仮想通貨の「落とし穴」。コインチェック危機の行方は

2018/1/29
まさに茫然自失の表情だった。
2018年1月26日、国内最大級の仮想通貨取引所コインチェックから、通貨の一つ「NEM」約580億円分が流出した。この日の深夜、東京都内の記者クラブで会見したコインチェックの和田晃一良CEOは、虚空の一点を見つめながら、記者らの質問に答えていた。
「このような事態に陥ってしまったことについては、深く反省しています」
机の上で、いくども組み替えられた手には、なんとか平静を保とうとする意識がにじみ出ていた。その胸中には、いかなる思いが、去来していたのだろうか。
運命の皮肉さを呪う思いもあったかもしれない。
和田氏が、コインチェックを立ち上げたきっかけは、2014年の「Mt. Gox(マウントゴックス)」の破綻だった。取引所から約470億円のビットコインが盗まれた、仮想通貨史上で最も大きな事件だ。
その事件を「チャンス」と捉え、仮想通貨の取引所をスタートさせた和田氏は、その4年後に、自らも同様の事案の当事者となってしまった。しかも、流出額の580億円は、マウントゴックスを超える史上最大の被害額へと達した。
歴史はこうして、繰り返されてしまうのか。
いずれにせよ、日本最大級の仮想通貨取引所は、わずか1日で、史上最大の仮想通貨流出の当事者として、イメージを180度変え、歴史に名を残すことになった。

公式発表ないまま、丸一日

その犯行は、日付が1月26日を迎えると同時に、ひっそりとかつ大胆に敢行された。
0時2分ごろ、コインチェックのアドレスから10NEMが送金され、その後、わずか5分程度の間に一気に、計5回で総計5億NEM(約550億円)が同じアドレスへと送信されたのだ。
コインチェックから送金されたNEMの記録。分刻みで巨額が流出した (写真:NEMの履歴
最終的に、午前8時までに、約5億2000万以上のNEM(約580億円)が同じアドレスへと持ち出された。
コインチェックが、異常を検知したのは、その約半日後の午前11時半前。同社はその後、12時過ぎから、NEMの入金、売買、出金を停止し、午後4時半ごろには、全ての仮想通貨の取扱いも停止する事態へと一気に発展した。
この時点までには、ツイッター上などで、「コインチェックからNEMが盗難された」との情報が駆けめぐり、利用者たちがパニックを引き起こし始めた。
午後8時ごろ、NEM財団の代表が「コインチェックがハックされたのは不幸なことだ。我々は協力できることは、全てしている」とツイート。コインチェックからは公式アナウンスが依然発表されない中で、先に流出が裏付けられることになった。
ようやく公式発表となったのが、午後11時半に始まった冒頭の会見だった。会見では、コインチェックがNEMの管理に、よりセキュリティが強いオフラインの「コールドウォレット」を用いていなかったこと、NEM財団が推奨するセキュリティ技術の「マルチシグ」に対応していなかったことが、明らかになった。
そして翌朝には、この流出はテレビや新聞などマスメディアでもトップニュースとなり、週末もあらゆるメディア上を賑わし続けている。

マスへと広がることの意味

2017年に、一気にマスまで投資層を広げた仮想通貨。そのブームが広がるに連れ、ビットコインやブロックチェーンのテクノロジー理念に関心のない層も次々と仮想通貨に群がっていった。
その一番象徴となったのが、コインチェックのテレビCMだろう。
「なんでビットコイン取引は、コインチェックがいいんだよ!?」。タレントの出川哲朗氏を起用したCMは、例年より長かった年末年始の休日も繰り返し放映され、仮想通貨ブームに新たな層を次々と巻き込んでいった。
「ハードフォークという方法を要請される気はあるのでしょうか?」「お客さんたちのデータ、出入金の記録、バックアップは全部なくなってしまいましたか?」
会見をめぐるNewsPicksのコメントでは、記者の知識を疑問視するコメントが相次いだが、逆にいえば、それは仮想通貨がそれだけ、愛好家だけでなく、大衆を巻き込むほどの猛威を振るっていたことの裏返しと言えるかもしれない。
コインチェック本社前に集まった利用者やマスコミたち
だからこそ、コインチェック問題は、仮想通貨の大きな「岐路」になる可能性がある。
いくら今回の問題が、取引所のセキュリティ問題であり、仮想通貨やブロックチェーンが改ざん不可能な事実は揺るがずとも、ブームを支えていたマスからすれば「なんでもいいから金を返してくれ」が全てで、新規参入者も確実に減っていくだろう。
それは世界でもいち早く仮想通貨を認める規制を導入し、世界有数の投資規模を誇っていた日本にとっては、一つの節目になっていくかもしれない。
とはいえ、全てが「崩壊」に向かっているわけではない。
コインチェックの問題が、マウントゴックスと異なるのは、コインが消え、取引所が破綻する、という最悪のシナリオ以外の道も残されているところだ。
1月27日には、NEM財団から、今回の流出について「自動追跡プログラム」を開発していることが公表され、今も現在進行系で開発作業が進んでいる。インターネット上のNEMコミュニティーでは、その進捗状況が逐一報告されている。
また、28日未明には、コインチェックが、流出で被害を受けた26万人に対し、自己資金で補償を実施することを表明し、これを受けて仮想通貨の相場は大きく好転した。この日午後には、コインチェックは金融庁に流出の経緯を説明している。
さらには、それまでまとまらなかった2つの国内の仮想通貨業界団体が統合するという報道まで飛び出し、業界全体の取り組み改善につながる可能性も出てきた。
“”コインチェック事件”は、仮想通貨のバブル崩壊への引き金となるのか。それとも、この問題から何かの教訓を得て、何か新たな可能性が生まれてくるのか。
この行方を展望するため、NewsPicks編集部では、本日から緊急特集を実施する。現在進行系の事案に対して、編集部は取引所関係者から、専門家、当局の動き、投資家まで、総力取材を敢行し、その最前線をレポートしていく予定だ。
まず、第一弾として、コインチェックと同じく、国内で仮想通貨取引所を運営するQUOINE Japanの栢森加里矢社長のインタビューをお届けする。
※記事中の「計5回で総計5億NEM(約550億円)が同じアドレスへと送信されたのだ」の箇所で、当初、「総計5億NEM(5億5000万円)」と記載しておりました。正しくは「総計5億NEM(約550億円)」です。深くお詫び申しげます。
(デザイン:砂田優花)