デジタル決済サービスに申し込み殺到

 Paytmの設立者ビジェイ・シェカール・シャルマのツイッターは、ここ2週間というもの頻繁にアップデートされている。
 インド中部の都市ボーパールの道端の卵売りから、バンガロールのソーダ売りまで、シャルマは人でごった返す往来で商いに励むインド特有の商人たちの写真を載せてきた。彼らは今、デジタル決済サービスのスタートアップ、Paytmに助けを求めているのだ。
 ナレンドラ・モディ首相が、インドの2つの高額紙幣を廃止して国中にパニックを引き起こして以降、多数の人々がインド最大のデジタル決済サービスに申し込みをした。そのなかには、小規模な魚屋や八百屋、人力車の車夫たちも含まれていると見られる。
 紙幣廃止の目的は「ブラックマネー」をなくすことだったが、誕生したばかりのインドのオンライン金融業界にとっては、これはまたとない好事となりそうだ。紙幣廃止はデジタル決済を主流にし、時代遅れのインド経済を21世紀に向けてけん引してくれるかもしれない。
 決済の90パーセント以上が現金で行われているインドで、シャルマは今回の紙幣廃止をチャンスだと考えた。Paytmは数時間のうちに、最大手の新聞に掲載する全面広告を作成した。
「Ab ATM Nahi, Paytm Karo(ATMではなく、Paytmを使おう)」
 アリババの支援を受けるこのスタートアップは11月23日、「インド初のモバイル決済サービス」と銘打ったサービスの概要を打ち立てた。アプリをアップデートして、クレジットカードとデビットカードによる支払いができるようにしたのだ。

「戸惑いや抵抗は一夜にして消えた」

 バンガロールに拠点を置くベンチャーファンド、プライム・ベンチャー・パートナーズのマネージング・パートナー、サンジェイ・スワミは「まるで黒い霧が晴れたようだ。インドにおけるフィンテックの可能性は今、計り知れないほど大きく見える」と語る。
 同社はこれまでに、フィンテック系スタートアップ7社に投資してきた。「市場規模についての疑問はどこかへ行ってしまった。主要各社はたちまち大きくなり、その評価額は跳ね上がるだろう」
 500ルピー紙幣と1000ルピー紙幣の流通が中止されたことにより、ビジネス界はその対策に大わらわとなった。パニック状態になった市民は、旧紙幣を新しいものと取り換えるため銀行に押し寄せた。
 デジタルキャッシュに走った人も大勢いたことは、オンライン決済サービスのスタートアップ数が日々増えていることからわかる。
 10億人以上の人口に対してクレジットカードは2500万枚以下というインドにおいて、One97 Communicationsが運営するPaytmやそのライバルFreeChargeなどは、数日のうちに驚くほどの成長を遂げた。
 ユーザー数4000万人、加盟店数25万店のMobiKwikでは、ここ1週間だけで75倍の取引件数があったという。
 MobiKwikの共同設立者ウパサナ・タクは「こんな時は2度と来ないだろう」と語る。デリーに拠点を置く同社は、セコイア・キャピタルやシスコ・インベストメント、アメリカン・エクスプレスから支援を受けている。
 「デジタル決済を取り入れることへの戸惑いや抵抗は、一夜にして消え去った。デジタル決済の利用者が爆発的に増加し、我々のビジネスも日々増え続けている」

高まるフィンテック投資家たちの期待

 紙幣廃止前でさえ、インドのデジタル決済は急増すると考えられていた。2016年7月のグーグルとボストン・コンサルティング・グループの見積もりでは、市場規模は2020年までに現在の10倍である5000億ドルになる可能性があるとされている。
 状況はまだ発展途中であるものの、インドはフィンテック投資家たちにとって、まれにみる明るい場所になる可能性がある。
 KPMGとCB Insightsによれば、世界的に見るとフィンテックへの資金提供とその取引は、2016年7月~9月期に2四半期連続で減少した。しかしインドでは違う。MobiKwikのタクによれば、投資家たちから「いくら欲しいか」と聞かれるとのことだ。
 Paytmの最新の評価額は50億ドルであり、決済ビジネスを担当するアリババの関連会社アント・ファイナンシャルや、メディアテックをはじめとする投資家たちから支援を受けている。
 Paytmは自社アプリを10種類のインドの言語で展開し、多数の店舗と契約し続けている。そして、モバイル決済の店舗には取引手数料ゼロにすると発表。新規に加盟した近隣の店舗や行商人のためには、Paytmから銀行口座への送金手数料をただにした。
 紙幣廃止以降、Paytmのユーザー基盤は1億5000万人に達し、1日の取引件数は平均700万件になったという。これは、インドでのクレジットカードとデビットカードを合わせた1日の取引件数平均より多い。今年のPaytmの流通総額はこれまでで50億ドルで、すでに2015年の30億ドルを超えている。
 インドの中央銀行であるインド準備銀行(RBI)は11月22日、この業界をさらに沸かせる策を発表した。暫定的にプリペイドの限度額を引き上げ、小規模店や消費者が電子決済を取り入れやすくしたのだ。
 プリペイドカード大手、ItzCashの取締役社長でインド決済協議会会長も務めるナヴィーン・スーリヤは「顧客はプリペイドのウォレットを使って日常的な決済ができる。小規模店はPOS端末などのインフラを整えなくても、デジタル通貨を扱えるようになる」と語っている。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Saritha Rai記者、翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、写真:Instants/iStock)
©2016 Bloomberg News
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