【楠木建×横山由依】アイドルと大学教授はここが似ている

2016/10/2
AKB48グループの2代目総監督を務める 横山由依さんがNewsPicksのプロピッカーと対談する新連載「教えて!プロピッカー」。政治・経済からカルチャーまで、第一線で活躍しているキーパーソンと対談し、基礎から学んでいく企画だ。
今回のゲストは一橋大学の楠木建教授。 後編では努力についての考え方、そして横山由依さんの今後のキャリアについて話が及んだ。

努力は自分から言うものではない

──横山さんはAKB48のなかでも努力家ということで有名です。横山さんはAKB48の活動の中で「努力をしている」感覚はお持ちですか?
横山 みなさんをガッカリさせるかもしれないですけど、私はAKB48の活動で努力したなって思ったことは一度もないです。
楠木 わが意を得たり!ですね。たぶん僕が言っている「努力の娯楽化」と同じことを横山さんはしてきたのだと思います。
はたから見ていると、「この人は努力家だな」「ずいぶんと頑張っているな」って思う。でも本人は、それが好きでやっているだけ。好きだから苦にならない。好きだから持続できる。本人にとっては「娯楽」に等しい。この状態がいちばん強いわけで、それを「努力の娯楽化」と言っています。「好きこそものの上手なれ」というのは、努力の娯楽化というメカニズムが作動した結果ですね。
横山 本当にそうです。よくメンバーから「これはすごい努力だったね」と言われるデビュー前のエピソードがあるのですが、それも努力している感覚はなかったんです。
私は京都出身で、AKB48のオーディションに合格した時はまだ実家に住んでいました。ただ、2カ月間のレッスン期間は東京に通う必要があったんです。
はじめは新幹線で通っていましたが、自費だったのでお金がこのままでは足りないので夜行バスを使うようになりました。
金曜日の夜に京都から出発し、土曜日の早朝に東京に着いて、マクドナルドで時間をつぶしてから、レッスンを受けていたんです。
日曜日の夜にレッスンが終わるのですが、そこからまた京都に夜行バスで戻っていました。
そして、月曜日の朝に着くと、荷物をコインロッカーに預けて学校に行く生活を続けていました。
楠木 その時は高校生ですよね?
横山 はい。「アイドルになるためには、これを絶対にやらないといけない」とは思いましたが、一ミリも努力だとは考えていませんでした。
だから、自分で「努力をしている」っていう人は、まだ、本当に努力をしてないんだろうなって思ってしまいます。
将来、振り返った時に「あの時、努力していたな」と思うことはあっても、「今、努力している」と言うのは違う気がするんです。
もっと言うと、努力は自分から言うものではないのかもしれないな、と思っています。
横山由依(よこやま・ゆい)
1992年12月生まれ。京都府木津川市出身。2009年9月、AKB48第9期研究生として加入。2010年10月に正規メンバーとなり、2015年12月、AKB48グループ2代目総監督に

