ひとり暮らしの高齢者をサポートするエリキュー、焦点は「心」

2017/1/19

LEDライトの点灯で感情を伝える

高齢化社会の行方を考える際には、アメリカも日本を見本にしようとする。せんだっても長寿社会を考えるというテーマの会議に参加した際、テクノロジーによって長寿をどうはかれるかというトピックのところで、日本が何度も言及された。
その会議に登壇していたのが、このロボットの開発者だ。残念ながら日本人ではなく、イスラエル出身。彼の会社名はインテューイション・ロボティクス、そしてロボットの名前はエリキューだ。
エリキューは実に不思議な外見をしている。小さな卓上ロボットなのだが、顔がない。だが、身体と頭に分かれていて、頭の部分が動くことで表情が生まれ、さらに内部でLEDライトが点灯することでエモーションが感じられるようになっている。
その本体にタブレットがつく。タブレットには、家族の写真がディスプレーされたり、エリキューが薦めるサイトやコンテンツなどが表示されたりする。
実は、エリキューはひとり暮らしの高齢者の生活をサポートするために考えられている。インターネットやデジタルテクノロジーをうまく利用して、孤独にならないようにするためのインターフェースとなることを目的としているのだ。

約束の時間をリマインド、配車手配も

同社によると、イギリスでは75歳以上の高齢者のおよそ半分がひとり暮らしで、そのうちの100万人がいつも、あるいはしばしば孤独を感じるのだという(高齢者支援の慈善団体「Age UK」による2014年の調査)。さらに、36%は毎日話す相手が1人以下で、11%は毎月5日以上を誰とも話さずに過ごす。
こうした背景もあって、面と向かってのコミュニケーションよりもデジタルなコミュニケーションにますます依存することになるのだが、高齢者にとってデジタルな機器やソフトウェア、そしてインターネットサイトを利用するのは簡単ではない。かくして、エリキューがそれを助けましょうということになる。
同社のビデオを見ると、たとえばこんなことができるようだ。メールで家族が写真を送ってきたらそれを知らせて表示。返事を聞き取って送信する。
また、「ブリッジをして遊びましょう」などと誘ったりする。薬を飲み忘れないようにリマインドしたり、友達との約束の時間を伝えたり、出かける際には配車も行う。
家族とスカイプすることになっていたと告げて、すぐにつなげたり、あるいは「TEDトーク」のいいものがあるから見ないかと誘ったりする。家族には、ユーザーの家の室温などもわかるようになっており、モニター機能がいくつかあるようだ。
これを見ていると、エリキューはアマゾン・エコーやグーグル・ホームに似た家庭用AIデバイスだが、エコーやグーグル・ホームがこちらから話しかけないと起動しないのに対して、エリキューはプロアクティブに、つまりロボット自体が必要な時に起動してユーザーに話しかけるのが異なる点である。
時にユーザーの先回りをして必要な情報を伝え、時にお尻をたたいて体や頭を動かしたりコミュニケートさせたりする。もちろん、エコーやグーグル・ホームと同様、こちらから質問をしてそれに答えてくれることも可能だろう。

重要機能だけを簡単に使えるメリット

エリキューはいくつかの点で興味深い。
ひとつは、高齢者の心身のうち「心」の部分に焦点を当てたことだ。高齢者向けロボットというと、すぐに思い浮かぶのは身体をサポートするようなロボットである。実際、そうしたロボットに挑んでいる開発者は日本にも多い。だが、これは難しい挑戦だ。
一方、エリキューは現在のテクノロジーで実用化が可能なものを用いて、高齢者が苦悩するもうひとつの「心」の部分をサポートしようとする。
ただ、身体のサポートも大変だが、心のサポートも簡単ではない。今はまだプロトタイプのエリキューも、実際に製品になるまでは本当に使い勝手のいいものか、高齢者の希望に沿ったものかはわからない。だが、見逃しがちなポイントに焦点を当てたところは重要だ。
また、プロアクティブに必要な情報を出してくれるエリキューがターゲットとするのは、デジタルネイティブでない現在の高齢者だけではないだろう。
人は歳を取ると文字を書くのも読むのも面倒になる。きっとキーボードをたたくのも嫌になるだろう。おそらくデジタルネイティブの現在の若者も、高齢になると現世代よりはましとはいえ、できれば限られた重要な機能だけを簡単に利用したいと思うようになっているはずだ。
高齢者向けのテクノロジーは、いつの時代になっても必要とされるわけで、エリキューのアプローチはその点でもおもしろい。

生の人間でなくても可能なサポート

そして、インターネットやテクノロジーが高齢者の相手になれるという、思い切った判断も新しい。
通常は、生の人間でなければ本当にはサポートできないなどと考えがちだ。だが、ないものねだりではなく、ウェブ上の情報やソフトウェアだけでもかなりのことができると見込んだ結果がエリキューだろう。
もちろん、デジタルが人間の代わりを完全に務められるわけではないが、テクノロジーを積極的に捉えたところが新鮮だ。
さらに言えば、抽象的な外見と限られた動きでエモーションが表現される点もおもしろい。間違いをおかすと、エリキューは下を向いてしまうのだという。反省していることが伝わってきて、ユーザーは腹を立てる気にもならないところがデザインのミソだ。
ようやく高齢者用ロボットが出てくる時代になった。このエリキューに続くさまざまなアイデアの登場が楽しみである。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子)