【新】証券業界の異端児、松井道夫が描く「美しい人生」

2018/5/12

美しい絵を描きたかっただけ

【松井道夫】絶対のルールなんかない
“業界の異端児”と呼ばれ、「なぜそんなことができたのか」と問われ続けた四半世紀でしたが、私としてはすべて我が心をただ見つめてやっただけのこと。
結果だけ見れば、たしかに今の日本の証券会社のメインストリームを切り開いたのかもしれません。
しかし、それはあくまで後付けの結果でしかない。私はただ、美しい絵を描きたかっただけなのです。

一橋大を受けた理由は「校舎」

【松井道夫】海外で働きたいから、商社ではなく日本郵船を志望
一橋大を受けることを決めたのは、単純に「校舎が美しかったから」です。不純に思われるかもしれませんが、私にとっては重要な動機でした。

それじゃあ、社長になれない

【松井道夫】一番人気の東京海上、銀行。社長になれる確率は?
海外赴任を夢見て日本郵船への就職を志望した私でしたが、周りの同級生は「そんな斜陽産業よりもっと大きいところを目指さなくていいのかよ」という反応でした。
「経済の一橋」と言われた一橋大の経済学部にいた学生は皆「就職貴族」と呼ばれていて、希望すればよほどのことがなければ入れる時代。
羽振りよく大量採用をしていた大手保険会社や銀行に進む学生が多かったんです。
でも私は「それじゃあ、社長になれないじゃないか」と思っていました。

日本郵船での教訓

【松井道夫】戦略は揺るぎない「自己」に立脚せよ
11年間勤めた日本郵船で、私が得た学びは計りしれません。いや、私が松井証券でやってきた仕事のすべては、日本郵船での教訓が生かされたものと言っても過言ではないでしょう。

同期は46歳まで給料が一緒

【松井道夫】46歳まで同期社員の給料が同じ理由とは?
日本郵船は人事制度も特異でした。
入社同期はヨーイドン!で入社してから46歳まで、仕事ができてもできなくても給料は一緒。
「こんな不公平な賃金体系はありませんよ。有能な社員とそうでない社員には差をつけるべきです。給料にもっと差をつけてください」
すると「青臭いことを言ってるんじゃねえよ」と反論が返ってきました。
「この制度はな、鼻っ面にぶら下げたニンジンなんだよ!」
「ニンジン…? どういう意味ですか」

虚業であってはならない

【松井道夫】虚業は、顧客が認めないコストで成り立っている
私はよく社員や業界に向けて、「虚業であってはならない」という話をしてきました。
虚業とは何か。私の考えでは、虚業とはつまり「顧客が認めないコストで成り立っているビジネス」です。
私は常に“実業”を目指して、仕事をしてきました。

「業界の当たり前」に手をつける

【松井道夫】証券会社における「虚業」の象徴は何か?
松井証券への入社は1987年。
1989年12月を境に市況は大暴落。見る見る収入が目減りし、私の頭は真っ白になりました。
しかし同時に、冷静さを取り戻しながら、使命感を燃やす自分もいました。
「この局面を乗り切ることができなければ、大好きな日本郵船を辞めてまでここに来た意味がなくなる」
覚悟を決めた私がすぐに着手したのが“虚業”の排除でした。
異業種出身ならではのメガネをかけ、目を凝らすと、業界で当たり前と信じられてきたものに手をつけるべきだと直感しました。

収入の7割を歩合外務員に頼る

【松井道夫】会社は芸者を囲う置屋か?
歩合外務員は顧客が支払った手数料の60%を会社に入れ40%を自らの収入にするという決まりが長く続いていました。
これは松井に限らず他の中小証券も導入していた仕組みでしたが、それは単に「そのほうが経営のリスクが少ない」という消極的な理由からでした。
結果として、当時の松井証券は収入の7割を歩合外務員に頼っている状況でした。
当然、歩合外務員は肩で風を切って闊歩(かっぽ)しており、会社というのは、芸者を囲う置屋のようなものでした。

