イスラエルのスタートアップと日本のクルマを結ぶ縁

2017/10/28

モービルアイの生まれ故郷

中東のシリコンバレー。
そう称されるイスラエルでは、年間1000社ほどのスタートアップが誕生し、100社ほどがイグジットされているという。
中でも、“熱い”のが自動車分野だ。
イスラエル発スタートアップの存在感を示した例と言えば「モービルアイ」だ。先進運転支援システムに欠かせない車載画像認識チップを手掛ける会社で、そのチップは、約30の自動車メーカー、1000万台以上に採用されている。
今年初めに、インテルが約153億ドルで買収したことも大きな話題になった。
「世界の自動車メーカーは、イスラエルに注目しています。特に欧米メーカーは圧倒的に動きが強い。
最も動きが速かったのはGMで、2000年代前半から拠点を構えています。もともとは数人でしたが、この数年で100人程度に増員。今年は300人まで増やす予定だそうです。ヨーロッパのメーカーも同じように動いています」
こう話すのは、デロイトトーマツベンチャーサポートでイスラエル地域とヨーロッパを担当している森主門氏だ。
森 主門  デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社 海外事業部
日本大企業とイスラエルベンチャーの事業提携支援に従事、ベンチャーの発掘、技術評価、契約交渉に至る事業提携プロセスを一貫して支援する。日本企業と画像処理系、半導体系、デバイス・センサ系、ナノテク系ベンチャーとの事業提携を創出。イスラエル工科大学物理学科卒、7年のイスラエル留学経験があり、現地のエコシステムにも精通。イスラエルに加え、世界各地のイノベーションエコシステムに精通、グローバルスコープでのオープンイノベーションのアドバイザリーに多数従事。
森氏によると、遅ればせながら、日本の自動車メーカーも進出し始め、特に、トッププレーヤーの動きは顕著だという。
ホンダは、スタートアップ支援を行う「DRIVE」と提携し、イスラエルに、イノベーションセンターを開設した。
すでに、スタートアップ「Vocal Zoom社」と連携。レーザードップラー効果を用いて顔やのどの変化を光学的に読み取ることで、音声認識精度を向上させる技術を共同で開発しているという。
また、トヨタはコネクティッドカーや自動運転を見据えて、車車間・路車間通信の通信チップ開発を行う「Autotalks社」に出資している。

大企業からの相談急増の背景

今、森氏の元には、イスラエルに進出したい大企業からの相談が急増している。大きなパターンは2つだ。
「ひとつは、具体的に欲しい技術を提示され、イスラエルのスタートアップから探してほしいという依頼。もうひとつは、現地に拠点を設置してR&Dを行うにあたり、どういった戦略をとればいいのか助言を求められるケースです」
日本企業のなかには、グローバル化を加速させ、その売り上げの多くを海外で上げているケースも多い。しかし、森氏は「グローバル化はこれから」と考える。
「どの会社も製造拠点はたくさん持っていますが、イノベーション拠点は少ない。これからは、現地のスタートアップを取り込むための拠点が重要になるでしょう」
日本企業の動きが加速しているのは、自動車における破壊的イノベーションが起こりうるという危機感だ。2009年にUberが設立されたとき、多くの人はライドシェアがここまで急速に普及するとは考えていなかっただろう。
もし、これまでの自動車の概念が覆されるような、更なるイノベーションが生まれたら……。
「日本企業は意思決定に時間がかかります。破壊的イノベーションに関しては早めに察知して、時間をかけて意思決定ができる余裕を持てる体制を敷いておきたい。
そのためにも、イスラエルに進出して、最新のモビリティトレンドを把握し、有望なスタートアップとの連携を考えているのでしょう」と森氏は語る。

なぜイスラエルに集まるのか

イスラエルは建国から69年の若い国だ。人口は約868万人で、面積も2.2万㎢で日本の四国と同じくらいと、決して大きな国ではない。
そんなイスラエルに、なぜオートモーティブのスタートアップが多いのだろうか。
森氏によると、「地域性と軍が大きく関係しているから」という。これは、森氏自身が高校卒業から7年間にわたって、イスラエルに留学したときの実体験に基づく言葉だ。
実は、森氏は100年以上の歴史を持つイスラエル最古の国立大学イスラエル工科大学の数少ない日本人卒業生だ。
イスラエル工科大学時代の森氏(右)
イスラエル工科大学は技術大学としては世界最高峰のレベルを誇り、その実力はマサチューセッツ工科大学と肩を並べるとも言われている。
イスラエルは、建国の経緯からもアラブ諸国と良好な関係を築いているとは言い難い。森氏がイスラエルを留学先に選んだのは、新エネルギー分野での研究が進んでいたからという。これも、周辺諸国から石油が輸入できず、結果として新エネルギーの研究が進んだという理由がある。同じ理由で、農業などのテクノロジーもかなり先進的だ。
言葉を選ばずに言えば、イスラエルは周辺を敵国に囲まれている。徴兵制もあり、高校を卒業後、男子は36カ月、女子は24カ月の兵役が義務づけられている。森氏は大学時代、同級生の学ぶ意識の高さに驚かされたという。
「特に男子学生は、死線をくぐり抜け、なかには友人を実際に亡くした人もいました。みな、死に直面し、死を意識している。与えられている時間を大切にしようとしていると感じました」と森氏。
また、歴史的経緯や徴兵経験から、国を守るという意識も高い。イスラエルは人口だけを見れば、800万人の小国だ。「ひとりひとりに、自分の成長が国の成長につながるといった意識があります」と森氏。そして、それはスタートアップの経営者にも通じるという。
「自分の企業が世界で活躍できるかどうかは、自分たちの子どもの世代やこれからのイスラエル社会にも影響を及ぼす。そういった高い視点を持っています。その一方で、失敗しても命を取られるわけではないという腹の据わり具合もある。この考え方は、イスラエルのスタートアップの強みでしょう」
「命までは取られない」という言葉は、日本でもよく聞く。しかし、徴兵され軍で死線をくぐり抜けたことを考えると、その覚悟は比較できるものではない。
イスラエルのスタートアップに軍が関係しているのは、メンタルや覚悟における部分だけではない。エコシステムの成り立ち自体にも、軍は大きく関係している。
森氏によると「シリコンバレーのエコシステムは国や軍のお金が入っていたとはいえ、自然発生的な側面が大きかった。それに比べて、イスラエルは政府の主導が大きく、シリコンバレーよりも防衛産業が密接に関わっていました」と語る。
「そもそも、イスラエルは防衛産業が盛んで、技術の種はたくさんあった。それらを事業化しようと、1980年代は産学連携や補助金の支給などの政策をとったが、なかなかうまくいかなかったと聞いています」

