【新貝×出木場】事業会社主導の買収戦略・PMIの秘訣

2017/3/3
事業会社によるM&A実施後、企業の現場ではどのような経営が求められ、どうすれば異なる組織同士を融合させることができるのだろうか。これらの点はM&Aの最終的な成否を決める重要なポイントであるにもかかわらず、表立って語られることはほとんどない。

株式会社ユーザベースが運営する「SPEEDA」はM&A、新規事業、ベンチャー投資などをテーマとするイベント「SPEEDA Conference」にて、同分野のトップランナーであるJT(日本たばこ産業)の新貝康司氏とIndeedの出木場久征氏をゲストに迎え、セミナーを開催した。その様子を5日連続でリポートする。

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一番苦労したこと

新野 今日の新貝さんと出木場さんのお話の中で一番大きく違ったのは、JTはスピード統合を大事にする一方、リクルートはできるだけ統合をしないということでしたよね。
これは恐らく競争の土台が違ったり、戦略目的が違ったりすることもあったのではないかと思いますが、逆に共通していた部分もありましたよね。共通するキーワードとして「企画実行の一体化」「当事者意識」「全権委任」などがあったかと思います。
M&Aをした後に買収された側の社員のみなさんが目を輝かせて「統合して良かったな」と思い、当事者意識を持って日々の仕事をやっていれば、M&Aは半ば成功したと言えるのではないかと感じました。
ただ、実はこれが一番難しいことではないかと思います。新貝さんの著書『JTのM&A』の中にも「M&Aは古代ローマの属州統治方式みたいなものだ」とありましたよね。
属州というと支配するといった意味合いもありますが、当時は全権を委任されたローマ人が属州に行き、現地で最も力のあるリーダーと共に統治をしていました。
このように、新貝さんと出木場さんもM&Aをした後に、現地では全権委任での統治を志向されていたのかと思います。
その中でも特に一番苦労したことは何だったのでしょうか。実際には本社と現場での板挟みもあったのではないかと思います。
新貝 著書の中にも書きましたが、全権を委任されて現地に行っているはずなのに、実際は本社から四の五の言う人が必ず出てきます。ただ、いろんなチャチャを入れてくる人は大抵自分のために言っています。
京セラの稲盛さんがよく使われる言葉で「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉がありますが、私自身も、チャチャを入れてくる人には「変な動機で仕事をかき回さないでほしい」と思っていました。
一方で、さっきの出木場さんの話にもありましたが、現地で一緒に仕事をしている人から見ると「この人の方を向いていたら自分たちは大丈夫なんだ」ということを常に理解してもらっておくことが大事です。このポイントが外れると全然仕事にならなくなってしまいます。
新貝康司(しんがい・やすし)
日本たばこ産業 代表取締役副社長
1980年、京都大学大学院工学研究科修士課程修了。 日本専売公社(現JT)へ入社。1989年に渡米し、抗HIV薬Viraceptの開発等、米国新薬・バイオベンチャーとの数々の共同研究開発提携案件を発掘、推進。 1996年、JT本社に戻り全社経営企画・財務戦略を担当後、取締役執行役員財務責任者(CFO)を経て、日本、中国以外のたばこ事業の世界本社であるJT International S.A.にて2007年 英国ギャラハー社買収・統合を指揮。2011年6月より現職。2014年6月からリクルートホールディングス社外取締役。
出木場 全権を任されて現地に行っているということは、深刻な問題が起こった時に、現地のみんなが自分を向いてくるわけですよね。
「とんでもない問題が起こりました、失敗したら1000億円がぶっ飛んでしまいます」という時に、「ちょっと待って、今から東京に連絡するから」と言えないのは実はかなりしんどいことです。
こういった場面では本当に経営者としての力が試されますが、このような瞬間を何度も味わうということ自体が、きれい事ではなく、本当に大事なのではないかと思います。

