常識なんか知るか。サントリー新浪剛史「我が道を行く」
2017/5/27
「一人で体育をやります」
子どもの頃から、我が道を行くタイプでした。
小学校3年生の時、「一人で体育をやります」と黒板に書いて教室を出て行ったほど。
他人がごちゃごちゃ言うのなら、勝手にやるという感じ。
それはいまだに続いています──。
東大を断念、慶應に進学
現役で東大に入ることはできなくて、慶應の経済学部に進学します。
じつは、慶應に入ってすぐの頃、東大を受け直そうかと思い、駿台に通ったりもしていました。
友人に「俺も器械体操部に入りたいんだけれど」と言ったら、「ちょうど大きいのが必要だった」と言われます。
「どうして?」と聞いたら、「来りゃわかるから」と──。
配属先の発表に「終わった」
大学卒業後、三菱商事に入社しました。当時は学生の就職先で人気ナンバーワンの企業です。
配属先の発表で「新浪剛史君、砂糖部海外チーム」と告げられました。
「なんだそれ?」
なにしろ、一番儲かっていない部署ですから。
友人が「デリーティッドだ」と言いました。「お前はもう終わっている」という意味です──。
血尿が出たハーバード留学
社費留学の申請を出したのですが、何度出しても、上司に推薦してはもらえません。
粘ってようやく推薦してもらい、社内試験に臨みましたが、筆記試験をクリアしても、役員面接で2度も落とされてしまいました。
会社が許可してくれないならば自分で勝手にやるしかないと判断し、独学で試験対策をして、ハーバード・ビジネススクールの入学試験を受けました。
ハーバード・ビジネススクールは1クラス90人。相対評価で、下位10%は強制的に放校されます。
睡眠時間は平均して2、3時間。詰め込みすぎて、金曜日にはなにも考えられなくなるほど。
ある日、体調不良で血尿が出ました。医者である弟に相談したら──。
病院給食事業を立ち上げる
せっかく経営学修士(MBA)を取っても、それを活用する場がありません。
何か経営をしてみたいという気持ちが日増しに強くなり、社内ベンチャーを勝手に立ち上げることにしました。
始めたのは病院給食事業です。年商約10億円の給食会社を買収し、ソデックスコーポレーション(現・LEOC)を立ち上げます。
人を動かすにはとにかく自分が現場に立つしかないと思い、三菱商事の社員食堂で、白い制服を着て手伝いました。掃除や皿洗いもしました。
病院給食事業は、5年で年商100億円のビジネスに成長します──。
ダイエー中内功氏の勉強会
月に1度、ダイエー創業者の中内功さん(故人)を囲んでの勉強会も始まりました。
みなさん年上で、私はその末席です。
中内さんの第一印象はとにかく勉強家、ものすごい勉強家です。わからないことがあると質問をし、納得できるまで、こと細かく聞いてくる。
勉強会での出会いがなければ、三菱商事がローソンを買収することもなく、私がローソンの社長に就任することもなかったかもしれない。
そういう意味では運命を感じます──。
ローソン社長に就任、白けた空気
新社長含みで出向する際、三菱商事の佐々木幹夫社長からは、こんなアドバイスをもらいました。
「新浪君、『民意』を得ることが大事だ。実るほど頭を垂れる稲穂だよ。そして、改革はスピーディーにやることだ」
ローソンの社長に就任したのは、2002年5月です。7人の取締役と19人の執行役員はすべて年上でした。
朝礼で挨拶をしても、白けた空気が会場を包むばかり。
「筆頭株主の三菱商事から、どうせ小売について何も知らないハーバードMBAが送られてきたのだろう」と言わんばかりの、冷たい視線を全身に浴びながらのスタートでした──。
猛反対された覆面調査を導入
加盟店の評価を数値化するため、アメリカの外食産業では当たり前のように活用されていた「ミステリーショッパー(覆面調査員)」も導入しました。
じつはこれ、三菱商事時代にケンタッキー・フライドチキンから学んだことです。
