“海外版スタディサプリ” Quipperが得た成功の「型」

2017/4/25
オンラインラーニングプラットフォーム「Quipper」がインドネシアに上陸して、はや2年。スタディサプリの海外版として、「Quipper School」と「Quipper Video」を提供し、海外展開の成功事例が生まれつつある。現地のニーズをいち早く捉え、サービスとして提供するスピード感や自治体との連携とそこから見えてきた横展開の可能性、さらには今後の世界への拡大の展望や課題について、インドネシアのカントリーマネジャーを務める本間拓也氏と、船瀬悠太氏に話を聞いた。

40人の現地スタッフが600人に急増

──圧倒的な急成長を遂げている、Quipper インドネシアの現状を教えてください。
本間:まず、当初40人ほどだった現地スタッフが600人弱まで増えました。同時に、インドネシア国内11拠点を数カ月で立ち上げました。
この半年強で訪問した学校は約7000校。
その結果、先生向けに「宿題」や授業中の「課題」に必要なコンテンツを提供するシステムである「Quipper School」は、25万人の先生と数百万人の生徒に浸透しました。先生が手作業でやってきた宿題の丸つけや進捗(しんちょく)管理業務をオンライン化することにより、効率化に役立っていると思います。
「Quipper School」は学校向けの無料のサービスですが、管理システムだけでなく、基本的な教材も含まれています。
それを使ってみた生徒が、気に入って、自分も勉強したいということになれば、「スタディサプリ」と同様にオンライン講義動画を提供する「Quipper Video」に登録してもらう仕組みです。現在は、そちらの有料会員も6万人ほどになりました。
離島も含めて、これまで教育へのアクセスが不足していた地域へも良質な教育を届けることができ、生徒からも親からも続々と感謝の声が寄せられています。とはいえ、インドネシアでは1学年400万人ほどの生徒数があるので、今後もまだまだ成長の余地はあると思っています。
船瀬:今改めて振り返ってみると、驚くほどのスピードで成長していますね。おかげで、インドネシア人の友人からも「親戚の子どもたちがみんなQuipperのこと知ってたよ!」と言われたりします。中学生・高校生の間での認知度の高まりは日に日に強く感じます。
一方で、事業を進めていくうえでの課題はまだまだたくさんあります。
昨年、一気に600人にメンバーの数も拡大しましたが、まずは「人」の採用と、スキルや営業ノウハウの徹底した「型化」を追求しました。
リクルートマーケティングパートナーズでよく使われる概念ですが、「守・破・離※」の「守」を徹底したのが昨年のインドネシアの状況です。
営業やコールセンターのスクリプト、学校向けの提案資料などを詳細まで「型化」したものを、徹底的にトレーニングしたんです。
これにより、新しく入ったメンバーの質を一気に高めることはできたと思っています。今後は「破」「離」の部分をもっと追求し、メンバーからボトムアップで新しい取り組みが生まれるような仕組みを作っていきたいです。
実際に、新しいメンバーの中からも、圧倒的なパフォーマンスを出すスタッフが出てきたり、新しいアプローチの提案があがってきたりするのは良い兆しだと思います。
(※茶道・武道・芸術における、修業の段階を表すもの。「守」は師から教わる基本の型を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は他の教えからも良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は独自の新しいものを生み出し確立させる段階を指す)
ちなみに、リクルートが蓄積した営業ノウハウの中には、そういった型化の仕組みや、パフォーマンスの高いメンバーを表彰したりしてうまくモチベーションをあげる仕組みが無数に存在するので、どんどん使わせてもらっています。このあたりは、Quipperがリクルートに加わった意義を感じる部分ですね。
また、何よりこの600人がQuipperのサービスの価値を信じ、イキイキと働いているのが非常に印象的で、嬉しく感じます。これはやはりQuipperのサービスが、本当にインドネシアの教育に貢献できると皆が実感しているからではないでしょうか。
ですので、我々がやっている事業の意義・ビジョンをスタッフに繰り返し伝え続けるということは徹底してやっています。私自身、新しく設立した11の拠点にそれぞれ何度も訪問しましたが、どの拠点のスタッフも同じようにQuipperらしさを持っていると感じています。

