進む自動車メーカーの「EVシフト」。電動化で何が起きるのか

2018/1/30
メルセデス・ベンツが掲げる中長期戦略「CASE」。自動車業界を一変させる可能性を秘めたキーワードであるConnectivity、Autonomous、Shared & Services、Electricの頭文字を取ったものだ。これらのテクノロジーは、クルマをどのように進化させ、社会をどう創り替えるのか。それぞれの革新性をひも解き、4回にわたってその可能性を探る。
自動車メーカーのEVシフトが顕著になってきた。EVへの期待が高まる背景、そしてEVを推進する国々の思惑とは──
自動車の最前線を知るモータージャーナリストの清水和夫氏と、ホンダで先進運転支援システムなどの研究開発プロジェクト責任者を務めてきた古川修教授が、内燃機関からの一大転換の先にある未来を語る。

メーカーの「EVシフト」の行方は

──2017年9月、メルセデス・ベンツが「2022年までに製造するすべての車種を電動化する」と発表して話題を呼びました。今後、自動車市場はEVへのシフトが顕著になるのでしょうか。
古川:そもそもEVとは、自動車の歴史のなかで100年以上前に発明された技術です。人類が史上初の時速100km超えを成し遂げたのもEVでした。
ただ、バッテリーのコストと性能の問題があり、より低コストなガソリン車が主流となったわけですが、近年ようやくバッテリーのイノベーションが進んだことで、再び転換期を迎えつつあります。
とはいえ、勘違いされているかもしれませんが、電動化とEV化はイコールではありません。
清水:全車電動化との発表をEVへのシフトと勘違いしている人は多い。電動化とEV化は違います。例えば、ハイブリッドやプラグインハイブリッドはEVではありませんが電動化されています。
最近増えているのは、オルタネーターの発電や回生ブレーキを利用して、補助として48V電源を使い燃費を向上させる方法。「48V電源を使っているから電動化」とうたっていますが、なにかしら基準があるわけではなく、あくまでメーカーの自己申告です。
──いわゆる「48Vハイブリッド車」ですね。CO2排出量規制への対応で、高電圧のハイブリッドシステムよりも安くシステムを構築できるといったメリットがあります。
清水:これらは、見方によってはエンジン車ともいえるでしょう。しかし、メーカーが電動化と発表したらニュースとして世界に発信される。
メルセデス・ベンツは48VのISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を使ったクルマをハイブリッドとは呼んでいないけど、マーケティング的には電動化と呼ぶかもしれません。
古川先生、このメーカーによって異なる定義をどこかで整理しないとダメだと思いませんか。
古川:そう思いますが、具体的な動きはあまり聞いたことがないですね。電動化だけでなく、EVに関しても定義はいろいろあります
個人的な見解ですが、EVはバッテリーとモーターだけで、エンジンを持たないクルマだと考えています。
清水:ZEV規制(ZEV:排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車)に照らし合わせると、エンジンが回っているとZEVとは認められません。しかし、600ccくらいのエンジンで発電しバッテリーに充電し、その電気でモーターを回すEVも存在する。
要は、規制側であるデジュールとユーザーニーズのデファクトがずれていることもEVの定義が混乱する原因のひとつです。
──電動化とEV化の違いを理解していないと、エンジンを搭載したクルマがなくなっていくと感じてしまいます。
古川:ニュースなどでは、一緒くたにEV化として取り上げていることも多く、勘違いの原因になっています。実際には、エンジン車は今後も残っていくでしょう。
清水:カリフォルニア州が2018年から導入する新たなZEV規制は、有害な排出ガスを抑えて、大気汚染をなくすのが目的です。しかし、これは今に始まったことではありません。
ロサンゼルスは地形の関係で排ガスがたまりやすい。そういったことから、カリフォルニア州政府は、1970年に当時世界一厳しい排ガス規制法といわれたマスキー法を制定するなど、一貫して排ガスの環境問題に取り組んでいます。
ZEV規制の州法も1990年代前半には定めており、そのときは各メーカーが赤字覚悟でEVに取り組みました。
米国カリフォルニア州大気資源局が施行した「ZEV規制」は、州内で一定台数以上自動車を販売するメーカーに対し、ZEVを一定比率(14% : 2017年現在)以上販売することを義務付ける制度。
古川:私はホンダに在籍していたのですが、90年代前半には、技術者がEVを作り続けていいのか悩んでいましたね。コストは高いし、走行距離も短い。ガソリンエンジン車の代わりとして売っていいものか、葛藤があったのだと思います。
清水:現在はバッテリーがかなり進化していますが、温度管理が難しいんですね。特性上、20℃〜60℃の間くらいでなければ十分な性能的を発揮できない。そこのエネルギーマネジメントの技術が求められる。
古川:そうですね。エネルギーマネジメントはハイブリッドでも重要で、このあたりは自動車メーカーが蓄積してきた技術が、EVの領域でも強みになるでしょう。
清水:充電効率も含めたエネルギーマネジメント向上すれば、現状のEVが抱えている問題半分以上解決するんじゃないかと思っています