属人的にならないために

新野 会社としても、お二人のような人を育てていくための仕組みをビルトインしないと、M&Aもその後の統合も属人的にできただけということになりかねません。
そのためにはどのような工夫をしていらっしゃいますか。本社から若手を現地に派遣して経験を積ませているのでしょうか。
新貝 今JTIには約200人の人が日本から派遣されていますが、その中の4割は即戦力を買われて行っています。即戦力というからには実はその人たちはJTIの入社試験を受けており、その試験に通らないとJTからJTIに行くことができません。だから、JTIに行っている人たちは当然それなりの腕がある人なわけです。
残りの6割の人は手弁当でJTからの研修で行っています。どのような人を研修で送っているかというと「私はこれがやりたい。だからこれができます」ということを一人称で言える人です。
今あることを常に疑い「本当にそうなのか、実は違うんじゃないか」と日々自問自答できる人なら更にいいです。
我々は場を提供することしかできませんが、そこで育つかどうかは本人次第なので、そのような場を数多く提供したいと思っています。それはJTIでも、JTの中でも同じです。
新野 具体的にはどうやって人を集め、育てているのでしょうか。公募をしているのでしょうか。それとも現地に行かれる方が「あいつが欲しい」といって選抜していくものなのでしょうか。
新貝 即戦力の方はどちらかというと、JTIの方から声がかかりますよね。まずは研修で行って「あいつはすごい見所があった、次はあいつを即戦力で取りたい」となるわけです。逆に言うと、今研修で行っている120人はチャンスですよね。
だからその研修の間に、どれだけ自分を実際に売り込み、将来を自ら拓けるかがキーになります。
出木場 やっぱり新貝さんがおっしゃったように、人を育てるには、その人にチャレンジングな場を提供し続けるということにつきると思っています。人を育てるというのは、なかなか機械的にやりきれるものではありませんから。
そして、最も大事なのはその人にWILLがあるかどうかです。我々の会社では、WILLを持つ人にはどんどんチャレンジをさせます。もちろんそのなかでも、うまくいったり、うまくいかなかったりはします。でもそもそものWILLがないと、仮にスキルがどんどん上がっていったとしても、何かを成し遂げることは難しいと思っています。
出木場久征(いでこば・ひさゆき)
株式会社リクルートホールディングス常務執行役員 兼 Indeed, Inc. CEO
1999年リクルート入社。旅行予約サイト「じゃらんnet」をはじめ、数々のメディアのnet化を実現した後、2009年に旅行・飲食・美容・学びなどを管轄するCAP推進室室長兼R&D担当に就11年に全社WEB戦略室室長、12年4月に執行役員を経て、同年9月にはリクルートが買収した求人サイト、米国IndeedのCEO&Presidentに就任。2016年4月より現職。

現地のリーダーとの関係は

新野 こちらから優秀なM&A担当者を送り込むことも大切ですが、現地のたたき上げリーダーに頑張ってもらうことも大事ですよね。現地のリーダーを維持できず後から来た人間だけで経営したばかりに、うまくいかないケースも多いと聞きます。
現地のリーダーに気持ちよく働いてもらう一番のポイントは何でしょうか。報酬や人事の問題も大きいと思います。
新貝 報酬の面でいうとJTIもJTもみんな職務給ですが、この点に関しては外部の人事コンサルタントに依頼して、同じようなジョブサイズの報酬がどの程度であるかのデータをもらい、我々の報酬がその上位25%に来るように常に調整をしています。
武士は食わねど高楊枝というわけにはいかないので、これはまずベースとしてやらないといけません。
また、M&Aの仕事はスケールも大きく、やっていて非常に面白いですし、携わっている人財は大きく成長もします。この成長の威力は大きいですし、M&Aの経験をすると、多くの人はまたやりたいと思います。
この成長している実感をキーパーソンに経験してもらうことが大事だと思います。
出木場 人事に関しては、「辞めるなよ」とこっちが言えば言うほど、辞めてしまうという傾向があるように感じます(笑)。だからあえて「嫌ならいつ辞めてもいいよ」と言っていますし、彼らには好きなようにやらせています。もちろん結果が出なければ交代してもらいます。こうすることで彼らは圧倒的なパフォーマンスを発揮します。
私は常に、本心から「辞めてもいいよ」と言えるように、「この人が辞めたらこうしよう」と次の設計を考えています。誰がやっても組織が回ることが健全であって「この人が辞めたら困る」というのは最も良くないことです。
新野 いくら現地の人間が気持ちよく働けるようにと言っても、買収する側としては「これだけは外せない」というポイントがあると思います。妥協してはいけないラインはどう設定しているのでしょうか。逆に、最低限守るべきことはどう定義しているのでしょうか。
新野良介(にいの・りょうすけ)ユーザベース 代表取締役社長(共同経営者) 
新貝 例えば、とても能力は高いけれど会社が大切にしている価値に反する人は困ります。
JTでいえば4S(顧客、株主、社会、従業員の4者の満足)を大切にしてほしいですし、自分がベストだと思ったら成長しなくなるので、謙虚さを持って周りから学ぶ姿勢を持ってもらいたいです。これはとても日本的な考え方ですけどね。
また、私は日々の改善活動の中にやっぱり本質があると思っています。
単に目先の製造工程の改善とか、ホワイトカラーの仕事の改善というだけではなく、改善ということが自分を客観的に見つめる効果があるわけです。改善の過程にこそ謙虚さが表れます。
新野 出木場さんはいかがですか、ハイパフォーマーでも「これだけはどうしても外してはいけない」と思う領域はありますか。
出木場 私は逆に、本当に外せないことは重要なポイントだけでいいと思っています。戦略のゴールなど本当に重要なことだけ守れれば他は合わなくてもいいんじゃないかと。「この人のこことここがダメでも、この部分がすごく良いから大丈夫」と、その人の1割ぐらいが会社の目標と合っていれば大丈夫です。
これはリクルートやIndeedが、インターネット企業だからかもしれません。インターネットビジネスは、基本的に仕事のすべてが記録に残り、数字で見ることができてしまいます。
ログが全部残りますし、例えば営業でも、どのクライアントに何回コンタクトしているのかなどはチェックできるようにしています。権限を与えるには、同時にトランスペアレンシー(透明性)が大事になりますし、これは先ほど新貝さんがおっしゃっていた謙虚さと同じだと思います。
やっぱり数字がしっかり表に出ていると、ごまかすことはできませんよね。きちんと仕事をしていないと威張れない(笑)。大事なことは透明性がある仕組みをちゃんと作ることです。
そうすると会社としては、「この部分はこいつに任せても大丈夫だ」「ここは自分もコミットしよう」といったように適切にリソースを配分することができます。
Indeedは3500人ぐらいの会社なので、また規模によっても違う視点があるかもしれませんが。

