【三村明夫】年々深刻化する人手不足。移民は解決策になるのか

2017/11/23

「日本経済は石垣の強さである」

──2013年には、日本商工会議所の会頭に就任されました。1社ではなく、日本全体を考える立場となり、これまでの知見をどう活用していますか。
三村 日本商工会議所(日商)は、全国にある500以上の商工会議所を調整・統括し、必要なときに国に要望や提言を行う地域総合経済団体です。
会員企業は全国で125万ですが、そのほとんどが中小企業です。会頭就任の記者会見では「大企業経営者が中小企業からなる商工会議所のトップになって、役割が果たせるか」と質問されました。自分でも「それもそうだよなあ」と思いました(笑)。
私が肝に銘じたのは、会員が中小企業だからといって、中小企業のエゴを出すのはやめようということです。
中小企業だけのためになって、日本経済全体のためにならないことは主張しない。地域のためになり、中小企業のためにもなり、それが国のためにもなるようなことを追求したいと考えました。
そうは言っても、私は大企業の経営しか経験していないので、新日鐵の社長時代の3原則「1.現場を大切にする会社にしたい」「2.従業員が会社に誇りを持てるようにしたい」「3.自分の言葉でわかりやすく話す社長になりたい」の方針を活用することにしました。
1つ目は現場の意見をいろいろ聞くことですが、ただ聞くだけではいけません。吸い上げた意見を政策提言にするなど、形にして返すことを心がけています。「現場主義」から一歩進んで「双方向主義」と名付けました。
2つ目の「従業員が誇りを持てる会社」は商工会議所向けに読み替えが必要ですが、渋沢栄一の著書『論語と算盤』の思想に通じるものです。「論語」とは倫理や道徳のことで、「算盤」は商売の利益を追求すること。この2つを両立して経済を発展させることが大切という考え方です。
つまり、利益を追求するのは当然だが、それが社会のためにならなくてはいけない。渋沢栄一は商工会議所にとって精神的支柱でもあるので、「公益と私益の両立」を一つの理想に据えました。
3つ目の「自分の言葉でわかりやすく」ですが、日商の仕事は新日鐵時代と違って、知らない分野に出合うことが多々あります。だから講演など大勢の前で話すときは、一生懸命情報収集をして文章にし、何度も書き直しながらスピーチを作ります。大変ですが、自分が理解して初めて「自分の言葉」になりますから。
こうしていろいろ勉強しているうちに、日本には100年以上続く老舗企業が3万社以上もあることを知りました。200年を超える会社も数千社あります。200年企業は全世界で5600社ほどあり、そのうち半分以上が日本企業という調査結果もあります。その中には商工会議所の会員がたくさんいます。
新日鐵と日商の大先輩である永野重雄氏は「日本経済は石垣の強さである」と提唱しています。大中小さまざまな規模の企業が支え合う日本経済を、大中小さまざまな大きさの石が巧みに絡み合って、何百年も崩れない強さを保つ石垣になぞらえています。
この考えを反映して、『石垣』は日商の機関誌のタイトルになっています。題字は会頭が毛筆で書いたものが印刷される慣習なので、少し恥ずかしさはありますが(笑)。

中小企業の立場でものを言う

会頭就任から、早いもので4年が経ちました。この4年間、サプライチェーンとして中小企業の重要性を認識し、大企業だけでは日本経済が成り立たないことをひしひしと感じる日々です。
就任当初は、日商と新日鐵の風土の違いに戸惑いもありましたが、最近は新年のあいさつの際に「われわれ中小企業は」と思わず言ってしまったりして、私自身のマインドセットが商工会議所寄りになっています。
そう言うと周りは喜んでくれるし、自分でも「なんかいいなあ」と感じています。
経団連は大企業の立場でものを言いますから、こちらは中小企業の立場として情報や提言を発信していきたいです。
──現在の中小企業が抱える課題は、どのようなものだと感じていますか。
やはり一番は、人手不足です。中小企業だけでなく日本全体の問題ではありますが、生産年齢人口は今後10年間で560万人(年平均56万人)程度減るといわれています。
こうしたことも含め、2016年10-12月期以降、日本経済の需給ギャップがプラスに転じ、供給能力が需要を下回る状態になっていますから、もはや供給力の制約が経済成長のボトルネックになっているということであり、人手不足は大変な問題です。
ですが、人口減少はポジティブな面もあると考えています。若者が職に就きやすくなり、生産性を上げるためのIT技術の進歩も期待できます。人手が十分な国では省力化は進めづらいでしょうが、日本はどうしてもやらなくてはいけませんからね。
また、女性の活躍もさらに進むでしょう。ここ10年で、働く女性は急速に増えたと感じます。子どもを預ける保育園や学童保育施設が見つからない「待機児童問題」は、絶対に継続的な対策が必要ですが、裏を返せば女性の活躍が進んでいる証拠ともいえるのです。
もう一つの課題は、事業承継です。前述の人手不足にも深い関わりがありますが、過去5年間で約40万の企業が減少しています。廃業の理由はいろいろありますが、多くを占めているのは後継者がいないことと、事業承継税制が十分でないことだと思います。
ただし、それを乗り切ってうまく事業承継したところは、会社を継いだ若手経営者が前向きにITを取り入れて新しいチャレンジをし、親の代よりはるかに高い利益率を上げるところも少なくありません。
企業の大部分は地方にあるので、地方創生にもつながり、ひいては日本経済のためになることですから、これら根幹の部分を支えられるような政策提言をしていきたいと考えています。

有能な外国人は世界で取り合い

──人手不足への対策として、移民を入れるという議論もありますが、それについてはどう思われますか。
労働力を確保する政策パッケージの一つとして、生産性の向上、後継者の育成、女性や高齢者の活躍などと同列で「外国人材」というキーワードはあります。
現在、日本で就労している外国人は108万人、居住者は238万人といわれます。これからも毎年のように増えることが見込まれますから、もっと外国人を労働力として活用しなければなりません。
ただしこれは「移民を入れよう」ということではありません。「移民の受け入れ」と「外国人材の活用」は分けて考えています。
商工会議所としては、日本に必要な技能をもった外国人材を積極的に取り入れたい。現在の入管法(出入国管理及び難民認定法)は、1952年の出入国管理制度に基づいたものです。
何度も改正され良くなってはいますが、そもそも人手が不足していない時に作られた制度なので要件は厳格です。そこでわれわれは、今の時代に合った制度に改めるよう要望しています。
「制限を緩めれば外国人が際限なく入ってくるのでは」とよく言われますが、その懸念は必要ないでしょう。すでに他国でも少子高齢化は始まっていて、有能な外国人は世界で取り合いになっています。
それどころか、日本が魅力的な国でなければそもそも来てもらえませんから、先ほど述べた地方創生も含め、日本全体の活力をアップさせるほうが大切なのではないでしょうか。
(構成:合楽仁美、撮影:竹井俊晴、デザイン:今村徹)
*続きは明日掲載します。