陽岱鋼が去っても台湾人客は来るか。野球×学問で探るヒント

2016/10/8
今季のプロ野球は10月8日からポストシーズンに突入、日本一に向けた戦いはクライマックスに向かっている。
この時期、ファンが熱い視線を注ぐのはグラウンドレベルだけではない。糸井嘉男(オリックス)や岸孝之(西武)、平田良介、大島洋平(ともに中日)、森福允彦(ソフトバンク)、嶋基宏(楽天)といった一流選手たちがフリーエージェント(FA)権を獲得し、去就に注目が集まっている。
そのうちの一人が、北海道日本ハムファイターズの陽岱鋼だ。
走攻守の三拍子そろい、ファンから高い人気を誇る陽岱鋼
リーグを代表するこの台湾人外野手についてさまざまなニュースがあふれているが、本連載の視点から見て、一つ気になることがある。
台湾人のインバウンドに力を入れているファイターズにとって(参照記事)、どんな影響が出るのだろうか。
そのヒントになるのが、北海道大学観光学高等研究センターと結んだ産学連携協定だ。

球場=「気軽に行ける娯楽施設」

先週、スポーツライターの田尻耕太郎氏がホークス連載で日本スポーツマネジメント学会のセミナーについてリポートしてくれた。
その中で同氏は産学連携の意義について、「経験や感覚に頼りがちだったスポーツビジネスを、学問というフィルターを通して分析する。数値を出してエビデンス(根拠・証明)をとるのが学問である」としている。
今年、ファイターズが北海道大学観光学高等研究センターと行った調査は、まさにこうした視点によるものだった。
2014年、北海道にやって来た154万1300人の外国人のうち、最も多かったのが台湾人で47万2700人。彼らはリピート率が高く、77.2%が2度以上来日しているというデータもある。
そこでファイターズは札幌ドームでの興行について、「施設や食事、面白いイベントがあると野球以外のことを含めてPRし、子どもからお年寄りまで満足できる場所」と打ち出してきた。
もちろん台湾のスーパースターである陽岱鋼は大きなフックになる一方、それ以外の「エンターテインメント施設」「夜に気軽に出かけられる場所」と、魅力的観光地という視点からもアピールしている。
果たして、その狙いはどれくらい当たり、台湾人客にどこまで伝わっているのか。
今回北大と結んだ産学連携協定により、台湾人留学生の協力を受けて4月、7月に計6回調査が行われた。

球場で「違う楽しみ方」を発見

札幌ドームの場内で台湾人留学生が台湾の旗を持ち、陽岱鋼のデザインされた赤いTシャツを着て調査を実施。
赤いTシャツを着てヒーローインタビューを受ける陽岱鋼
1試合あたり15〜20人ほどの台湾人ファンが来場していることがわかった。
客層として最も多かったのが20〜30代の男性だ。彼らが妻や彼女を連れて来場するパターンがとりわけ多かったという。
来日経験としては、「2〜5回目」が最多で57%。「6〜10回目」が21%、「11〜50回目」が11%で続く。「1回目」は7%で、「100回目」という超親日家が1%いる。
一方、札幌を訪れた回数を見ると、「1回目」が最多の59%、「2〜5回目」が35%、「6〜10回目」が3%、「100回目以上」が2%となっている。
以上の結果について、ファイターズ事業部の佐藤拓氏はこう分析する。
「夜のエンターテインメントや食事を楽しみにしている方が多く、もともと野球場は台湾人訪日客にとって選択肢の一つになる可能性があると思っていました。台湾人に日本へのリピーターが多いということは、最初は一般的な観光地に行って、また来るときには違う楽しみ方を探している。それでファイターズ観戦にたどり着いた方も結構いたのだと思います」

観光施設として魅力アピール

一方、自由意見にはこうした回答が集まっている。
「陽岱鋼選手のために来た。陽岱鋼選手のためにまた来る」
「施設もきれいで雰囲気も大変素晴らしいと思う」
「公式サイトで選手の紹介を見たい」
「来て本当に良かった。ぜひまた来たい」
最初の声のように、陽岱鋼という台湾人スター選手は大きなフックになる。
ただ、選手の移籍はいつでも起こりえることであり、いつかは引退の時期がやって来る。それまでに1度来てもらったファンに対し、どうやってリピーターになってもらうかが運営サイドにとって重点的に考えるべきことだ。
そのうえで「施設がきれい」という声は、国内にドーム球場のない台湾人ファンに対して魅力を訴えられた証しだろう。
野球だけでなく、観光施設としてアピールしていこうとする球団の姿勢が、台湾人ファンに届いていることがうかがえる調査結果だった。

人材交流による新たな視点

ファイターズと北大による産学連携の目的は他にもある。人材交流、スポーツツーリズム、地方活性化が主なところだ。
そのうちの人材交流として、ファイターズは北大から3人のインターン生を受け入れている。
学生たちは専攻の「観光学」にとらわれすぎず、ファイターズのマーケティング活動を通じて何かを研究に生かそうという姿勢だ。職業体験の機会として行っている者もいる。
彼らは月に1回のペースで、リポートを書いて発表を行う。
たとえば他球団とファイターズのチケットを比べると、どんな特徴が見えてくるのか。他球団の取り組みについて、ファイターズにどうカスタムできるか。
20代前半という若い学生ならではの視点があり、ファイターズにとって生きたヒントになる。

学術機関との連携で北海道活性化

もともと、ファイターズは同じ札幌にある北大とさまざまな連携を行ってきた。
たとえば、選手がケガをした場合に北大病院で診てもらう。一方、北大病院の院内学級にいる子どもたちを選手が慰問する。シーズンオフになると、トレーナーやコンディショニングコーチがメディカルの講義を行うこともある。
そうした関係を築いていた相手と今回、産学連携という新たなアプローチをしているわけだ。
北海道に本拠を置き、地元の球団として道民のために何をできるかと考えて行動しているファイターズ。
学術機関と連携して新たな可能性を模索しようとする姿勢は、スポーツチームの地域密着&活性化という点でも意義がある。
(写真:©HOKKAIDO NIPPON-HAM FIGHTERS)