ダイナミックに変化するインドネシアの教育

──インドネシアで7000もの学校を訪問されているのですね。それによって見えてきた教育事情や、Quipperとしての強みは何でしょうか。
本間:学校とやり取りを重ねるなかで関係が構築され、インドネシアの学校のルールやシステムへの深い理解につながっています。そのような情報の蓄積によって、すでに日本で行われていて、比較的容易に横展開できるサービスがあることに気付かされることもあります。これは私たちにしかない強みです。
たとえばインドネシアでは、生徒も先生も大学の情報をあまり持っていません。どんな学部があり、どういった卒業生がいて、どのぐらいの学費がかかるのか、将来のキャリアはどうなのか。そういった情報が未整理だったんです。
30年ほど前の日本も同じような状況だったと思うのですが、トップクラスの国立大学や私立大学は知っていても、それ以外の大学の情報が行き届いていない。そうすると進学候補は近隣の大学か有名大学に限られ、限られた選択肢のなかから学力と学費をもとに決めるしかありません。
その状況を打破するために、日本における「スタディサプリ進路」のような、大学情報を網羅したメディアを作りました。冊子版は3万冊を学校に配り、オンラインでも見られるようにしています。生徒が食い入るように冊子を熟読していて、非常に大きなニーズを感じています。
船瀬:模試も横展開が可能な分野ですね。日本の場合、模試の結果をもとに大学の合格判定が出たり、自分の苦手分野がわかったりします。インドネシアにも模試はありますが、これまでは点数の結果を受け取るのみで、結果をそれ以上に活用するサービスはありませんでした。
そこで、日本に近い形式、かつオンラインで模試を提供することにしました。受けた生徒はその場ですぐに結果がわかるし、自分の苦手分野を克服するには何をすればいいのかもわかる。
今年から提供しはじめたのですが、さっそく600校、10万人弱の生徒がQuipperの模試を受けています。すでにインドネシアNo.1のオンライン模試になっているはずです。
本間:試験については、国家レベルの大きな動きもありました。
インドネシアには、入学試験のほかに卒業試験もあります。中学・高校の卒業試験で合格できなければ、その先の高校・大学に進めません。この卒業試験を、今年からCBT(Computer-Based Testing)、つまりコンピューターで実施することになったのです。
船瀬:高校の卒業試験は4月、中学は5月に行われるのですが、政府がCBTの実施を全国に通知したのは、なんと去年の12月。それから半年も経たない中での実施という決断には驚きました。
すべての学校に十分な数のコンピューターがあるわけではなく、設備のある学校も、1人1台というレベルで普及しているわけではない。だから、1クラスがコンピューターを使って受験して、それが終われば次のクラスが受験して、次の日には、コンピューターがない学校の生徒がやって来て受験する、というように順繰りでやる。
学校側にとってもこの方針変更はある意味青天の霹靂(へきれき)で、今はその準備に追われていると聞きます。ただ、「完璧には整ってない部分があっても、目指すべき姿は何か」という姿勢で政府が大きな意思決定をし、現場もそれに対応するというのは、本当にすごいことです。このスピードで変革を起こしていくと、何が起こるのが大変興味深いです。
本間:国土が広く、島の多い国なので、紙の試験問題を配り、解答を集めて、採点して、という手間を考えれば、CBTのほうがはるかに効率的ということもあるでしょう。ですが、あらゆるものがオンラインになっていくなかで、学校教育においてもオンライン化に対応し、国力をつけようという意思を感じますね。
インドネシアでは、日本では考えられないほどダイナミックに教育が動いています。私たちもそこにしっかり食らいついて貢献していきたいと思っています。
最近では、自治体との連携にも力を入れています。たとえば、南スラウェシ州バンタエン県では、「バンタエン・スマートラーニング」というプロジェクトを開始。これは、教育にアクセスできない子どもたちにQuipperのサービスを届けるため、自治体が1000アカウントを用意するというものです。
教育のインフラ整備においては、国以上に自治体の動きがすばやい。自治体のトップがコミットしている場合はなおさらです。
バンタエンの県知事は日本の大学に留学経験があるほどで、非常に先進的な考え方の持ち主なんですよ。そういった方々と手を組んで、Quipperのモデル州やモデル県を作っていきたい。地域が違っても課題が共通する部分は多いので、成功事例を見てもらえれば導入に弾みがつくはずです。

インドネシアでの知見を武器に見据える未来

──今後のQuipperのグローバル展開について、お二人はどのようなロードマップを描いていますか?
本間:世界各国で行っているQuipperの展開で、今一番好調なのがインドネシアです。それによって、実際に学校を訪問してサービスを広めるやり方だけでなく、オンラインでの展開や自治体との提携など、かなり多くの「成功の型」を手に入れることができました。
これらの手法のうち最適なものを選ぶ、あるいは組み合わせれば、他の地域へどんどんサービス展開ができるはずです。
船瀬:私もインドネシア以外のいろいろな国の現場を見ていますが、受験制度の存在など、日本との親和性が高い東南アジアは、Quipperにとっての成長市場と見ています。ただ、コンテンツなどの面で、各国で徹底したローカライズをやっていかないと勝てないとは思っています。
本間:正直、私たちは早くいろんな地域にQuipperを広めたくて、うずうずしているんです(笑)。
Quipperにできることは大きくわけて3段階。基礎教育に対するベーシックなアクセスを提供することが第1段階。地球全体で見れば、教育へのアクセスが困難な子どもは10億人以上いるはずです。まずは最速でそういった子どもたちにサービスを提供したい。
次の段階は、集まったデータを分析して、学習をより効率的、効果的に行えるようにサポートすること。その人に合った勉強法を提供したり、一人で学習するのが難しければ、伴走しながら学習習慣を身につけさせたりするということです。
船瀬:教育だけでなく、運動やダイエットでもよくある話ですが、「継続する」ことが難しい。「モチベーションを自分一人で維持できない」「自己管理ができない」。これらは、学習サービスがよく直面するチャレンジだと感じています。
この部分は、すべてオンラインで完結させようとするのではなく、人の介入をミックスすることで、うまく取り入れられると思います。またAIの発達により、人がいなくても、まるで自分専用のコーチがいるような状況を作ることができるのではないかと思っています。
本間:3つ目の段階は、教育の転換期に必要とされるサービスを提供すること。
アクティブラーニングに代表される、いわゆる21世紀型の学習が注目を集め、今まさに「教育」「学習」「教養」といった概念が世界規模で変革されつつあります。これは数年どころではなく、10年単位の長期間にわたる変化になるでしょうが、この難問に立ち向かい、最高の教育サービスを提供したい。
これまでは、日本のみならず多くの国で、大学受験がゴールになってしまい、その先を考えるまでは手が回らない状況でした。Quipperが教育を効率化し、キャリアや生き方などを考える機会を増やし、そして社会が複雑化しているこの現代にあった教育を提供し続けていくことが、世界を大きく変えることにつながると信じています。
(編集:大高志帆 構成:唐仁原俊博 撮影:加藤ゆき)