【解読】ヘッジファンドの帝王。レイ・ダリオの「徹底原則」

2016/12/30
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事「世界最大のヘッジファンド、社員の脳でアルゴリズム構築」によると、ヘッジファンドのブリッジウォーターは、経営を自動化するプロジェクトに挑んでいるという。この世界最大のヘッジファンドを率いるレイ・ダリオとはいかなる人物なのか。その人物像と思想の一端を紹介する。

12歳で投資に目覚める

世界には、頭のいい人間は山ほどいる。しかし、独創的な思考によって、独自の世界観を生み出し、結果を出し続けている人間はそうそういない。
その数少ない例が、以前も紹介した投資家のピーター・ティールだ。
【総集編】トランプの側近、ピーター・ティールの逆張り人生
そのティールに勝るとも劣らない存在感を誇るのが、レイ・ダリオである。彼の率いるヘッジファンド、ブリッジウォーターは、現在約1600億ドルの運用資産を誇り、世界トップに君臨している。
彼が、“投資”と初めて出会ったのは12歳のときだった。
ジャズミュージシャンの父と専業主婦の母の元に生まれた一人っ子のダリオは、12歳のときに始めたキャディーのバイト中に、客が株の話をしているのを耳にした。それが、投資に興味を持つきっかけとなる。
バイトで稼いだ300ドルで購入したノースイースト航空(1972年にデルタ航空が買収)の株は、またたくまに3倍へと上昇し、投資の面白さに目覚めることになる。
その後、成人したダリオは、ハーバードビジネススクールを経て証券会社に就職したものの、上司とケンカしてクビになり、1975年、26歳のときにヘッジファンドを創業した。
これがブリッジウォーターの始まりだ。

「反省+苦痛=進歩」

ブリッジウォーターは創業から一貫して好成績を残し、2011年には、業界トップとなる138億ドルもの運用利益を叩き出した。
今年は苦戦しているものの、浮き沈みの激しいヘッジファンド業界にあって、ダリオのファンドは一貫して好パフォーマンスを維持している。
彼が成功し続けているのはなぜなのか。
その秘訣としてダリオは、「プリンシパル(原則)を重視する企業カルチャー」を挙げている。
そのプリンシパルの詳細についてはホームページで公開されているが、彼の言うプリンシパルとは、自分の価値観と行動をつなぐ哲学のことだ。自然界や人生における法則をうまく扱う方法とも言える。
メディアにはほとんど登場しないレイ・ダリオ。その思想を知るいちばんの手がかりは、ホームページ上で公開されている「プリンシパル」だ。(Photo by Thos Robinson/Getty Images for New York Times)
プリンシパルはなぜ重要なのか。
それは、プリンシパルの質と強さによって、仕事における勝率が変わってくるからだ。
判断を誤らない人間はこの世に存在しない。しかし、判断が当たる確率には大きな差がある。
野球において、打率が2割であるか3割であるかの間には、雲泥の差がある。同じことが、マネジメントの判断にも当てはまる。勝率3割のリーダーか、2割のリーダーかによって、その会社や部署の命運は大きく変わるのだ。
投資においても、自分のスタイル、フォームを持っている人は、負けることはあっても負け続けることはない。一方、頻繁にスタイルを変える人は、一度大勝ちすることがあっても、いつかは大負けしてしまう。
ダリオのすごさは、自分の頭でプリンシパルを考え抜き、それを経験や対話をとおして、絶えず練り直して行く力にある。
ダリオが掲げるのは、「反省+苦痛=進歩」という方程式だ。
自分の失敗や過ちを認めるのは誰にとっても苦痛にほかならない。失敗の経験が乏しい優等生であればなおさらだ。
しかし、そこで現実から逃げず、自己を省みることで、新たな進歩を得られる。このシンプルな方程式をいかに徹底できるかによって、プリンシパルの質と強度が決まっていくのだ。
ダリオは、自分と向き合うために、瞑想を日課としている。
映画監督のマーティン・スコセッシとの以下の対談では、瞑想についてこう語っている。
「瞑想で私の人生はすっかり変わった。私は出来の悪い学生だったが、瞑想を始めてから思考が明晰になった。おかげで独立して、自由に仕事ができるようになった。瞑想からたくさんの恩恵を得られたのです」

