【出木場久征】買収後のCEOは、全体を見て「任せる」

2017/3/2
事業会社によるM&A実施後、企業の現場ではどのような経営が求められ、どうすれば異なる組織同士を融合させることができるのだろうか。これらの点はM&Aの最終的な成否を決める重要なポイントであるにもかかわらず、表立って語られることはほとんどない。

株式会社ユーザベースが運営する「SPEEDA」はM&A、新規事業、ベンチャー投資などをテーマとするイベント「SPEEDA Conference」にて、同分野のトップランナーであるJT(日本たばこ産業)の新貝康司氏とIndeedの出木場久征氏をゲストに迎え、セミナーを開催した。その様子を5日連続でリポートする。

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統合しないPMI

次に、M&A成功のためのポイント「統合しないPMI(買収後の経営)」に話を移します。
統合は2つの会社を1つにすることなので、たいへんな労力がいります。われわれは、その手間よりも事業の成長に力を注ぎたいので統合はほとんどしません。
また買収交渉をしたリーダー自身が、買収後に、相手会社の経営に入ること。相手側のCEOが不在の場合はそれを務める前提で。実際に私も今、IndeedのCEOをしています。
買収交渉をしていたときのリーダーシップと、経営にまわってからのオーナーシップは異なるので切り替えが大切です。買収のときはすべての責任を負って何から何まで自分でやっていましたが、買収した後のCEOは、やはり全体を見て「任せる」ことが仕事になります。
「任せる」とひとことで言いましたが、実際には忍耐の連続です。以前にこんなことがありました。
ニューヨークのオフィスを、イメージアップのためにリニューアルする話になり、これぐらいの予算総額で君にやってほしい、と担当者に任せました。
出来上がったのは、入り口が宇宙へのトンネルのようになっていて、受付カウンターの周りに大きなテレビスクリーンが壁面にも天井にも貼りついた、インパクトのあるオフィス。請求書を見るとテレビスクリーンに2億円。
さすがにスクリーンに2億は冗談じゃないと思いましたが、任せた以上、引きつった笑顔で「いいね」と言うしかありません(笑)。でもその後、このオフィスが「アメリカのクールなオフィス50選」に選ばれて、メディアからの取材を受けるようになりました。
こうして、自分の感性ではやらないことをするからこそ、イノベーションが起こるんだなと改めて感じました。
この「任せる」経営は、リクルートが持ち込んだものです。私はまず始めにIndeedの14人の経営陣に「これはあなたが決めていい」「その代わりゴールはこれだ」とさまざまな権限を渡しました。そして、できればそれをあなたたちの下の部下にもやってほしいと言った。もちろん、やる人もいたし、やらない人もいました。
いちいち上にお伺いを立てなくていいので、意思決定のスピードは速くなりますし、一人ひとりの判断力も養われる。それが会社の成長につながっていると思います。
ただ「任せる」経営を組織長や担当者等の現場へと降ろしていくと、そのレベル感はどんどん低下する。でもそれは当然のことで、低下していいじゃないかと割り切っています。すべてのマネジメントをうまくやろうとは思っていなくて、長期的に勝てればいいと考えています。
よく、「私は○○さんの下で働いているけれど、権限委譲がまったく進まない。スピードが出ないので出木場さんから言ってほしい」と相談を受けることがあります。
しかし私は○○さんにすべて任せたので、彼が権限委譲しないことを突っ込むことはできない(苦笑)。このようなパラドックスもありますが、「全体が回ればいいや」と広い視野でとらえています。そうでないとスピードは保てませんから。
このようなリクルート的権限委譲は、かなり進みました。買収するまでのIndeedは、とはいってもトップダウンで決めることも多かったので、最初はその変化に驚く声もありましたね。
あと肝なのは、「変えるために、変えない」ことです。相手の会社に対して、ここを変えたいと思うことは多々あります。その時すべてを変えるのではなく、重要なポイントを変えたいからこそ、ささいなことには目をつぶることが大事です。
例えば、Indeedは本当に小さな会社だったので、アメリカの社会保険の対象になっていませんでした。保険がないと、アメリカでは骨折すると100万円近い治療費がかかるんです。若手社員が骨折したとき、「あいつは今年結婚を控えていてお金がかかるから、社内でカンパを集めよう」という話が出ていたぐらいでした。
さすがに保険のきかない会社はマズいと思い変えたかったのですが、その時にもっと重要な「変えたいポイント」のために、手をつけず我慢しました。おかげで私がアメリカでけがをした時には、旅行保険で治しました(笑)。
今はもう保険にも入っていますけどね(笑)。
出木場久征(いでこば・ひさゆき)
株式会社リクルートホールディングス常務執行役員 兼 Indeed, Inc. CEO
1999年リクルート入社。旅行予約サイト「じゃらんnet」をはじめ、数々のメディアのnet化を実現した後、2009年に旅行・飲食・美容・学びなどを管轄するCAP推進室室長兼R&D担当に就11年に全社WEB戦略室室長、12年4月に執行役員を経て、同年9月にはリクルートが買収した求人サイト、米国IndeedのCEO&Presidentに就任。2016年4月より現職。

よい会社を買収対象に選ぶ

最後に大切なポイントは、「よい会社を買収対象に選ぶ」ことです。これに尽きると思います。
何をもって「よい会社」と言うか。考え方はいろいろあると思いますが、私が思うのは「共通した価値観を持っていること」です。
これは買収に限りませんが、貴重な自分の時間を使える仕事を選ぶことが大切です。私はリクルートやIndeedのために生きているわけではなく、テクノロジーで世の中を良くすることに自分の時間を使いたいと思っています。
Indeedを買収する際には、Indeedより売り上げの多い会社や、伸びしろのあるアジアの会社を買った方がいいのではという意見もありました。とくに雇用に関する仕事なので、成果は如実に表れ、現地に貢献できる度合いが高いのはアジアでしょう。
ただ、価値観の部分でもっとも共感できたのがIndeedでした。創業者のロニーも私と同じで、売り上げよりも「テクノロジーでどう世の中を変えるか」を重視する人物でした。この考え方が近かったからこそ、仕事を抜きにしても友達になれて、今も一緒にやっていけるのだなあと実感しています。
このように、価値観を共有できる会社と互いを尊重しながらパートナーシップを築くことが、M&Aの成功につながると私は考えています。
(構成:合楽仁美)
※続きは明日掲載します。