40歳ならまだ間に合う、人生100年時代の生き残り戦略

2017/7/10

上が詰まり、下に追われ…

「四十にして惑わず」──。孔子は40歳を「不惑」の年と定義したが、現在の日本の40歳前後の世代は、不惑とは言い難い不安や迷いを抱えているのではないだろうか。
今の40歳は、これまでの経験の熟成と、まだかろうじて残る若さが相まって、いわゆる「働き盛り」だ。だが、40歳前後になると、健康診断で再検査を求められるなどして通院する人も増え始める。事実、厚生労働省の調査によると、通院率は40歳代を境に急増し、およそ3割に達する。
職場の労働環境も、年々シビアになっている。上の世代が詰まっているせいもあり、役職者になりづらい傾向が顕著で、国勢調査(2015年)によると、1995年に5.7%いた40代前半の役職者は、2015年には2.4%に減っている。
また、役職や経験は自分より下のはずの20代、30代社員はデジタル・ネイティブが多く、テクノロジーの進化への対応力では大きく水を開けられる。
一方、家庭では、育児など家庭での責任が重くのしかかる。親の介護中という人も多い。
ましてや、これからは「人生100年時代」になる──との論調が高まっている。
ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏は、著書『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』で、2007年以降に生まれた先進国の人の半分が100歳まで生きる予測を引用し、既存の「教育・仕事・引退」という3ステージの生き方では生きられなくなると、指摘した。
リンダ・グラットン(Lynda Gratton)ロンドン・ビジネススクール教授。(撮影:斎藤久美)
グラットン氏は前掲書で我々に、「40代~50代の人は働き始めた時、60代で引退するつもりだっただろう」と問うた。
実際、「ワーキングパーソン調査2014」(リクルートワークス研究所)によると、「生活のために働かざるを得ない年齢」として、40代の正社員の合計77.3%が70歳までと回答している。
しかし、グラットン氏は、「100歳まで生きるとして、勤労時代に毎年所得の約10%を貯蓄し、引退後は最終所得の50%相当の資金で毎年暮らしたいと考える場合、80代まで働くことが求められる」と断言する。
保険業界ではよく、予想以上に長く生きてしまう「生存リスク」を説くが、日本の場合、過去10年間で2年を上回るペースで平均寿命は伸びている。そう考えると、40歳前後は100歳近くまで生きる、生存リスクを前提とした人生計画を立てざるを得ない。寿命の前に、手元資金が枯渇するわけにはいかないからだ。

現貯金より「変身資産」を蓄えよ

では、40歳前後の世代は、「人生100年時代」にどう備えるべきか?
より長く働く資産とは、すなわち、自分の能力を鍛え続けるということだが、昨今はテクノロジーの進化により、各人がもつスキルの価値が瞬く間に変わる時代だ。
「労働市場が急速に変化する中で、70代、80代まで働くようになれば、手持ちの知識に磨きをかけるだけでは最後まで生産性を保てない。時間を取って、学び直しとスキルの再習得に投資する必要がある」(前掲書より)
だからこそ、グラットン氏は「変身資産」を蓄えよ──と説く。
(撮影:斎藤久美)
長い人生を生きる上では、その過程で大きな変化を経験する。その変化に対応するため、「変身できること自体が、資産になってくる」と言い、時代の変化に対応して変身できる人とできない人の間で格差が増大する、と指摘するのだ。
では、具体的に、40歳前後の世代は、今後どのような「変身」を余儀なくされるのか。
リクルートワークス研究所の主幹研究員の豊田義博氏は、「企業の寿命も20年、25年の時代です。その上、職業寿命も変質していくことを考えると、職業人生で3回か4回は、会社を変える、あるいは職そのものを変えざるを得ない」と言う。
そのとき、大きな力になるのが、複数の「コミュニティ」を持つことだ。
「勉強会に参加するなど、学び直しをすることで、スキルを更新する効果があるだけではなく、複数のコミュニティでの人とのつながりが、新しい仕事や職場との出会いになる場合もあります。また、自分はどのタイミングで変身するかを見定めたり、あるいは、その変身が自分の人生になぜ必要なのかを認識する上で、コミュニティから得られるフィードバックは頼りになります」(豊田氏)
だからこそ、「これからの40歳世代は、会社以外のサブコミュニティを意図的に作るべき」(豊田氏)というのだ。

「働く」=会社勤めではない

また、これからの人生100年時代を見据えると、「雇用されない働き方」を意識する必要があるという。
「人生100年時代」と「日本型雇用」のあり方は相性が悪く、摩擦を起こし始めているからだ(下図参照)。
「働く=会社に勤めることという“常識”は戦後に作られ、高度経済成長期に確立したモデルです。会社の寿命が短命化し、人生100年で80歳まで働く人が増えるとなると、従来型の日本型雇用はもたなくなるでしょう」(豊田氏)
もっとも、いきなり転職したり、職業そのものを変えるなど劇的に環境を変えることはストレスが大きい。
そこで、豊田氏は、複数のコミュニティを介してサブワークに挑戦することを推奨する。
「今後は、自分の興味のある分野を副業として請け負い、その仕事に適性や手応えがあると思ったら、本業と副業の主従を逆にするといった、グレーゾーン的な働き方が増えるでしょう」(同)
また、現在は個人で「モノづくり」もできる時代だ。かつては新製品を製造することは、企業の資本がなければできなかったが、『ワイアード』誌編集長のクリス・アンダーソンが「MAKERS 21世紀の産業革命が始まる」で指摘したように、個人が3Dプリンターなどを駆使して、少数生産することが技術的に可能になっている。
(写真:iStock/HStocks)
SNSの普及により、個人の情報発信力が劇的に高まったため、「私はこんなことをやっている」と宣伝もしやすい。
つまり、今後は、「個人が力を持つ時代」だとも言える。