運は聞く耳を持つ者にやってくる

【松井道夫】運は、聞く耳を持つ者にやってくる
運というのは、誰にも等しく巡ってくるものではなく、自分は何を選択決断すべきなのかと逡巡(しゅんじゅん)し、あらゆる情報に目を配り、聞く耳を持とうとする経営者のもとにしかやってきてくれないものなのでしょう。
私はどうも「なんでも即決。自分が信じた道だけを進み切る」と誤解されがちなのですが、決してそうではなく、いつでも「ああでもない。こうでもない。やっぱりこうすべきなのだろうか」と迷いを重ねた上で決断を下してきました。

営業部隊から猛反発

【松井道夫】業界タブーに挑戦。口座管理料を無料にして吊るし上げ
「対面セールスこそ証券の要」と信じ切っている営業部隊からは、当然ながら、猛烈な反発を受けていました。
「納得できませんよ。私たちは努力して汗水流して、株や投信を売って貢献しているんです。電話が鳴るのを待っているだけのオペレーターと一緒にされちゃ、たまったもんじゃありませんよ」
と嘆く営業部長に対して、私は毅然と反論しました。
「営業、営業と言うが、電話で注文を受け付けている女子社員たちはあなたたちの5倍稼いでいるんですよ」

業界から集中砲火

【松井道夫】「店頭株式の手数料半額化」に業界から集中砲火
1996年の橋本内閣による「金融ビッグバン」宣言で、自由化の流れを確信した私は、「そうとなれば、徹底的にやろう」と肝が据わりました。
同年、ダメ押しで発表したのが、「店頭株式の手数料半額化」です。
これには、業界から前回を上回る勢いで集中砲火を浴びました。
なんとか自由化の流れを止めたかった業界は、「自由化すれば手数料は今よりも上がり、顧客になんのメリットも生まない」というロジックで口をそろえていました。そんな中で、突如、松井証券が真逆の路線を打ち出したのだから、叱られるのは当然だったのかもしれません。

破壊が先、後に創造

【松井道夫】破壊なくして創造なし。何を捨てるべきか?
創造的破壊とは、オーストリアの経済学者、シュンペーターが提唱した言葉ですが、その定義によると、「破壊が先で、後に創造」という順序。私はこの「破壊が先」という順序がとても気に入っているのです。
破壊なくして創造なし。では、何を破壊しなければならないのか。手に握りしめているものの中から、何を手放し、捨てるべきなのか。

はたらく=「亻」+「考」

【松井道夫】1社に「隷属」から、複数社に「参画する」時代へ
ここ数年、「働き方改革」「女性活躍推進」など世間が急に騒がしくなっていますが、旧態依然とした既存の制度を前提に枝葉の議論をするのではなく、企業存続、日本の産業発展のために本当に有意義な方策を真剣に考える時が来ていると思います。
2017年の年頭あいさつに書いたことですが、私は今後「働く」という漢字の「イ(にんべん)」をとった右側のつくりが、「動」ではなく「考」に変わるだろうと予測しています。

組織をキャンバスだと思え

【松井道夫】組織は自分の思いを表現するキャンバスだ
組織に縛られた人間ほどむなしいものはないと思います。
組織は器にしか過ぎず、自分の内なる思いを表現するキャンバスだと思えばいい。
よく「自己実現」という言い方もされますが、この言葉にはどこか「他人から評価されたい」という気持ちが見え隠れするのでどうも好きではありません。
自分の心の奥を見つめ、正直にやっていこうよ。シンプルに、これだけを追求したらいいと思います。

オリジナルにこだわる

【最終話・松井道夫】最大のリスクは社長。進退は数字で決める
内省を重ね、心から「美しい」と思える決断だけをしてきた結果が、外交セールス廃止や手数料大幅引き下げ、インターネット専業への転換だったというだけのこと。
本物の画家がそうであるように、私もオリジナルにこだわります。他人のまねごとやすでに使い古された手法にはまったく心が躍らない。つまらないことはやりたくないのです。
(予告編編集:上田真緒、本文構成:宮本恵理子、撮影:川田雅宏、デザイン:今村 徹)