28歳になった「World Wide Web」

World Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ:WWW)も28歳になった。
だがここのところ、WWWは10代の若者がわずらう成長痛に悩まされているように見受けられる。フェイクニュースの蔓延、世界各地に広がりつつあるネット検閲、ネットワーク中立性をめぐる激しい議論……。
子どもがトラブルに巻き込まれているときには、親に話を聞くのが通例というものだ。筆者は先日、偶然にもティム・バーナーズ=リーにインタビューする機会を得た。
同氏は1989年、欧州原子核研究機構(CERN)で働いていたとき、WWWという概念を考案した。それぞれが独自のドメイン名を持ち、ハイパーリンクのネットワークを介してつながるインターネット上のページをウェブブラウザーというツールを使って訪問するという仕組みだ。
それから数年後、バーナーズ=リーは「WWWコンソーシアム」(W3C)を創設した。企業や開発者を集めて諸問題を解決し、新たな技術規格をつくるためだ。
同氏と筆者は11月8日、W3Cの定期総会の最後に壇上でトークライブを行った。その内容は俄然、興味深いものになった。
筆者はまず、バーナーズ=リーにこんな質問をぶつけてみた。
ウェブ上で蔓延する一連のフェイクニュースとそれが民主主義にもたらす影響を見るとき、ある種、自分がフランケンシュタインを生み出した人物になったような気分に襲われ、「わたしはなんてものをつくってしまったんだ」と思うことはないか、と。
同氏は「ある」と答えた。

分野を超えたアプローチの必要性

ウェブが誕生してから最初の25年間、バーナーズ=リーの関心事はもっぱら、より多くの人々にアクセスを拡大することだった。しかし、いまの同氏は、ウェブは人間の脳のように複雑で入り組んだものになってしまったと考えている。
したがってテック業界は「意図せぬ結果が生じていないかを注意」し、世界に導入されたサービスの影響を研究するための分野を超えたアプローチが必要だと同氏は述べる。
巨大テック企業は「こうしたシステムが稼働したらどうなるのかを推測し、シミュレートするうえで力になってくれるエンジニアなどさまざまな分野の人材を見つけるべきだ」という。
だが、ウェブ企業がその結果を理解しないまま前進するというケースがあまりにも多すぎる。
バーナーズ=リーは、たとえば、マケドニア共和国のヴェレスに住む「フェイクニュース職人」を奨励するような広告システムを作り上げたとして、グーグルやフェイスブック、ツイッターなどの企業を批判した。
「彼らは、事実に反することをツイートし、嘘の見出しを掲げる記事をサイトに掲載すれば、クリック回数が増え、広告収入も増えることを学んだ」
「彼らは悪意があったわけではない」とバーナーズ=リーは語る。
「彼らにとってはまったくのビジネスだった。誰が大統領選に勝つのかなど、彼らにとってはどうでもいいことだった。(中略)しかしグーグルが彼らに(フェイクニュースをつくるための)カネを与えた。そして、『本心ではトランプに勝ってほしいヒラリー』といった見出しを考え出すよう、彼らを訓練したのだ」

巨大テック企業が持つ、強大な力

筆者は、巨大テック企業があまりにも強大な力を持っている現状は心配ではないかという質問も、バーナーズ=リーにぶつけてみた。
同氏は、AT&TやAOL、マイクロソフトといった過去の巨大企業もかつては難攻不落と思われていたが、思いも寄らないライバルに形勢を逆転される結果に終わったと指摘した。
「ネットユーザーが何かに飛びつくスピードには驚かされる。そして、それを捨てるスピードにも驚かされる」と同氏は述べた。とは言うものの、「こうした市場に対する強大な支配力を持つには、イノベーションの面で損なわれるものがあるとしか思えない」と懸念も表明した。
われわれは、ネットコンテンツを検閲しようとする海外における取り組みについても話し合った。ウェブの黎明期には「情報は自由になりたがっている」と信じられていた。検閲の試みがあっても、ネットユーザーはそれを迂回するための方法を見つけるはずだ、と。
バーナーズ=リーは、こうした考え方は「少し単純」だったと認めた。「インターネットが検閲問題を解決できるようになる、という魔法のレシピなど存在しない。検閲とは、われわれがそれに対して抗議の声をあげるべきものなのだ」
ネットコンテンツを制限している国々についても遠回しに触れたバーナーズ=リーは(聴衆のなかには中国からの出席者もいた)、「開放性は、強い政府を示唆するものだ」と述べた。
「強くなるには、さまざまな方法がある。反対派によるオルタナティブな意見を国民が知ることを許せるだけの強さを持てるというのは、特別な強みだ。わたしはさまざまな国がこうした強みを見つけてほしいと思う」

「データは核燃料のようなものだ」

バーナーズ=リーの心に重くのしかかるさらなる懸念は、ネットワーク中立性だ。
アジット・パイが委員長を務めるトランプ政権下の連邦通信委員会(FCC)は、すべてのネットコンテンツは通信事業者によって平等に扱われなければならないと命じるオバマ時代の規制を撤廃すると約束している。
バーナーズ=リーは近くワシントンに足を運んでロビー活動を行い、この変更に抗議するつもりだ。コンテンツ制作者と通信事業者の分離が維持されないなら、テクノロジー部門におけるアメリカのリーダーシップは危機に瀕すると同氏は述べた。
トークライブの終盤でバーナーズ=リーは、ユーザーが自身のデータを所有・管理できることは重要であり、各社はユーザーデータをビジネス資産と決めてかかるべきではないと述べた。
「かつて、データは新たな石油だと言われていた」と同氏は語った。
「しかし個人的には、データは核燃料のようなものだと思っている。いまや、それは毒性を帯びつつある。2年前なら、役員会からの質問は『われわれはデータをどのようにしてマネタイズしているのか』だった。それがいまは『データ漏洩というこの損害から、われわれはどうやって我が身を守るのか』という質問が飛ぶ」
筆者はバーナーズ=リーに、アマゾンエコー(Amazon Echo)やグーグルホーム(Google Home)などのコネクテッドアシスタントを持っているか聞いてみた。
同氏の答えは「ノー」だった。自宅における会話や質問が記録されてクラウドに転送されるのなら、そうしたデータは侵入者に対して脆弱になり、詮索好きな政府がアクセスできるものになることは必然であるというのが同氏の考えだ。
約30年前にウェブを生み出した先駆者らしからぬ発言に聞こえるが、「われわれはこうしたテクノロジーには抵抗しなければならない」と同氏は断言した。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Brad Stone記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:bluebay2014/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.