転機となった「ヨズマプロジェクト」

転機になったのは1990年代初頭の政策「ヨズマプロジェクト」だ。海外のベンチャーキャピタルとイスラエルのベンチャーキャピタルを連携させて、ベンチャー支援などのノウハウを吸収した。
2000万〜2500万ドル規模のベンチャーキャピタルが10社、イスラエル政府とアメリカや日本、ドイツ、シンガポールなど、海外の有力な投資機関との共同出資で立ち上げられた。
目的は、イスラエルのスタートアップへの投資だ。ベンチャーキャピタルには、5年以内ならイスラエル政府の出資分を、事前に取り決めた価格で購入できるなどのインセンティブが与えられ、大きな成功を収める。
科学技術振興機構の研究開発センターが発表する「科学技術・イノベーション政策動向イスラエル編〜2010年度版〜」によると、ベンチャーキャピタルの資金は、設立時は2.1億ドルだったものが、2005年には40.35億ドルへと増加。また、イスラエルのベンチャーキャピタルも増え、2010年時点で80以上が存在しているという。その総資本は100億ドルに達し、1000以上のスタートアップ企業に投資している。
このヨズマプロジェクトにより、リスクマネーがスタートアップに入るようになり、また、育てるノウハウも蓄積されていった。徐々にイグジットが始まり、2000年ごろにはシリアルアントレプレナーも誕生したという。
そして、今のスタートアップ大国に至る躍進が始まる。
「初期のシリアルアントレプレナーは、エンジェル投資家になるなど、イスラエルのエコシステム全体の発展に寄与しています。潜在的に、国の役に立ちたいという気持ちがあるのだと思います」

軍事技術に強み

イスラエルのスタートアップは、軍事技術に由来するものが多い。インスタントメッセンジャーの草分けで、初期のスタートアップとして有名な「ICQ」も軍事通信技術を応用したものと言われる。
それは現在も同じで、サイバーセキュリティやメディカル、通信、センサーといった分野に強みを持つ。それらをうまく活用できるのが自動車で、今、最も勢いがあり注目されているのだ。
イスラエルやシリコンバレー以外にもスタートアップ大国として頭角を現し始めている国はほかも存在する。森氏は意外な国を挙げた。それが「ドイツ」だ。
「ドイツは日本・アメリカと並ぶ自動車大国。自動車産業の知見は目を見張るものがあります。そこに、スタートアップの革新性が組み合わさると、イノベーションが生まれる可能性は高い。もし、エコシステムが回り始めれば、これから2〜3年で大きく伸びてくるでしょう」
特に、自動車メーカーが集まり、工科大学も存在するミュンヘンには、ベンチャーキャピタルも注目しており、今後エコシステムが成長していく可能性があるという。つまり、大企業と人材、政府の支援、そしてお金を出すベンチャーキャピタルがそろっているのだ。
日本もドイツと同じ自動車大国ではあるが、エコシステムが確立する条件が集積した都市はまだ見当たらない。森氏は、「エコシステムが確立する都市を作るのが、日本でオートモーティブのスタートアップが生まれる条件」と考える。
「そういった意味では、今年の東京モーターショーには期待しています。従来の東京モーターショーは大企業だけが集まる場所でした。NewsPicksがプロデュースしているピッチイベントでは、初めてスタートアップに門戸が開かれたと言っていいと思います」
森氏がいうピッチコンテストとは、事前審査で選び抜かれたスタートアップが、先進性・革新性があふれるモビリティやサービスを東京モーターショーで発表するイベント。審査員には大手自動車メーカーの担当者も参加し、スタートップにとっては、大きなチャンスの場だ。
スタートアップといえば、いまだにシリコンバレーが頭に浮かぶ人が多いだろう。しかし、現実にはイスラエルも大きな存在感を示している。自動車関連では、そこにドイツが続く兆しも見られる。
自動車大国で十分な知見を持ち、センサーなどの基礎研究でも高い技術を持つ日本でも、エコシステムを確立できれば、多くのモビリティ系スタートアップが生まれるはず。まさに、今回の東京モーターショーでは、その萌芽を目にすることができそうだ。
(取材:笹林司 撮影:的野弘路 編集:久川桃子)
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