ソフトバンクの100年人生対応

これまでの日本型雇用では、退職金や企業年金などの保障や社会的信用といった観点から、長く勤めれば勤めるほど得な仕組みに設計されていた。そのせいで、「会社を変える」「職を変える」などの「変身」がしにくかった。
しかし、最近では「人生100年時代」を見据えた企業も現れ始めている。ソフトバンクはその1つだ。
同社では、転職しても年金資産の持ち運びが出来ることや、老後資金は自己責任で管理すべきとの考え方から、退職金代わりとして確定拠出年金制度を取り入れる。これにより、会社に長くいればいるほど得をすることはなくなった。
また、社員の自律的なキャリア形成を促すため、「自ら機会を取りに来る人にチャンスを与える」人材育成を貫く。
「自分が行きたい部門に、我こそはと手挙げする『FA制度』の活用で、数百人規模で社員が異動しています」(ソフトバンク人事本部統括部長・源田泰之氏)
ソフトバンク人事本部統括部長・源田泰之氏(撮影:佐藤留美)
学び直しとスキルの再習得に投資する必要がある時代に備え、社内トレーニングも拡充させた。
英語や会計はもとより、プログラミングからUX(User Experienceの略。ユーザーが製品・サービスを通じて得られる体験のこと)の基礎研修に至るまで、70コース以上用意。受講を希望する人は基本的に誰でも受講が可能で、講師陣も基本は社員による「手挙げ」により選ばれる。
現状の定年制度は、60歳で定年退職し、65歳まで雇用延長するという一般的なものだが、今後は「年齢に縛られず、個人の実力や意欲に応じた処遇に変えたい」(源田氏)と言う。
「これからは、会社に雇用されているという『使用人』的な考え方は、廃れていくでしょう」(同)
前出のリンダ・グラットン氏もNewsPicksのインタビューで、企業と従業員の“親子関係”が瓦解すると語った。
かつて、企業は「親」として、「子ども」である従業員に「君たちは何の選択もしなくていい。やるべきことは何でも教えてあげるから」という対応だったが、現在では企業と従業員は対等な「大人と大人の関係」に移行している、というのだ。
つまり、人生100年時代は、人生の主人公である本人がキャリア計画を創る時代になる。となると、長いキャリアの折り返し地点にも来ていない40歳前後の世代は、今後、第2、第3の「働き盛り」を自ら演出する必要がある。
では、そのベストな演出法とは?
本特集では、全9回に渡り、「40歳=若さで勝負することも、経験や貫録で勝負することも難しい年齢」が、人生100年時代をサバイブしていく方法を、先達の経験談や、政策設計の専門家などの意見を基に模索していく。
具体的なラインナップは以下の通りだ。
特集第1回と第2回には、「人生100年時代の制度設計特命委員会」の事務局長を務める衆議院議員の小泉進次郎氏と、「不安な個人、立ちすくむ国家」(通称「若手ペーパー」)を執筆した経済産業省の「次官・若手プロジェクト」の主要メンバーの須賀千鶴氏が登場。
ともに36歳という、40歳を意識するミッドキャリア世代の両氏に、年金、医療、介護などにおける世代間不公平をどう解消するか、また、社会保障を今後、どこまでを公が担い、どこまでを自助努力でカバーすべきか、などについて論じてもらった。
【小泉進次郎×経産若手】富裕層の年金返上、“シニア一括採用”
第3回は、「人生100年時代の40歳のリアル」として、平均寿命や、必要な老後資金、副業の増加率、増え続ける養育費や介護資金など、豊富な統計データを分かりやすいインフォグラフィックで紹介。自ら人生計画を立て、学び直すなど何らかの手を打たないことには、立ち行かなくなる「老後崩壊」のシナリオとその対応策について論じていく。
【データ図解】「老後崩壊」を回避する5つのシナリオ
第4回目は、「人生100年時代の40歳サバイバル戦略」を実行した先達、および実行中の人の実例を展開する。
40歳前後に、製薬会社からeコマース事業を行う「ほぼ日」に飛び込んだCFO、電通の人事部に勤めながら、キャリアカウンセラーやワークショップデザイナー、大学の研究員などマルチに働く次長、NTT西日本の正社員でありながらスキルを磨くため、ベンチャーに“大人のインターン”中の社員らが、登場する。
【実例】大人のインターン?100年人生を生き抜く40歳の働き方
第5回は、NewsPicksのプロピッカーとしてもおなじみのスカイマーク会長の佐山展生氏が登場し、働きながら、38歳でNYUに入学し40歳でMBA修得、41歳で東工大に入学し44歳で博士(学術)修得した経験談を披露すると同時に、佐山氏自らの「人生100年学習計画表」を公開する。
【佐山展生】40歳でMBA、44歳で博士号「人生100年学習計画」
第7回は「大人の学び」についてフォーカスする。仕事を介して、あるいは大学院などの教育機関で、はたまた読書やワークショップなどで、どうすれば最も効果的に学べるのか──「大人の学び」について、分かりやすい図解で解説する。
【保存版】大人の学び。7つの成功パターン
そして、第8回では、今後定年はどうなるのか、今あらためて注目される「40歳定年制」の是非について論じる。
さらに特集を締めくくる最終回では、女性初の経団連役員で、今年、米フォーチュン誌による「World's Greatest Leaders 50」に日本人としてただ1人選出されたBTジャパン社長の吉田晴乃氏のインタビューを掲載。40歳を過ぎてブレイクした究極の大器晩成型人生を、振り返ってもらった。
40歳からブレイク、経団連初女性役員の「ブルドーザー人生」
(デザイン:九喜洋介)