英・仏・独…欧州各国のEV戦略

──現在、ヨーロッパでも各国がEVへと舵を切っています。
清水:ヨーロッパはディーゼル車が強かったのですが、フォルクスワーゲンの不正問題で、信頼が揺らぎました。そこに、各国の都市部の大気汚染も加わり、EVが見直されるという流れです。その背景には、テスラのEVが成功したという事実もあったと思います。
古川:イギリス、フランス、ドイツが電動化に言及しているのは、自国産業の振興と雇用確保といった観点もあるでしょう。プラグインハイブリッドなどの電動化で地位を確立しようという意図がある気がします。
メルセデス・ベンツは2022年までに10車種以上のEVを投入する計画を発表している。電動化に特化した新ブランド「EQ」の最初の市販車であるSUV『EQ C』には、約1兆円の開発資金が投入された。2019年からドイツ・ブレーメン工場で生産が開始される。
清水:イギリスはすでに自国資本の自動車産業はありません。ある意味、失った自動車産業の復活を、EVという新しいムーブメントにかけている。フランスは原発大国なので、電気エネルギーを使うEVにシフトするのは自然なことでしょう。
──新興国もEVシフトが顕著です。特に中国はEVの普及を強く推し進めています。
清水:中国も自国の自動車産業振興が目的のひとつ。今更、エンジンで勝負しても、日本とドイツにはかないません。
古川:ただ、中国の発電所は7割ぐらいが石炭による火力発電です。EVが普及すれば、かえって空気が汚れるのではないかと、少し心配しています。
清水:最近の報道や論調をみていると、すべてのクルマがEVへとシフトしていく印象を受けますが、それは間違い。古川先生がおっしゃったように、エネルギーを上流から考えると、エンジンのイノベーションも見落としてはいけません。
例えば、ヨーロッパではプラグインハイブリッドが排出するCO2はゼロで計算しています。しかし、それはあり得ない話。ドイツは原発を止めているので、プラグインハイブリッドを充電する電気は、結局のところ石炭で発電している。これでは、かえってCO2を排出してしまいます。
燃料の進化も考慮しなくてはいけません。二酸化炭素と水からつくる合成燃料などを利用すれば、内燃機関を使用しつつ、CO2の削減ができる。本当にEVだけが地球環境にいいのか、冷静な判断が必要です。

日本にEV化の波はいつくるか

──日本では、国を挙げてのEVシフトがまだ起こっていない気がします。
清水:日本でEVが盛りあがらない理由は明確。大気が汚染されていないからです。53年規制(自動車排出ガス規制)で、いち早くエミッション(自動車からの排ガスなど大気中に排出される大気汚染物質)対策に着手しました。
さらに、オイルショックを機に燃費の向上が図られ、結果的にCO2の排出量も削減されました。
つまり、アメリカのNOx規制とヨーロッパのCO2規制を両方受け入れていた唯一の国なのです。結果として、東京の空は世界で一番きれいになった。これがもしよどんでいたら、もっとEVに舵を切っているでしょうね。
古川:消費者にとってハードルになっているのは、走行距離の短さと充電時間の長さです。ただ、短い距離ならば非常に便利な乗り物ともいえます。低速でのトルクもあるし、都市部では重宝するはず。
大都市間を電車移動し、都市内をシェアリングEVで移動する「レール&レンタ」などは、十分にビジネスとして成り立つでしょう。
清水:ガソリン車と同じ航続距離をEVに求めるのは難しい。ガソリン車にできないことをEVがやる、という発想が必要です。
我が家ではセカンドカーとして「smart」を所有していたのですが、今はsmartのEV(フォーツー カブリオ・エレクトリックドライブ)に乗り替えようと思っています。
smart「フォーツー カブリオ・エレクトリックドライブ」は、蓄電容量17.6kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載、1回の充電での最大航続可能距離はおよそ155km。
これからEVが本格的に普及するには、EVが持つ魅力そのものが変わる必要があるでしょう。環境だけをお題目にしてガソリン車と戦ってはダメです。

