【実録】サムスン、創業家危機の裏側で

2017/8/24

法廷で迎えた誕生日

「馬の寿命はどのくらいですか?」
6月のある蒸し暑い金曜日、ソウル中央地方裁判所の法廷に、検察官の声が響いた。
被告人席にいるのは、サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長。韓国最大の財閥サムスングループの事実上のトップだ。
李は、今年3月に弾劾・罷免された朴槿恵(パク・クネ)前大統領への贈賄容疑などで、起訴されていた。
「どんな馬かによって違います。競走馬か……」
額に汗を浮かべた証人が懸命に答える。
窓のない5階の法廷は、弁護士、記者、それに一般の傍聴人でいっぱいだ。床に座っている人もいる。
異様な熱気にげんなりした表情の書記官が、ちっともきかないエアコンを見上げては、うらめしそうに手で顔をあおぐ。
被告人席にいる李と4人のサムスン経営幹部、それに弁護団も、頻繁に水を飲んでは、ハンカチで額の汗をぬぐった。
「20年でしょう? 寿命はだいたい20年で、ピークは8〜10歳では?」
「はい、その頃がピークだと思います」
李をはじめとするサムスン幹部は、系列企業2社の合併を円滑に進めるため、朴の友人・崔順実(チェ・スンシル)に賄賂を渡したとされる。
またこの合併は、李がグループ内における支配力を強化するための措置だったと、検察側は主張している。
ただし、賄賂はカネではない。馬だ。それも馬術競技に出場する80万ドルのサラブレッドだ。
李は、崔の設立した団体に1700万ドルを寄付したとも言われる。崔の娘は、2020年夏季五輪出場を狙う女性騎手だ。
韓国選手がオリンピックで好成績を上げられるように、こうした支援をすることは一般的な慣行であり、検察側が主張するような賄賂ではないと、被告側は起訴事実を真っ向から否定した。
「能力の低い選手が騎乗したために、好成績を上げられなかった場合、その馬の価値は下がりますか」
「そう思います」
濃紺のスーツに、ノーネクタイで白いワイシャツを着た李も、20代のとき騎手だった。アジアの競技会でメダルを獲得したこともある。
李は証人尋問に熱心に耳を傾け、ときに微笑み、ときにメモを書きつけては弁護士に渡していた。
しばらくすると判事が、休憩が必要か出廷者たちに聞いた。李は「皆さんの希望に従います」とだけ答えた。
だが、ほかの「皆さん」は、もじもじしていて誰も希望を言わない。判事はあきれた顔をすると、証人尋問を続けるよう命じた。
数時間がたち、ようやく予定されていた証人全員の尋問が終わった。裁判は休廷となった。
その日は偶然、李の49歳の誕生日だった。だが、李に祝いの言葉をかける者は誰もいなかった。

高まる世論のブーイング