このミステリーショッパーに関して、社内はもとより加盟店から猛反対されました。
「(お客様である)加盟店に点数をつけるなど、なにごとか」というわけです。
オーナーさんはもちろんのこと、社内の役員や古参社員からも批判が相次ぎました。
「業界の常識など関係ない」と、私は思っていました。
一つひとつの店舗の経営を良くする、不採算店舗を閉じる。どちらも当たり前のことです。
なぜ、それをしてはいけないのか──。
サントリー佐治信忠氏との出会い
サントリーの佐治会長(当時社長)と初めてお目にかかり、正直、とても驚きました。
私を受け入れることに関して、勇気がいることだったと思います。
「2人もカリスマがいてどうするんですか?」と聞かれた時、佐治さんは「それこそやってみなはれだ」と言った。
私はそれを聞いて、心底、サントリーが好きになりました。
当初、サントリーの人事異動に合わせて「10月からでどうですか?」と佐治さんに申し上げました。
ところが、「翌日からでいいんじゃないですか」と言われ、ローソンを辞めた翌日の8月から、サントリーの顧問に就任しました。
もしも死ぬ前に後悔することがあるとしたら、ここです──。
1兆6300億円で米ビームを買収
サントリーは2014年5月、「ジムビーム」や「メーカーズマーク」などのブランドを持つ米蒸溜酒大手のビームを買収しました。買収金額は1兆6300億円です。
就任後、真っ先に取り組んだことは、この統合作業です。
日本の会社であの規模のクロスボーダーM&Aを早期に成功させた事例は、あまりありません。
トップが動いて必死にやらなければ、買収金額以上の付加価値を統合によって手に入れるのは相当難しい──。
グローバルリーダーの育成
日本というのは「変わる」となると一斉に変わる。
最近はダボス会議に出てくる日本人経営者も増えました。変わった理由はやはり、海外市場を意識せざるを得なくなったからでしょう。
しかし、自省にもなりますが、まだまだ自らのリーダーシップをもって、能動的に世界のリーダーの中に入り込んでいっていないのではと思います。
ですからサントリー大学などを通じて、それを予見し、準備した上で変われる人財を育てていきたい──。
(予告編構成:上田真緒、本編聞き手・構成:曲沼美恵、撮影:遠藤素子、バナーデザイン:今村 徹)
常識にとらわれず、我が道を行く
新浪剛史(サントリーホールディングス 社長)
- 常識なんか知るか。サントリー新浪剛史「我が道を行く」
- 酒好きな父、しつけに厳しい母、手先が器用な弟
- 曽祖父からのファミリーヒストリー、父のトラウマ
- 重要なことだけに集中、それ以外はバッサリ切る
- 慶應大学2年で異例の体育会幹事。裏方の重要性を学ぶ
- 三菱商事に入社。優秀な人に教えてもらえる人間になる
- 三度目の正直でハーバード留学。血尿、教授に直談判
- 三菱商事の社員食堂で皿洗い。現場に立って人を動かす
- 三菱商事がローソン株を買うことには反対だった
- 43歳、ローソン社長。ダイエー時代の負の遺産を一掃
- 商品開発の素人を集めて「究極のおにぎり」を作る
- 猛反対された覆面調査を断行。常識にとらわれるな
- 女性と外国人を採用すれば「本質」に気づける
- 社内を向くな、お客様を見ろ。企業カルチャーを変える
- トップの辞めどき。いつまでも「独裁」ではいけない
- サントリー社長に就任。佐治信忠会長に驚いたこと
- 死ぬ前に後悔するとしたら…
- 米ビームを1兆6300億円で買収。統合作業の難しさ
- 日本人のあいまいさ、アメリカ人のクリアさが失敗の元
- ビーム幹部の心に響いたサントリーの「利益三分主義」
- 日本人が「世界のリーダー」になるために必要なこと
- 日本企業は人財育成コストを削ってはいけない
- グローバルなビジネスも突き詰めるとローカルになる
- 人間不要の時代に「人手が必要な新分野」を作れるか
- 2025年以降、日本が沈まないために