海上を走り、人命救助に向かう「ブイ型ロケット」

2016/11/3

大波を乗り越え、ジェットエンジンで前進

地面を走行するロボット、空を飛ぶドローンと、ロボット技術は世界のいろいろな環境に姿を見せ始めている。そして、もうひとつ忘れてはならないのが海上だ。
海上では、すでに気候やハリケーン、潮流などを観察するロボットが活躍している。定点にとどまって、センサーで環境を計測して報告するものだ。
だが、それ以外にもっと積極的な役割を果たすロボットもある。注目を集めているのは「エミリー(Emily)」という人命救助のための航行するブイだ。
エミリーは、4フィート(約1.22メートル)長のシリンダー型のロボットで、ジェットエンジンで前進する。
前半身を上方向へ傾けているのは、大きな波にものみ込まれることなく目的地へ達するためだ。9メートル以上の高さの波でも乗り越えていくという。

遠隔操作で、洪水被害や難民救助にも

エミリーはこれまで、アメリカで波に流されたサーファーやアジアで洪水被害を受けて動けなくなった住民を助けてきた。
ヨーロッパの海を渡ってくる中東やアフリカ難民が海上で難破した際にも、人命救助手段として用いられてきた。シリアからの難民300人をギリシャ沖で救助した実績もある。
ヘリコプターでは間に合わず、人が泳いでいくこともできないほど水温が冷たいとか海が荒れているといったときに、エミリーなら海岸から出発させて海上の目的地を目指す遠隔操作が可能だ。
時速35キロ以上の速度で水面を前進し、あっという間に人々のそばに到着する。バッテリーは速度にもよるが、最速ならば30分あまり持つ。
エミリーはブイでずっと浮き続けるため、人々はとりあえずエミリーにつかまって本格的な救助を待つことができる。だいたい8人までが1つのエミリーに腕を回して浮かび続けることができるという。
あるいは、救命衣を載せて届けることも機能のひとつだ。海岸に近ければ、ひもにつなげて引っ張って引き寄せることも可能で、最長730メートルまでの牽引(けんいん)ができる。
また、重量が十数キロなので、ボートや橋、ヘリコプターから投げ込むことも簡単だ。
現在は遠隔操作で前進するが、エミリーを開発する会社ではいずれ自律航行式にすることを計画中という。
自律航行式なら、目的地を指定すればGPSを利用してまっすぐそこへ向かう。人間が操作するよりも格段に確実だろう。

海洋哺乳動物の観察技術から発展

現時点では、どんなに荒れた海でもバランスを崩すことなく航行できるのが、エミリーの大きな特長だ。
最新型には双方向マイクやカメラが付けられているので、陸上とコミュニケーションもできる。本格的な救助はこれからでも、人の声が聞こえるだけで難破した人々はどれほど安心するだろうか。
エミリーは言わばロボット浮き輪のようなものだが、これまでこうしたものがなかったのが不思議と言えば不思議だ。
エミリーも、実は最初から人命救助の目的のために作られたものではなかった。
もともとは、海軍研究所などとの共同開発で、15年ほど前に海洋に生息する哺乳動物を観察するためのドローンとして考案された。それが後に、アフガン・イラク戦争時には偵察ドローンに使われ、その後要素技術が人命救助の航行ブイになった。
技術は目的に合わせて、いかようにもかたちを変えるという典型的な例だ。
ただ前進するだけの簡単なしくみしかないロボットだが、その機能が果たす意味は大きい。こういった技術の使い方が求められる分野が、まだまだあるはずだ。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:© 2016 EMILY All rights reserved)