【大山✕永濱】なぜ私たちは家業を継がなかったのか

2017/8/10
「家業を継ぎ、親の面倒を見て、家の墓を守る」。かつて「跡取り息子」の人生は、そう決まっていた。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏と、日本M&Aセンター常務取締役の大山敬義氏も、「時計店の4代目」と「建築会社の3代目」として育ち、それを継がなかった経験を持つ跡取り息子たちだ。なぜ継がなかったのか、親の本音は、最良の選択とは? 現代の事業承継の新しい形について、「元」跡取り息子の二人が語る。

家業を継がなかった私たち

永濱:私の実家は時計店を営んでいました。両親の代にはメガネや貴金属にも手を広げ、メガネは父、貴金属は母が担当して夫婦で働いていました。
私は長男でしたが、正直、かなり早い段階から継ぐつもりはなかった。
というのも、子どもの頃は校内で一番足が速く、中学時代には幅跳びで全国大会にも行ったので、無謀にも「オリンピックに出たい」とか、それが無理でも「体育の先生になりたい」なんて思っていたんです。結局、高校に入ってすぐに腰を痛めて、陸上は挫折してしまいましたが。
強く「継いでほしい」とは言われませんでしたが、息子を手元に置いておきたい気持ちはあったのでしょう。親には「地元で就職してくれ」と言われていました。私は耳を貸しませんでしたけどね(苦笑)。
大山:私も建設会社の3代目です。永濱さんと同じく家業は継ぎませんでしたが、今でも建築には興味があって、仕事では建設会社の立て直しも結構やりました。だったらお前が家業を継げばよかったじゃないか、という話ですが(笑)。
大工の息子なのに、私はまっすぐ釘を打つこともできないくらい不器用なんです。でも、一度廃材を使って置物を作ったとき、父が仕事場にそれを持って行って「息子が作ったんだ」と見せてまわっていたんですよ。よっぽどうれしかったんでしょうね。
わが家には「会社を継ぐなら建築学科に進学する」という暗黙のルールがあったので、私の進路決定そのものが「継がないぞ」という意思表示になったと思います。おやじは「そうか」としか言いませんでしたが、息子の工作を自慢していた光景を思い出すたび、本当は継いでほしかったんだろうなと申し訳ない気持ちになりますよ。
永濱:「継ぐ、継がない」とは関係なく、私も親に対して申し訳ない気持ちはあります。
父は71歳のとき母の介護のためにメガネ・時計店を廃業し、今は完全に「老老介護」の状態です。私も妹も離れて暮らしていて、なかなか世話をすることができないからです。
この経験から、家業の有無に関係なく、できるだけ早く親の老後について考えるべきだと感じています。特に、地方出身者は就職で家を離れるケースが多いので、親が「要介護」になる前に兄弟の役割分担など介護体制について話し合ったほうがいいでしょうね。

日本全国で勃発する深刻な後継者問題

永濱:講演で鳥取のある温泉に行ったとき、地元の方が「これだけいい観光資源があるのに、誰も継いでくれる人がいない。跡継ぎを公募してもいい人が見つからない」と話していました。日本全国で跡継ぎ問題が起きているのですね。
大山:そうなんです。特に温泉旅館は今、同族経営の「家業」から「企業」へと変革を迫られています。
578年創業の株式会社金剛組(大阪府)という建設会社が「現存する世界最古の企業」として有名ですが、財団法人化した池坊華道会を除けば、2位、3位は温泉旅館です。つまり、温泉旅館にはそれくらい「老舗」が多いということです。
伝統を大切に守り続けたために時代の変化に対応できず、消えていく温泉旅館が後を絶ちません。経営者が変わるだけで見違えるように状況が変わることもあるのに、そこに踏み切れない。
200年続く企業は、世界で5000社程度しかないと言われていますが、その約6割が日本企業です。近代の「株式会社」という仕組みを同族経営に当てはめることに成功したからです。これは(一時期ではありましたが)日本が世界一の経済大国になれた理由のひとつだと思います。
永濱:アメリカでは第一線企業の入れ替わりが非常に激しい。一方日本では、経済状況に応じて得意な分野を伸ばして生きながらえる企業が多い。アメリカでは優秀な人材が起業を目指しやすいのに対し、日本では優秀な人材が大企業への就職を目指しやすいからこそ、なせる業かもしれませんね。
大山:ですが、跡継ぎの有無に企業の存続を左右される同族経営は、日本経済の停滞の原因でもあります。同族経営の新しい形を模索しないと、今後の日本経済の成長は望めないでしょう。
永濱:M&Aがそのひとつの形というわけですね。
大山:はい。自分の力が落ちてきたのを感じたら、リレーのように次にバトンを渡し、エネルギーのある経営者がまた全力で走るというのが企業経営の理想。
ところが、今の多くの日本企業には跡継ぎという「次の走者」がいません。跡継ぎのいない日本企業は、全体の66.1%(「2016年後継者問題に関する企業の実態調査」帝国データバンク)にものぼります。
経営者の本音を代弁すると、「会社を残して大きくしたい」というのが彼らの一番の願いです。そのため、跡継ぎのいない経営者が「次の走者」を探す手段として、M&AやMBOが増えています。26年間この仕事をしてきた私の体感としては、15年前と比較して10倍以上の件数です。
人口が多く、経営者も多い「団塊の世代」が70代を迎えようという今、潜在的なニーズはそれ以上にあるでしょう。