M&Aマニアにならないこと

新野 M&Aを行うプロセスで、もっとも大切なこと、また陥りやすいポイントは何でしょうか。
新貝 気をつけないといけないのは、M&Aマニアにならないことです。M&Aでうまくいったら、経営陣も担当者も熱に浮かされた感じになって、次を狙いたくなってしまう。M&Aにはそういう魔力があると思います。
出木場さんが全権を任され、相手先のターゲティングもデューデリジェンス(買収監査)もやったのに買わないこともあると言っていましたね。
私でさえ「えー! そこまでやって買わないの?」と思いましたが(笑)、それは当初の目的を基準にした、とてもまっとうな判断です。
M&Aをすると会社が大きくなり、売り上げが増えるのでナンバーワンを目指したくなります。しかし、JTでいえば、目的はナンバーワンになるよりも4Sを実現することです。
長期的に、持続的に、継続的に利益を成長させるということしかステークホルダーの利害を調整する手立てはないので、「これは本当に4Sにつながるのか」ということを自問自答することが大事です。
出木場 難しいですよね。講演でゴルフのコース設定を例に話しましたが、今でもコース設定の難しさに毎回悩んでいます。もちろん売り上げや利益は開拓しますし、3~5年で考えたらこれは間違いないなと思える案件もあります。
でも、やっぱり10年、20年、30年のスパンで考えたら「いい投資なのか、本当に血肉となるのか」と考えてしまうことは多いです。
だから結局はそこを自問自答し続けるしかないと思いますが自分の中でもまだ答えは出ていませんね。
新野 最後に、お二人はご自身の今後をどう考えていますか。
新貝 いま一番関心があるのはT-Vaporや電子たばこです。国内で生産が間に合わず、お客様からとても怒られています。
この分野は10年スパンぐらいで取り組んでいますし、これからもそうする予定です。しかし、その先をやっぱり開拓したいし、そのために自分の時間をもっと使いたいと思っています。
JTという会社は1985年に民営化した時に「心の豊かさを創造するマーケティングカンパニーになる」と標榜しました。
それはなぜかというと、たばこというものが、そういった「心の豊かさ」を提供する商材であるという確信があったからです。
ですので、「心の豊かさ」を提供する商材はたばこであってもいいし、シガレットでもいいし、T-Vaporや電子たばこでもいいので、手段にとらわれる必要はないと思っています。
そこをもっと掘り下げていきたいというのが私の課題ですが、いかんせん私も60歳を超えていますので、私がずっと前に出ていると若い人の自由な発想を恐らく妨げてしまいます。
だから次をドンドン開拓していき、若い人が育つ畑をしっかり作ってから表舞台からは去りたいと思います。
出木場 私個人としては、完全にリクルートを辞めそこなってしまった人間です(笑)。
でもこうなったら、どれだけ世界を舞台に大きなことができるかどうかを追求したいと思っています。その楽しみはすごくありますね。
まだまだアジアやアフリカの国々では、情報のインフラがしっかりしておらず、仕事をちゃんと探せていない状態が一定程度あるわけです。そういった課題を我々のソリューションで解決していきたいです。
やっぱりJTさんが素晴らしいなと思う点は、2000年ごろと比べて時価総額が本当に大きくなっていますよね。こんな日本企業はそうそうないです。
我々も、世界を舞台にもっといいプロダクトを出し、世界の人に評価してもらって成長し続けていきたいなと思っています。
(構成:合楽仁美)