次々とタバコを吸い続ける、肺疾患の研究専用ロボット

2016/11/10

ハーバード大学ワイス研究所が開発

「人間のようなロボット」というと、すぐにヒューマノイドやアンドロイド的ロボットを想像してしまうのだが、もうひとつの道がある。それは、人間の「機能」を模すことで研究や開発に役立てようという目的で作られるロボットだ。
先頃、ハーバード大学のワイス研究所が開発したロボットは、まさにそんなロボットのひとつだろう。このロボットは、ひっきりなしにタバコを吸う人間をまねるものだ。
タバコを大量に吸うことが健康に悪いという事実は、もう誰もが知っている。
肺がんを含めたがん、心筋梗塞や末梢血管障害などの心血管障害、消化器疾患になる確率が高まることがよく知られている。がんではないが、気管支や肺に異常をもたらす慢性閉塞性肺疾患(COPD)も喫煙が原因で起こる。
このロボットは、そのCOPDの研究のために作られたものだ。COPDは、世界で第3位の死因だという。
COPDは、タバコの煙などの有害物質を吸引することで、気管支に炎症が起きてせきやたんが出たりするほか、肺の中の袋状の肺胞が破壊されて肺気腫を招いてしまった状態である。呼吸がしにくくなり、体を動かした際には息切れを感じたりするようになる。

「気道を模した装置」に煙を送り込む

ワイス研究所が作ったのは、何本ものタバコを次々に吸えるロボットで、COPDがタバコの喫煙によって実際にはどう起こるのかを研究するためのものだ。
ロボットは人間のかたちこそしていないが、まるで人間が呼吸するように息を吸ったりはいたりする。1本吸い終わると、回転して次のタバコが設置され、自動的にライターで火がつけられる。
このロボットの向こう側には、人間の気道を模したチップが設置されており、そこに健康な人とCOPD患者の細胞が取り付けられている。
ロボットも含めたこの装置は、タバコの煙がその気道を通過することによって、それぞれの細胞がどんな病理的な変化を起こすのかを見せてくれる。健康な人と患者の両方を実験することで、一般的な影響と個体性による病変の両方を調べたいという。
こうした実験には、これまではマウスが使われていたが、時間やコストがかかる。また、マウスは人間のように自分の意思で口からタバコを吸うことができない。煙で充満した部屋に入れても、受動的に鼻から吸い込むことしかできないため、影響を正確に知ることができなかった。
人間の細胞を利用した場合でも、タバコの煙を液状にしたものを利用するので、本当の煙に細胞が露出していた際の影響を研究することができなかったという。

人間の「機能」再現で広がる可能性

医療や生物の研究室で行われる実験は、時間がかかるうえ、何度も同じ手間を繰り返すことが多い。
今、こうした分野にロボットが進出していて、試験管に正確に微量の試験薬を入れるのに使われたり、試験管を振って内容物を混ぜたりするのにも使われている。
それらが産業用の自動化ロボットの研究室への応用だとすれば、このワイス研究所のロボットは、ヒューマノイド・ロボットの実験室での利用だろう。人間的な機能やしくみをロボットによって再現することで、効率的に、また無駄に動物を利用することなく実験ができるのだ。
ワイス研究所は、正式にはワイス応用生物学エンジニアリング研究所という名称で、直訳すると「生物を模したエンジニアリングのためのワイス研究所」となる。エンジニアリングの中に、生物のしくみや成り立ちを参考にした知識を盛り込もうというアプローチだ。
ヒューマノイド・ロボットの意味も、このアプローチでもっと広がりを見せる可能性がある。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子)