2017年から地方の問題は加速する

永濱:マクロ経済にも「2017年問題」というものがあります。最初は団塊の世代が60歳を迎える「2007年問題」として語られ、次は彼らが65歳になる「2012年問題」に。
アベノミクスの影響で雇用が増えたこともあり、団塊の世代の労働力は落ちず、大きな支障はありませんでしたが、2017年に彼らもついに70代に突入。
いよいよ本当の意味で、団塊の世代が労働市場から退出する時代が来るかもしれないということです。
跡継ぎ問題に悩まされやすい中小以下の規模の企業が「廃業」という道をたどると、働き先が減り、地方の場合は雇用にも影響します。地方の活性化もどんどん厳しくなるでしょう。
大山:倒産と廃業の割合は、大阪の場合「倒産」1対「廃業」1、東京は「1対1.5」。ところが北海道では「1対5.6」、宮崎では「1対11」です。
つまり、大都市では倒産するまで頑張る経営者が多いのに、地方では余力があるうちに事業をたたんでしまう傾向が強い。高齢化が進めば、地方の会社が「消える」率は加速度的に増えていくでしょう。働き口がなくなれば、働き手は東京に出て行くしかありません。
さらに、東京などの都会に住んでいる子どもが財産を相続すれば、相続だけで年間6兆円が都会に出ていってしまうんです。6兆円といえば地方銀行1行分のすごい額ですよ。
永濱:人がいない、お金もない、では地方創生もままなりませんね。

M&Aという選択肢が可能にするもうひとつの未来

大山:地方に関して言えば、廃業した企業の約半数が「後継者がいれば廃業に至らなかった」と言っていいでしょう。後継者がいないと「先行きも明るくないのなら、もうやめようか」ということになりやすい。でも、M&Aなどによって事業承継する機会があれば、状況は変わるはずです。
永濱:自分が家業を継がない場合も、今後の成長に可能性がある事業であれば、簡単に廃業を選択しないほうがいいと私も思います。地元の経済に少しでも貢献できるよう、事業承継を含めた選択肢を前向きに検討するべきでしょう。
大山:もちろん、M&Aだけを押し付けるつもりはありません。私は選択肢を作りたいのです。
私が家業を継がなかった大きな理由は「怖かったから」です。大きな家に住んで経済的に恵まれてはいましたが、会社には5億円の借金がありました。最後には会社を潰して、おやじは破産者になった。
若くして、そんな恐ろしいものに一生をかけたくなかったのです。といっても、その後私は経営者になりましたし、妹も経営者になったのですが。
今の日本では、経営をはじめてしまったら一生抜けられません。従業員や家族といった何十人、何百人の人を背負わなければならない。
私は親の借金を12年かけて返済し、個人で1600万円払いましたが、連帯保証の恐ろしさは体験してみないとわからないもの。その間、クレジットカードの一枚も作れないんです。「自分の一生を担保に入れる」という熱意と決意と情熱がなければ、経営者は務まりません。
永濱:私たちもそうですが、若いうちにその決断をするのは難しいですね。
大山:親の敷いたレールの上を走るのは嫌だという人もいるでしょう。
でも、「3年だけやってみて、向いていなかったらM&Aすればいいじゃないか」と言われれば、「やってみよう」という気になるかもしれない。
ベンチャーを取り巻く環境でも同じようなことが言えます。
アメリカのベンチャー企業はよく失敗します。経営に失敗したら会社を売る仕組みがあり、会社を潰してもまた投資が受けられるからです。しくじったら売って、成功するまで起業する。
誤解を恐れずに言えば、アメリカでは起業をほんの「ノリ」ではじめられるのです。今の日本は、仕組みがないせいで、勢いのある若者を殺してしまっています。
永濱:たしかにそうですね。人口が減っているからすべての地方に希望がないのかといえば、そうではない。成功している地域もあるのです。ITや地域性をうまく利用して成功している事例も多々あります。
中小企業のM&Aは「事業自体は見込みがあるのに跡継ぎがいない企業」の廃業を食い止める起爆剤になるでしょう。これは、マクロ政策では語れない分野だと思います。
大山:昔のM&Aには「身売り」「乗っ取り」のイメージがありました。でも、今は違います。
逆に、事業を引き継いだ経営者は、整った環境の中でスピード感を持って経営できるメリットがあります。若い世代にとって悪いことばかりではありません。
家業を廃業せず継続でき、成長さえできる選択肢もあるということを、ぜひ子ども世代の人たちにも知ってもらいたいですね。
(構成:阿部祐子 編集:大高志帆 撮影:北山宏一 デザイン:砂田優花)