【日本】難民問題がもはや他人事ではない理由

2017/11/28

「北朝鮮難民」シミュレーション

近年、国際社会を最も悩ませている課題の一つが難民問題だ。
内戦が続くシリアから実に500万人もの難民が発生。シリアに限らず、アフガニスタンやイラクなどを逃れた難民の主な避難先となったヨーロッパ大陸は一昨年、大混乱に陥った。
命からがら逃れてきた難民に対して同情的な視線が注がれた一方で、多くの難民や不法移民を受け入れてきた欧米諸国は自国社会の不安定化を恐れ、反発が巻き起こっている。
国連によると、2016年末時点で世界の難民数は6560万人にのぼり、過去最大規模に達している。実に日本の総人口の約半数に相当する人々が難民となっているのだ。
一方、日本にとって難民は縁遠い問題と認識されがちだ。昨年、日本の法務省が認定した難民はわずか28人だった。ドイツは26万人、フランスは2万4000人、アメリカは2万人を受け入れ、隣国の韓国は57人だった。日本は「難民を受け入れない国」とのイメージが国際的に定着しつつある。
加えて、世界の難民問題に対して関心が高い、とは言い難い状況が続いている。
だが、現在の国際情勢の潮流からして、日本が難民問題の当事者国になる可能性は静かに高まっている。筆頭に挙げられるのが、予断を許さない北朝鮮情勢や、ミャンマーで発生しているロヒンギャの難民だ。
仮に北朝鮮の金正恩体制が崩壊、あるいは軍事衝突が起きた場合、同国から大量の難民が発生する可能性はかねてから指摘されている。
実際今年4月、安倍晋三首相は、政府として既に北朝鮮難民発生のシミュレーションを行っていることを国会で示唆した。
「避難民の保護に続いて、上陸手続き、収容施設の設置および運営、(日本政府が)庇護(ひご)すべき者にあたるかのスクリーニング(ふるい分け)といった一連の対応を想定している」
北朝鮮発の難民危機が発生すれば、韓国、中国、欧米諸国は一定の受け入れを行うことが想像できる。一方、北朝鮮問題を重要外交課題と位置付ける日本がこうした難民を受け入れない姿勢を取ることは、道義的にも国際社会における信頼性の意味でも難しい。
北朝鮮情勢はこれまでにない緊張の高まりを見せている(写真:Tomohiro Ohsumi/Getty Images)
また、最近、国際的に広く知られるようになったロヒンギャ難民。
ミャンマーの西部ラカイン州を中心に居住しているイスラム教徒であるロヒンギャは民族浄化とまで評される迫害を逃れるため、隣国バングラデシュに押し寄せている。その人数は60万を超えており、今世紀最大の人道危機とも呼ばれている。
多くの日本人にとって「対岸の火事」に見える問題かもしれないが、実はロヒンギャ問題はすでに日本の問題になっている。少数ではあるが、ロヒンギャは日本に居住しているからだ。
例えば、群馬県館林市には200人ほどのロヒンギャが難民とは認定されていないものの、人道的な見地から仮滞在の状態にあり、その子どもたちは無国籍者であることが報じられている。

日本の難民認定、理想と現実のジレンマ

日本では、難民認定の基準を「難民条約に基づき、人種や宗教、政治的な理由などで迫害される恐れがあると判断した場合」と定めている。
この基準自体が諸外国と比べて厳しいとの批判が国内外からあるが、難民審査の現場からは一筋縄では行かないとの声も聞こえてくる。
難民審査を担当するある参与員は、こう語る。「あまりに難民認定数が少ない日本の現状にメスを入れたく参与員となったが、現実を見て愕然とした。稼ぐことを目的に来日している申請者がほとんどで、いわゆる“本物の難民”に出会ったことがない」
政治的・宗教的な理由による迫害など難民として認められる条件が一切ない一方で、就労目的の申請者があまりに多いため、本来難民認定を受けるべき人たちへの対処が遅れていると、この参与員は指摘する。

