八王子医療刑務所、「受け取り拒否」の遺骨が語りかけるもの

2017/7/23
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八王子医療刑務所の見学をしている最中、一人の刑務官に行く手を阻まれ、こう言われた。
「ここから先はご遠慮ください」
どうやら、重い精神疾患を抱えた受刑者が失禁して暴れているのだという。廊下には、便のにおいが漂っていた。
八王子医療刑務所の管理区域(一部を加工してあります)

回復しない受刑者はどうなるか

私は、他の部屋で見てきた受刑者のことを思い返した。受刑者の中には、明らかな精神疾患とおぼしき人々も少なくなかった。たとえば、ある受刑者は一人でブツブツと叫びながら正座して膝をさすりつづけていた。
こうした光景を見て思うのは、医療刑務所を出所したところで、彼らはどうやって社会に戻っていくのかということだ。
医療刑務所は、一般の刑務所の中の病院のような存在だ。大半の受刑者は一般の刑務所へ行くが、病気でそこでの生活が難しい場合に医療刑務所に送られ、治療を終えればまた一般の刑務所へ戻される。
だが、病気が回復しない場合、受刑者たちは医療刑務所から社会復帰することになる。昨年は、36名がここで満期を迎えた。
病状の重い受刑者を収容する集中治療室
こうした受刑者の社会復帰の道筋をつけるのが、同刑務所内の処遇部企画部門の役割だ。福祉専門官は語る。
「医療刑務所で満期を迎えて出所する場合、受刑者の多くがまだ心身に病を抱えています。普通であれば家族のもとへ帰すのですが、家族が引き取りを拒否するケースも多いです。そうなると、福祉専門官が自治体と連携して調整を行うことになります」
具体的には、受刑中に障害者手帳を取得させたり、出所後に生活保護を受給できるように準備などをすることで、社会で生きていける環境づくりをするのだ。

出所の1週間後に再犯した者も

ただ、精神疾患を抱えているケースだと少し異なる。
「精神疾患を持つ受刑者が出所する際には、刑務所は法律により、その者が帰る先の都道府県知事に対し通報する義務があります。通報を受けた知事が問題がないと判断すれば、通常の釈放となりますが、そうでない場合は知事による措置入院となります」
措置入院とは都道府県知事による強制入院である。重度の精神症状により、放置すれば人を傷つけたり、自殺するリスクがある人がそれに該当する。
措置入院とならないまでも、出所後も継続した入院治療が必要な受刑者については、任意入院もしくは医療保護入院という扱いで精神科医療につなげる。また、社会生活が可能であっても、親族に受け入れを拒否されるなど、帰る先がない受刑者は福祉施設などにつなげる。
身体が不自由な受刑者のためのリハビリテーション室
医療刑務所の出所者が「再犯」を起こすケースは少なくない。
別の社会福祉士は言う。
「再犯で戻ってくる人は大勢います。先日も、出所の1週間後に再び罪を犯した人もいました。難しいのは、福祉施設に入所できても、彼らの行動を制限することができないことです。施設に入った途端にスーパーへ行って、そこで窃盗をして逮捕されるケースもある。その点は、我々としても打ち手がありません」
出所者の中には精神的な問題で窃盗がやめられなかったり、パニックになって暴力をふるったりする人がいる。そういう人たちには手厚いサポートが必要なのだが、様々な問題でそれができないケースもあるという。
「都道府県によって出所者を受け入れる対応がマチマチなんです。自治体によっては精神疾患を抱えた出所者を全員きちんと診察して処遇を決めるところもありますが、一方でサポートが行き届かず、放置に近いところもある」
こうしたことから、ある県では出所者の大半が再犯を行っているという。全国の自治体が一丸となって取り組むべき課題だろう。

「受刑者の死」を無駄にしないために

医療刑務所の職員数名は、インタビューの際に口を揃えて、「難しい仕事であることは事実」と述べた。精神疾患を抱え、何度も再犯をくり返した末に、鉄格子のついた部屋のベッドで死んでいく数々の受刑者を見れば、そう感じるのはやむをえないだろう。
ただ、企画担当の首席矯正処遇官はそうした死を何とか意味のあるものにしようと努めている。
医療刑務所には、病気の受刑者の他に、彼らの生活をサポートする自営作業者と呼ばれる受刑者がいる。主な仕事は、病気の受刑者の看病、炊事、洗濯、清掃などのため、罪が軽く、初犯で、健康な受刑者たちが選ばれている。そうした受刑者たちに、首席矯正処遇官は次のように語りかけているという。
リハビリの一環として受刑者が作成したロールピクチャー
「彼らはここに来ると2週間の新人指導(刑執行開始指導)を受けるのですが、私は霊安室の話(前編)をするんです。これが現実だ、君たちも更生しなければこうなるんだぞ、と。
受刑者の間では『医療刑務所は楽だ』という噂が流れているようで、どこかなめたような態度で入ってくる人もいます。しかしこうした話をすると、次第に表情が変わっていく。医療刑務所の現実を見て、少しでも彼らの意識が変わってくれたらと願っています」
首席矯正処遇官は医療刑務所のベッドで一人息絶えていく受刑者たちの孤独と悲しみを痛いほど知っている。だからこそ、彼らの死が少しでも無駄にならないように、初犯の受刑者たちにそれを伝えたいと思っているのだろう。
*本連載は不定期で掲載します。
石井光太(いしい・こうた)
1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外を舞台にしたノンフィクションを中心に、児童書、小説など幅広く執筆活動を行っている。主な著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『遺体』『浮浪児1945─』『「鬼畜」の家』、児童書に『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』『幸せとまずしさの教室』『きみが世界を変えるなら(シリーズ)』、小説に『蛍の森』、その他、責任編集『ノンフィクション新世紀』などがある。