ビジネスパースンが知るべき、「マイクロソフト復活」の真相

2017/12/11
「歴史の宿命」を乗り越えた
ある企業の栄光は、別の多くの企業たちの衰退と合わせ鏡だ。
かつて産業の「覇権」を握った企業が、次の時代を彩る企業の登場とともに、存在感を失い、主役の座を降りていった事例は、数えあげればきりはない。
特に日進月歩で進化が進む、テクノロジー業界では、なおさらのことだ。コンピューターの黎明期を作り上げたIBM、半導体でパソコン時代を築いたインテルなど、テクノロジーの歴史に燦然と輝く企業たちも、今は「覇者」の座にはない。
マイクロソフトも、そうした企業の一つになってしまうのだろう──。多くの人はそう確信していた。
モバイルでの出遅れが、マイクロソフトに致命傷を与えていた(写真:Photo by Jeff Christensen/WireImage)
この会社が、ビル・ゲイツという類まれなるカリスマの下、世界中の人々がパソコンを持つ時代を生み出し、OSのウィンドウズのシェアは95%を超え、まさに「帝国」を作り上げてきたのは、誰もが知るところだろう。
だが、パソコンの時代が終わり、スマホへとシフトする中で、マイクロソフトは、その役割を終えたかのように見えた。
「失われた10年」。
米バニティ・フェアは2012年、2000年代以降のマイクロソフトをこう表現した。アップルの復活、グーグルやアマゾン、さらにはフェイスブックの台頭によって、マイクロソフトは、もはや「クール」なテクノロジーを生み出す企業ではなくなっていた。
主役の交代。それは歴史の必然だろう、と多くの関係者が思っていた。
「あのMSが帰ってきた」
だが、帝国の物語は終わらなかった。むしろ、マイクロソフトは、新たな章へと歴史を刻んだだけだったのかもしれない。
2014年、スティーブ・バルマーの後を継いで、CEOに就任したサティア・ナデラは「文化」の改革を掲げ、マイクロソフトをすぐさま成長軌道へと乗せた。その結果は、目覚ましい、としかいいようがない。
2000年のピークから、足踏みを続けていた株価は今年、17年ぶりの最高値を更新し、今も上昇の歩みは止まる気配がない。時価総額では、アップル、グーグルに次ぐ世界3位、フェイスブック、アマゾンを含め、今や各国政府以上に我々の生活にも影響を及ぼす「ビッグ5」の一角として、主役の座へと舞い戻った。
その「復活」は株価だけでなく、現場での体感にも表れている。
「90年代後半から2000年代前半の、圧倒的な技術力を憎たらしいまでに打ち出してくる『あのマイクロソフト』が帰ってきたんだと、震えました」
マイクロソフトやグーグルで、トップエンジニアを歴任した及川卓也氏は今年、マイクロソフト本社のイベントに参加し、こう感じたという。それは、かつて「強権的」だったマイクロソフトが、よりオープンな会社へと舵を切ったことが何よりも大きい。
非カリスマの経営術
では、ナデラは、いかなる「改革」を主導しているのか。
特集「マイクロソフト復活」では、CEOのナデラが行った改革の最前線を本社幹部のインタビューや、現場レポート、専門家の論考、日本での新たな取り組みを通じて、レポートしていく。
一つ興味深いのは、強烈なリーダーシップで企業を牽引する「カリスマ」タイプではないことだ。
これまでのテクノロジー業界は、ゲイツやスティーブ・ジョブズ、イーロン・マスクに代表されるように、激烈な個性を持ったリーダーが、新たなビジネスの地平線を開拓してきた。
だが、ナデラの経営スタイルは、これとは異なる。
【完全解説】マイクロソフト、復活を導いた「非カリスマ的経営」の全貌
まず、マイクロソフトの復活劇は、例えばアップルのiPhoneのような、斬新な新製品が彩っているわけではない。
もちろんウィンドウズ中心主義からの脱却、クラウド、AIへの注力など、ビジネス面でも大きな決断を下してきているのだが、ナデラが繰り返し説いているのは、その決断の根幹にある「文化」における大改革だ。
共感、無常、東洋思想、カルマ、成長マインドセット……。
CEOのCは「Culture」だとまで強調するナデラは、2017年秋に発売した書籍『Hit Refresh』の中でも、ビジネスリーダーとは思えないほどに、哲学的だったり、情緒に関する言葉を並べ立てている。
「私の理想は、発売する製品、参入する市場、社員や顧客やパートナー企業など、自分が追求するあらゆるものの中心に、共感を据えることにある」(サティア・ナデラ『Hit Refresh』)
もちろん、そうした「文化」の改革だけで、企業が復活できると考えるのは、綺麗事に過ぎるだろう。マイクロソフトも、そもそもが強固なテクノロジーの基盤があり、リスクを伴うビジネスの判断を下したからこそ、今の復活があるのは、間違いない。
だが、強烈な「カリスマ」に頼らない経営術は、特に、強烈な個性が生まれにくいとも指摘される日本企業にとっても、大きな学びになるのではないか。サン・マイクロシステムズから転職後、22年後にCEOに昇格した「サラリーマン社長」でもあるナデラの成功は、新たな時代のモデルになる可能性もある。
復活の真相をレポート
特集では、まずビル・ゲイツからナデラにいたるまでの功績を振り返った後、ナデラの側近として活躍する幹部のインタビューをお届けする。側近だからこそ感じ取った、ナデラの「文化大革命」の現場を語ってもらった。
【直撃】ナデラ側近が語る「マイクロソフト復活」の実像
このほか、かつてマイクロソフト・リサーチに所属していたこともある落合陽一氏へのインタビューをお届けする。「スマホの次」を見据える中で、マイクロソフトがカギを握っていると話す落合氏の真意とは。
【落合陽一】マイクロソフトは「スマホの次」を制覇する
さらには、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツと、現社長のサティア・ナデラ氏が、マイクロソフトの復活について語り合った貴重な対談(米ウォール・ストリート・ジャーナルマガジンに掲載)も本邦初公開する。
【初公開】ビル・ゲイツが、後継者と語る「復活」への本音
また、マイクロソフトがPC市場で一気に覇権を握った裏側を描いた『マイクロソフト・シークレット』などの著書で有名なMIT(マサチューセッツ工科大学)教授のマイケル・クスマノ氏による論考も、お読みいただければ幸いだ。
【解説1万字】MIT教授が語る、日本は「知識を持つ者」に力を与えよ
このほか、AIやホロレンズなど、新たなテクノロジーへと投資を強めるマイクロソフトのテクノロジー戦略について、関係者への取材を通じたレポートも続々掲載する。
テクノロジー企業がかつてない権勢を発揮し、各国政府と並ぶレベルで世界の趨勢を握っている今、その主役の一人であるマイクロソフトのビジネスを深く知ることはあらゆるビジネスパーソンにとって、重要だろう。
しかも、それが過去の歴史を更新(リフレッシュ)した企業の物語なら、なおさら学べることは多いかもしれない。
(構成:森川潤、デザイン:砂田優花)