イノベーションの障壁はエゴ

ダリオは人生で築き上げた、210のマネジメント・プリンシパルをホームページで公開している
その内容は、単なる抽象的な哲学ではなく、仕事に役立つ実践的なノウハウにまで落とし込まれている。
ダリオは新入社員にはそれを必ず読ませて、プリンシパルを遵守させているという。そのため、ブリッジウォーターはカルトとも揶揄される独特のカルチャーを持っている。
そのカルチャーの軸となるのは、透明性と卓越性、完全なる正直さとアカウンタビリティーだ。
ダリオは「創造性とはオープンマインドと集中から生まれる」と主張している。そして独立した思考こそが重要であり、イノベーションを阻む最大の障壁はエゴであるというのが、ダリオの持論だ。
会社内では、人間関係や上下関係にとらわれず、オープンに議論できる雰囲気を保つためさまざまな工夫がなされている。
陰口は御法度で、「本人に直接言えないことは口にするな」というのが決まり。そのルールを徹底するため、社内での会議等における発言をすべて録音し、誰もが聞ける仕組みにしているほどだ(前出のWSJの記事よると、今年から一部の制度を改め、約10%の社員だけに「徹底した透明性」を求めているという)。

生産的な会議、ダメな会議

最後に、ダリオのプリンシパルのうち、興味深いものをいくつか列記してみよう。
・生産的な会議について(33番目のプリンシパル)
もっとも良い答えが生み出されるのは、スマートでコンセプチュアルな思考ができる人が3〜5人集い、オープンに議論できる会議である。
「1+1は3」になり、「2+1は4.25」になるが、その限界的なメリットは逓減していく。したがって、どんなに良いメンバーをそろえても、6人を超えると、皆を満足させる答えに行き着くことが難しくなる。
2番目に良いのは、コンセプチュアルでスマートなリーダーが1人で決めることだが、これは1番目の会議に比べるとかなり劣る。
そして、最低なのが、コンセプチュアルな人間が参加しない大人数の会議である。
・学校の成績について(56番目のプリンシパル)
学校の成績は、記憶と処理速度、そして、上司や会社の指示や方向性に従う能力と意志を測る指標にはなるが、コモンセンス、ヴィジョン、創造性、判断力という点では限られた意味合いしか持たない。
・思考と行動について(168番目のプリンシパル)
考える前に行動するな。行動するまでには最低数時間はゲームプランを考えよ。
・決断について(202番目のプリンシパル)
ベストな決断とは、悪い点より良い点が多いものであって、悪い点がないものではない。
ヘッジファンドの帝王、レイ・ダリオ。昨年の個人としての報酬は14億ドルに上るという(写真:AP/アフロ)
ここで詳細は記さないが、「問題事業を立て直すための5ステップ」を記した162番目のプリンシパルも秀逸だ。
ダリオのプリンシパル集には、巷のビジネス本より断然多くの知恵が詰まっているので、一読をおすすめする。
ダリオのような上司の下、ブリッジウォーターのような会社で働きたいかどうかは別問題だが、彼の思想からは、ビジネスや組織やイノベーションを考える上で、多くのヒントが得られるはずだ。

教養の柱は、経済史

自らの勉強と経験によって、揺るぎないプリンシパルを練り上げたダリオが、もうひとつ傾注しているのが経済史の勉強だ。
彼がもっとも役立った本として挙げているのが、歴史家のウィル・デュラントが書いた「レッスンズ・オブ・ヒストリー」(未邦訳)である。
デュラントは、アメリカを代表する歴史家であり、32巻からなる世界史の通史が日本語訳でも出版されている。「1960年代末からの経済史はそらんじている」というダリオは、経済史をひもとくことで、さまざまな法則を導き出している。
たとえば彼は、国がたどる道筋を5つのサイクルに分けている(参照:Productivity and Structural Reform:Why Countries Succeed & Fail, and What Should Be Done So Failing Countries Succeed )
①初期新興国:貧乏であり、貧乏だと思っている。
②後期新興国:豊かになりつつあるが、まだ貧乏だと思っている。
③初期先進国:豊かであり、豊かだと思っている。
④後期先進国:貧乏になりつつあるが、まだ豊かだと思っている。
⑤デレバレッジと相対的衰退に陥り、それを緩やかに受け入れる。
このサイクルを戦後の日本に当てはめると、①が戦後まもない時期で、②が高度成長期、③がバブルを謳歌した1990年まで。そして、④が「失われた20年」であり、今は⑤のプロセスに突入したところだ。
国も人間と同じように年を重ねて同じサイクルに陥るというのが、レポートの結論だ。このサイクルを破った国は過去に存在しない。それだけ未知な戦いに、これからの日本は挑むことになる。