統計から読み解く難民申請の実態

こうした現場のジレンマは、統計からも読み取れる。
日本で難民申請をする人々は、毎年、およそ8〜9割が正規資格で滞在している。正規の在留資格を持つ申請者のビザの内訳をみると、半数以上が短期滞在、次いで留学、技術実習と続く。
つまり、難民申請者の約8割は観光や親族訪問等を目的とした短期滞在ビザや、留学や技能実習といった資格で入国した状態で、難民申請をしているのだ。
難民というと、迫害を逃れるため命がけで祖国を離れ、難民キャンプで一時的な保護を与えられる──そんなイメージがあるが、日本での申請者の大多数はそうではない。
さらに近年、日本における難民申請が急増していることも重要なポイントだ。
世界的に難民が増加していることもあるが、日本の場合は2010年以降、当時の民主党政権が難民認定申請の基準を緩和したことも背景にある。いまは申請6カ月後から認定手続きが完了するまでの間、日本国内での就労を一律で許可するようになったため、申請者が急増しているのだ。
この制度を利用して就労などを主目的とする人々もおり、「偽装難民」と呼ぶケースだ。
たとえば、東京・高田馬場在住の20代のあるミャンマー人女性は、難民申請中で、都内のショッピングモールに併設されているチェーンの飲食店で週6日間、アルバイトをして生計を立てている。スーパーでは1本50円の少し形の悪い大根などセール品になっている安い食材しか買わず、お金を貯めるため切り詰めて生活をしているのだという。
難民認定申請をしている理由については、こう語る。「母親が病気がちなので。だから私が“稼がなくては”ならないんです。ミャンマーはいい仕事がないですから」
この女性は当初就学ビザで在留していたが、期限が切れたため難民申請期間中を利用して日本に残り、働いている。本来の難民ではないことは明白だ。
もちろん、緊急性の高い「本物の難民」がおり、日本の厳しい基準で難民と認定されなかった人々が存在することも事実ではあるが、難民受け入れの現場が処理しきれていないという問題があることも見逃せない。

苦悩する豪州、多文化主義の転換点

これらのことだけでも、日本にすでに「難民問題」が起きており、今後、さらに大きな難民危機が発生するリスクにさらされているのは明白だ。
日本が将来、対峙(たいじ)しうる難民問題への備えを考える上で、オーストラリアとマレーシアに住むロヒンギャという、海外の事例をケーススタディとして取り上げる。そこから得られる教訓を考えたい。
オーストラリアは、これまで移民や難民に対して広く門戸を開いてきたことで知られる。
しかし、キャパシティが限界を迎えつつあり、国内右派からの反発も強まっている。その結果、パプアニューギニアやナウルといった周辺国を「難民収容所」として利用し、維持費を支払う形で事実上の経済支援を行うという、「アウトソース化」を図ってきた。
だが今、その収容施設内で深刻な人権侵害が起きていることが国際社会から批判されている。
この実態を第2回(明日公開)で、フリージャーナリストの海野麻実氏が描き出す。

ロヒンギャの「安息の地」マレーシア

第3回では、日本でも広く知られるようになったロヒンギャに焦点を当てる。
ロヒンギャが最も多く住むミャンマーは、経済成長の潜在力から近年、メディアや経済リポートなどで「ラストフロンティア」や「親日国」と語られがちだが、ロヒンギャに対して行われている深刻な人権侵害に対しては関心が薄い。
そうしたなか、ロヒンギャが逃げ込む「安息の地」としてマレーシアの役割が注目される。
マレーシアには、不法滞在の身でありながら活動家として知られているロヒンギャのジアウル・ラフマーンという人物がいる。2017年、ジアウルを取りあげた「首相とセルフィーを撮ろう(Selfie with the Prime Minister)」という25分間のショートムービーが公開され、世界各地の映画祭で話題となりつつある。
本連載では、この映画の内容を通じて、ロヒンギャ問題を考えたい。

問われる日本の対応

最後の第4回には、総括としてオピニオン記事を掲載する。
河野太郎外相がさる11月19日に、3カ月で60万人以上と言われるロヒンギャ難民が逃げ込んだバングラデシュのキャンプを視察した。
同外相は「アジアの中での出来事であり、日本がさまざまなリーダーシップをとっていく必要がある」と語り、これまでの日本政府の立場から一歩踏み込んだ発言をした。今後、日本による難民問題への取り組みが一層注目されるであろうし、「肩すかし」であってはならないだろう。
本特集で取り上げるケーススタディから、日本の課題になりうる難民問題を考えるためのヒントを感じ取ってほしい。
(バナーデザイン:星野美緒、バナー写真:K M Asad/LightRocket/Getty Images、ミャンマーからバングラデシュに逃れてきたロヒンギャ難民)