建築家・隈研吾の「人生、負けるが勝ち」
2017/9/16
仕事が好き
ぼくは朝8時過ぎから午前0時過ぎまで事務所にいます。
なぜこんなに長い時間仕事をするのかといえば、やはりギリギリまでレベルを上げる努力をしたいからです。
建築家になって以来、土日や祝日もなし。長期のバカンスもなし。
海外出張先では街をぶらぶら歩いたりすることもありますが、その街や地域を理解するため、ひいては建築のためというところがある。
結局、ぼくは仕事が好きなのです──。
丹下健三、黒川紀章に勝手に幻滅
小学生のときは「丹下健三の建物はカッコいいな、近代を感じるな」と無条件にそのカッコよさに感動していたのが、大阪万博のときは、「バカでかい建物なんて、バカバカしいな」と思うようになっていました。
万博には黒川紀章さんの建物もありました。「この人はなかなか面白い人だな」と思って期待していたのに、東洋の思想とはまったく関係なく、鉄でできた怪獣でした。それで黒川さんにも勝手に幻滅してしまいました──。
建築家は嫌われ者
バブルがはじけると、建築に対する評価は一変します。
「建築は時代遅れの産業だ」とか、「環境の破壊者だ」とか、「税金の無駄遣いだ」とか、いわゆるハコモノ行政という言葉に代表されるようなネガティブな評価にガラッと変わった。
いまや建築家は嫌われ者です。
「芸術的なこだわりが強く、みんなの税金を使って自分のアート作品をつくる、わがままで世間知らずの人」というイメージすらある──。
安藤忠雄さんのサービス精神
名前が出はじめたころの建築家の安藤忠雄さんに手紙を書いたことがあります。
安藤さんはすぐ返事をくれて、「すぐに大阪に来い。自分の建築を見せたいから」と言ってくれました。
多忙な身であるにもかかわらず、なんと丸1日使って自分のつくった建築を案内し、われわれ学生にフルにサービスしてくれました。
そのとき見せてくれたもののひとつが、デザイナーのコシノヒロコさんの家です。これはその後も尾を引く体験でした──。
人間の本心
もっと社会との付き合い方を学びたい。まず口の利き方を知らなかったし、相手が何を望んでいるかを聞き出す能力が全然ありませんでした。
今なら、少しはできるようになったと思います。「人間には、そんなにはっきりとした本心ってないんだな」と気づいたのです──。
もてなすとは?
自分のアパートの床に畳を2枚敷いて、お茶を点てることにしました。そして「ティーセレモニーを開くから来ないか」といって友達を招くことにしたのです。
もてなすということは相手をただ気持ちよくさせるというだけではありません。
自分のホームグラウンドに相手を連れてきて、相手を楽しませるということです──。
マツダのショールームに批判殺到
バブル景気がやってきました。駆け出しのぼくにも、仕事がどんどん入ってきます。
自動車メーカーのマツダのショールームのコンペティション参加の話が舞い込んできました。
「すごくバブルっぽい」
「悪趣味だ」
批判が殺到し、仕事がパッタリ途絶えました。以後10年間、東京での仕事はゼロになりました──。
右手をケガしてホッとする
ガラステーブルで右手首を深く切ってしまいました。動脈の切断はまぬがれたものの、筋や神経はすべて切れています。
しかもこのときの手術で、人さし指と中指の筋を間違ってつなげられてしまい、手がいつまでたっても動くようにならなかった。
しかしぼくは利き手である右手をケガしたことで、なにやらホッとしたような感じがあったのです──。
負ける建築
ぼくは「負ける建築」をつくりたいと言いはじめました。
地上に高くそびえ立ち、勝ちほこるのが「勝つ建築」なら、地べたに這いつくばり、さまざまな外部からの力を受け入れながら、しかも明るい建築というものがあってもいいのではないか。
東京での仕事がなくなってヒマだったので、時間があれば地方を旅しました。
いま振り返ってみれば、これがよかった。新しい世界が開かれました──。
歌舞伎座を建て直す
東京の歌舞伎座を建て直すプロジェクトに声がかかったのはこのころです。
建て直す前の歌舞伎座は多くの人に愛された建物でしたから、これはプレッシャーでした。
役者さんもご贔屓筋も、「いまの歌舞伎座のよさが失われて、変な建物になったらどうしよう」と心配しています──。
一発で実力がわかる採用試験
ぼくの事務所には、大勢の若い人たちが入りたいと言ってやってきます。書類選考に通った人と、ぼくはその全員と面接します。
実力を見極めるのにいちばんいい方法は──。
この方法を編み出すまでは、口がうまい応募者を採用してしまうこともありました。
特にアメリカ人は自分の設計を論理的に説明する訓練を受けていますから、言葉に説得力がある。「ああ、この人、すごくできそうだな」とつい錯覚してしまうのです──。
新国立競技場の設計
2020年の東京オリンピックに向けて、新国立競技場の設計をすることになりました。
大成建設から「一緒にコンペに参加しないか」と言われたときは驚いたし、ちょっと悩みました。
歌舞伎座もそうですが、すでにある建物を壊して建て替えるときというのは、必ず「前のほうがよかった」と言われるに決まっているからです。
ましてやオリンピック関連の仕事は予算も大きい。何をしても「税金の無駄遣い」などと批判されるに決まっている。
火中の栗を拾うようなものです──。
駅舎の長期プロジェクト
これから渋谷駅東口の周辺地域や、JR山手線に50年ぶりにできる新しい駅・品川新駅(仮称)など、長期プロジェクトが控えています。
ぼくはいつも「地味な建築がいい」とか、「目立たない建物がいい」などと言っていますが、駅舎やその周辺施設は商業的な建築ですから、地味であってもある種の目立ち方は必要です。
しかし同じ「目立つ」という言葉でも、バブル崩壊後の10年間の苦い時期を体験したぼくは、その前のぼくとは、本質的に変わったと思います──。
(予告編構成:上田真緒、本編聞き手・構成:長山清子、撮影:遠藤素子、バナーデザイン:今村 徹)
負けるが勝ち。挫折の10年が転換期
隈 研吾(建築家)
- 建築家・隈研吾の「人生、負けるが勝ち」
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- 「もてなす」とは自分の場に相手を引きずり込むこと
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