働ける環境」をサポートするために「mercibox(メルシーボックス)」という制度も導入。私自身もmerciboxを利用して産休を取り、私が小泉に提案して形になった「認可外保育園補助」を利用して育休から復帰しました。
実は、私がお休みの間に、総務メンバーをマネジメントしていたのは小泉です。毎週の定例会議に参加し、メンバーと1on1をして、目標設定も担当していました。
社長自らが私に代わり総務メンバーを見ていたのは、会社が本当にバリューやカルチャーを大切にしているからだと思いましたね。
今回、唐澤がVP of People &Cultureを担うことで、総務は改めてカルチャーを作る部署だと命を受け、とてもうれしく思いました。
メンバーと一緒にカルチャー作りを通じて、強い組織を作っていきたいですね。今後は、「総務」という名称も「Culture & Communications」に変えて「カルチャー」のための組織として再出発したいと思っています。
(取材・文:田村朋美、イラスト:九喜洋介、写真:岡村大輔、編集:樫本倫子)