EVだけが持つ“価値”の広がり

──では、これから求められるEVの価値とはなんなのでしょうか。
清水:環境問題とエネルギーの問題の大義はあります。でも、大義だけではユーザーはお金を払うことはできないわけですよ。
テスラが富裕層に売れた理由は、既存のエンジン車にはない斬新性、平たく言えばセクシーさとファンキーさがあるから。静かなのにトルキーで、スーパースポーツにも負けない加速感が味わえるからです。
このような、既存のクルマとは異なる新しい価値を作ることが、EVには必要になってくると思います。
──個人的には、テスラ=自動車業界への挑戦者、メルセデス・ベンツ=王者という印象ですが、ことEVに関しては様相が異なりますか。
清水:メルセデス・ベンツはガソリン自動車の発明者。いつの時代も、テクノロジーの最初の扉を開けてきたイノベーターだという自負があります。もちろん、21世紀の新しい自動車ビジネスでも、自ら扉を開くといった気概を持っている。
メルセデスを擁するダイムラーのチェッツェ会長は、「130年の歴史のなかで、これほど異業種からの脅威を感じたことはない。私たちはチャレンジャーになるべきだ」と語っています。
だからこそ、テクノロジーやイノベーションをCASEという言葉でコンセプトにして、21世紀の新しい自動車産業の在り方に挑戦したわけです。CASEという言葉は、世界を動かしました。今はどの自動車メーカーも同じ方向を向いています。
古川:メルセデス・ベンツには、130年間の歴史で培われたノウハウや技術が蓄積されています。それがEVでも大きなアドバンテージであることは間違いない。
それに加えて、技術だけに固執するのではなく、新しい視点も踏まえてチャレンジするという姿勢もあります。新しいものを取り入れようという意欲を感じますね。
清水:メルセデス・ベンツには、強いブランド力もあります。EVが普及すると、ガソリンと同じようになにかしらの税金がかけられる可能性がある。当然、今ある購入補助金も打ち切られるでしょう。ブランディングは、それでも欲しいと思わせる強い動機になる。
そういった意味では、メルセデス・ベンツの「EQ」シリーズには注目しています。

メルセデス「EQ」シリーズが示す未来

──フランクフルト・モーターショー2017では、小型3ドアハッチバックの「Concept EQA」も公開されました。実際に見た感想はどうでしたか。
清水:既存のエンジン車にバッテリーとモーターを載せても、重量的にはアンバランスだし、デザイン的にも制限がでる。その点、EQはEVに特化した新しいプラットフォームから作るので、エンジニアは「非常に面白いことができそうだ」といっています。
驚いたことにマーケティング・コミュニケーションでは「ハイブリッド」という言葉を封印しました。バッテリーEVを「EQ」、プラグインを「EQPower」、AMGなどのスポーツモデルは「EQPower+」と呼ぶそうです
従来のクルマの延長線上に電動化技術を実用化するのではなく、自動運転やコネクトとセットで新しいモビリティを創造するのが、EQに込められたメッセージではないでしょうか。
EQブランドの第2弾モデル「Concept EQA」は、2個のモーターによる最大出力272hp、最大トルク51kgmを発生。4輪駆動となり、0~100km/h加速およそ5秒の性能を発揮する。
──最後に、EVの持つ可能性についてお聞かせ下さい。
古川:メーカーで開発していた立場からいえば、走り味を自分なりに調整できるようになれば面白くなると思っています。EVとAIを組み合わせれば、運転に合わせた走り味に自然と進化していくようなことができるかもしれない。
あくまで仮想の話ですが、ドライバーの運転モデルをオンボード(車載コンピューター)に持っていて、AIの判断でドライバーが望む理想の走りを手助けしたり、運転ミスを修正して危険を回避したりすることも考えられます。
清水:いま興味があるのはダイソン。2020年までに固体電池を採用したEVの開発を目指すと発表しました。実際、個体電池のベンチャー企業をいくつか買収しています。
掃除機メーカーなので、ダイソンがEVを作ったら、道路のホコリや空気の汚れを吸ってキレイにするかもしれない。そうすると、みんな買うんじゃないかな。
古川:サステイナビリティですね。
清水:これはあくまで一例。これからの自動車産業には、一つの方向性にとらわれず、技術の可能性を高めることが必要です。また、さまざまな異業種が参入し、新しいサービスも数多く出ててくるでしょう。
もちろん、必要なモビリティは、国によって、都市によって異なります。そのような状況で、サプライヤーたる自動車メーカー、あるいはEVメーカーが、どういう技術やサービスを打ち出すのかが問われると思います。
(取材・文:笹林司、撮影:Atsuko Tanaka、デザイン:九喜洋介、イラスト:千野エー、編集:呉琢磨)