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注目のコメント
見城さんはいつも、こうして暗闇でジャンプする。明るいところでジャンプをしても鮮やかな結果は出ない。
しかし暗闇でジャンプをすると大怪我を負うかもしれない。取り返しのつかないことになるかもしれない。それでも跳べ、と見城さんはいつも著書や755で言っている。その態度はこんな言葉にも現れている。「出来るか出来ないかではなく、やるかやらないか、それだけだ」
卑近な例で恐縮だが、私の話を。
今年1月の頭、存続の危機に陥った福島第一原発近くの高野病院のニュースを見た。私は、瞬間的に「自分が行く」と決めた。もちろん福島に縁もゆかりもないし、どんな病院かもわからない。それでも、僕は跳んだ。闇雲に跳んでみた。もちろん私が死亡するリスクもあったし、そうでなくても100人以上の患者を一人で診るという過酷な生活になることが予想された。
2ヶ月の院長生活を終え、今になって痛感する。私はあの2ヶ月で、36歳という歳では極めて得難い貴重な経験と、生涯忘られぬ思い出を得た。小さいジャンプだったが、着地に失敗したら大怪我を負ったかもしれない。
見城さんの起業と自分の小さいジャンプを同じにするのは失礼だが、それでも私が高野病院院長に手を挙げた背景には、「暗闇でジャンプ」という見城哲学が僅かなりとも著書や755での交流、リアルの交流で私の体に染み込んでいたのだとこの記事を読んで思った。「100人が100人、君が失敗することを望んでいるんだ。そのことだけは憶えておけよ」
こう言われて99人は失敗するだろう。周りの目というのは、案外当たる。
しかし見城さんは成功した。圧倒的な粘りだ。相手にいい顔しない。既得権と戦う。慣習への反骨精神。
岡本太郎さんが「迷った時は死んじゃう方を選ぶんだ」と言ったというのを読んだことがある。
見城さんはいつも「死んじゃう方」を選んで鮮やかな結果を出している。
私ならあっという間に死んでるだろう。真似できない。私も六年前、経営コンサルティングを辞め、震災復興に全ての力を投じるという、「暗闇で跳ぶ」経験をしました。
私なりの暗闇から抜け出すための方法論は2つです。
1つは「限度を決める」こと。東北に行くには交通費や経費がかかります。当時まず「100万円までは自腹で経費を出し続ける」と決めました。結果として、数ヶ月で必要な費用を用立てることができ、活動を継続できました。
もう1つは「時間を決める」こと。何も成果がでなくても一年全力で続けると、周りが息切れしてきて、生き残ることができます。六年前には恐らく日本中で「東北のために何かしたい」と考えていましたが、一年もたてばそうした人は東北の外だと数千人程度に減りました。
何かしらの分野で成功するためには、他人に負けずに正しく進み続けることと、その気持ちを支えられる環境が必要であるように思います。