2020年、古いスポーツ界が変われば、ニッポンが変わる

2017/5/1
スポーツ界は日本社会の先行事例であり、同時に変われないニッポンの縮図でもある──。
経済メディアのNewsPicksはそうした視点を持ち、スポーツの記事に力を入れてきた。
個人的には2020年東京オリンピックが近づくにつれ、その意義が特に問われるように感じている。人口減少、高齢化社会を突き進む我が国は、最後の“変革のチャンス”を迎えているからだ。
2015年、スポーツを起爆剤にさまざまな活性化につなげようと、スポーツ庁が誕生した。その発信で最も目を引くのが、スポーツ市場を2012年時点の5.5兆円から2025年までに15兆円に拡大しようとしていることである。
ちなみに5.5兆円という数字は2013年の中食・惣菜市場規模とほぼ同額(富士経済調べ)で、15兆円は2016年の消費者向け電子商取引(EC)市場とほとんど同じだ(経済産業省調べ)。
日本国内のスポーツ市場規模は2002年の7兆円から5.5兆円まで下がっているにもかかわらず、スポーツ庁が高い目標を掲げるのは、それだけ成長の余地が残されているからにほかならない。

変革のラストチャンス

たとえばアメリカに目を向けると、スポーツ産業の規模は1995年時点の18兆2000億円から2013年には56兆4000億円まで膨れ上がっている(Plunkett Research & U.S. Bureau of Economic Analysis)。
一方、教育やアマチュアリズムが重視される日本のスポーツ界では長らく「スポーツでもうけてはいけない」とされてきたが、その流れは変わりつつある。
顕著な例が、親会社の広告塔として赤字を垂れ流してきたプロ野球で、NewsPicksで連載している福岡ソフトバンクホークス横浜DeNAベイスターズのように“プロ経営”を取り入れた球団は確かな成果を上げている。両者が示すように、スポーツビジネスの視点は、これからのニッポンスポーツが繁栄するために不可欠だ。
「する」「見る」「支える」という側面があるスポーツには、さまざまな方面への波及効果も期待される。たとえば地方創生やスポーツツーリズム、健康促進による医療費抑制などだ。そうした多角的視点に立ち、スポーツが国の活性化にどうつながっていくかを取材すれば、興味深い記事が書けるに違いないと考えた。
だが取材を重ねるにつれ、改めて目の当たりにさせられたのはスポーツ界に山積する問題だった。それは同時に、日本社会が抱える課題とも共通するように感じられた。
2020年を前に変革のチャンスにあるいま、諸問題を根本的に見つめ直さなければ、ニッポンスポーツの繁栄はない。「スポーツ大国への道」という仮タイトルでスタートした特集は、取材を進めるうちに、「ニッポンスポーツの岐路」に変わっていった。
利権争いや時代遅れの価値観(もちろん古き良きものもたくさんある)、事なかれ主義がはびこるニッポンスポーツは、少子化による競技者人口減少、パイの縮小という大波に飲み込まれる前に、旧態依然とした方法を改めないと手遅れになるのは間違いない。

産業拡大、地域活性、人材育成

特集の第1回は、スポーツ庁の鈴木大地長官へのインタビューをお届けする。世の中に変革を起こすのは民間の仕事だが、その前に、国がどういう青写真を描いているのかを知ってほしい。民間で変化の兆しが起こりつつあるからこそ、国が後押ししようという側面もある。
第2回は、2019年に自国開催のワールドカップを控えるラグビー界について。2015年W杯では五郎丸歩ブームが日本を席巻したが、あっという間に消え去ってしまった。なぜ、ラグビー界は人気拡大のチャンスをつかめなかったのか。
その裏にある構造的問題と、世界最高峰リーグ「スーパーラグビー」に参戦しながら古い体制を変えようとする日本ラグビー初のプロチーム「サンウルブズ」について紹介する。
第3回で取り上げるのは、Jリーグのアルビレックス新潟だ。「サッカー不毛の地」でホームスタジアム「デン力ビッグスワンスタジアム」に4万人超の観客を集める人気クラブとなったものの、2005年をピークに観客動員は減少している。
クラブ創設以降の第1フェーズでは“地方活性化”のモデルケースとなったが、第2フェーズではうまくいっていないのが実情だ。現在の停滞を乗り越える方法はあるのか、中野幸夫社長へのインタビューや、さまざまな“アルビレックス”の活動などを通じて探っていく。
第4回は、ゼビオアリーナ仙台を運営するクロススポーツマーケティングの中村孝昭社長へのインタビューを通じ、成功するアリーナのあり方を考える。Bリーグの仙台89ERSなどが使用するゼビオアリーナ仙台は優れた音響や臨場感あるつくりが特徴で、日本では数少ない“本物のアリーナ”だ。「民設共営」型というスキームによる地域、他企業との共存共栄も注目されている。
「スタジアムとアリーナを一緒にして考えないほうがいい」という中村氏の主張には、アリーナビジネス、マイナースポーツの繁栄の仕方など、さまざまなヒントが詰まっている。
第5回では、早稲田大学OBらが2003年に立ち上げた地域総合型クラブのワセダクラブの取り組みを紹介する。近年、部活動のあり方が見直される一方、文部科学省の「スポーツ基本計画」では地域スポーツの環境推進が書かれてきた。しかし現状、その取り組みがうまくいっているとはいえない。
部活の限界が見えてきたいま、今後の地域スポーツや、子どもたちの運動環境のあり方を考えていく。学校の部活動にしろ民間クラブにしろ、子どもたちを伸ばしていく仕組みをつくらなければ、ニッポンスポーツに明るい未来はない。
第6回は、これからのジュニア世代の育成について見ていく。少子化が進む昨今、各地方自治体や競技団体が才能を秘めた小学生・中学生を伸ばそうと、力を入れているのがタレント発掘事業だ。さらにマルチスポーツの必要性が叫ばれるなか、幼少期からの運動能力向上プログラムも密かに注目を集めている。
福岡県のタレント発掘事業、そして東ドイツから伝わったコオーディネーショントレーニングを行うオールアルビレックス・スポーツクラブの取り組みを通じ、子どもたちの育成のあり方を掘り下げていく。
第7回は大学スポーツ改革について、アンダーアーマーの日本総代理店であるドーム社の安田秀一社長に話を聞いた。同社はアカデミック・インフラストラクチャープロジェクトを通じ、スポーツを軸として日本の学校教育を世界レベルに引き上げようと取り組んでいる。
アメリカのNCAA(全米大学体育協会)と日本版NCAA構想の違い、日本の学校スポーツの問題点、その先にある日本社会に求められる変革について取り上げる。
2020年まで、あと3年。東京オリンピックは、ニッポンのスポーツ界にとって千載一遇の機会だ。
果たして、本質的な意味で、ラストチャンスをモノにすることはできるだろうか。これから数年間で変わることができなければ、その先に待っているのは暗い未来だ。
ニッポンスポーツが迎えている岐路は、当然、日本社会につながっている。
(写真:efks / iStock)