プロセスで報われている

楠木 それは実に深い話。さすがですね。厳しい芸能界で長いことやってこられた人の発言だと感心しました。
「あの人は努力をしている」と他人が言うことと、自分の意識として努力しているのは別のことなんですよね。ここが結局、ごっちゃになっているわけです。
どんなことだって、客観的には高い水準の努力投入を続けないと、何にしろうまくいかない。
問題は、それを自分自身が「努力」だと思っているうちは、なかなか続かないです。
僕は、本人は努力だと全く思っていないけれど、はたから見るとすごい努力をしていて、結果的に余人をもって代え難いほど何かが上手にできるようになる。これが仕事の理想だと思うんです。
それは、やっぱり好きなことをやっているからですね。僕にしても、「努力をしなければいけない」と思ったことで、仕事になるレベルまでうまくなったことは、かつて一個もありません。「努力しろ!」って言ったって、「それを言っちゃあおしまいよ……」という面がある。
横山 そうですよね。ただ、なかには「努力しているのに報われない」と言う人もいて、それはどう考えればいいか難しいなと思います。
楠木 そうそう、そこがまさにポイントなんです。今、横山さんは成功してみんなから必要とされるアイドルになったわけですよね。
でも、仮に今ほどうまくいかなかったとします。それでも横山さんはそんなに悲しくなかったと思いますよ。
なぜなら、横山さんのやってきたことは理屈抜きに「自分が好きなこと」。それをやり続けたプロセスで、すでに報われているわけです。
でも、無理をしてやっていた人だったら違います。仮にお金がある人が、新幹線のグリーン車に乗ってオーディションに通ったとします。客観的に見れば、投入している労力は夜行バスの横山さんよりも小さい。それでも、その人は成功できなかったら、「無駄なことをしたな」って思うかもしれない。
そうだとしたら、その人はそれ、すなわちアイドルという仕事が本当はそれほど好きではなかったんですね。これに尽きます。
横山 確かに!
楠木 つまり、たいして好きじゃないことだと、結果がうまくいくかどうかがすごく気になるんです。「失敗したらどうしよう」と。
そう考えてしまう段階で、その仕事は向いてないと僕は思います。
初めから何かが約束されてないと、その物事に取り組めない。それは結局、自分の好き嫌いに対する理解が欠けているんだと思います。
楠木建(くすのき・けん)
一橋大学教授、専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)など。NewsPicksでは、対談シリーズ「稼ぐ力のその中身、戦略ストーリーの達人たち」を連載中

仕事の達成感を感じるツボ

横山 ああ、すごい! 納得しました。
私はAKB48に入るまでは、学校の成績も悪くて、本当にどうしようもない人だったなと思います。
でも、歌手になると決めて、AKB48のメンバーになってからは、曲や振り付けを覚えるなど、やらないといけないことがたくさんあっても、がむしゃらに取り組めました。ダンスなど、得意ではないこともたくさんあったんですけれど。
このお仕事は好きだし、自分の性に合っているなと、ずっと感じています。
楠木 僕にしても、今の仕事を始める一つのきっかけがありました。
学生時代に勉強していた時、あまりにその概念というか理論枠組みが素晴らしくよく出来ていて鳥肌が立つほど感動したことがありました。鳥肌を越えて、もう鳥になりそうだったことがあるんです。
横山 そうなんですね。鳥にはならなかったと思いますけど(笑)。
楠木 そのとき、「こういうふうに考えごとをアウトプットすることを仕事にできたらきっと面白いだろう」と思ったんです。
もちろんこれはあくまでも入り口のところのきっかけの話でありまして、実際に大学で仕事をするようになってからも、「喜びのツボ」はだんだんと変わっていったのですが……。
横山さんもAKB48を始めた時と、総監督になった今だと、仕事の達成感を感じるツボも変わってきたのではないでしょうか。
横山 変わりましたね。最近は活動に対して「あれは、もっとこうできたな」と考えるようになりました。
楠木 やっぱり、仕事に対して貪欲(どんよく)になっているんですよね。やればやるほど物足りなくなってくる。好きなことだといい意味で欲が出る。
横山 昔だったら、こなせただけで満足だったんですが、今はどんどんレベルを上げたいと思っているので、「まだまだだな」って思うことがすごく多いです。

大学教授は芸者と同じ?

楠木 アイドルとは違いますが、僕の仕事もある意味で「舞台に立つ」わけで、案外近いところもあります。
横山さんの場合は、提供するものが、歌だったり、ダンスだったり、演技だったりするわけですよね。
僕の場合は、競争戦略という分野での自分の考えを伝えることです。提供しているものや対象の違いはあっても、基本的には、自分が作ったものを発信し、誰かに価値を感じてもらい、それに対してお金をいただく仕事です。
僕は自分の仕事を「芸者みたいなもの」ととらえています。
つまり、上司もいないし、部下もいない。部長の芸者とか、課長の芸者とか、芸者社長とかいないですよね。
横山 芸者は芸者ですもんね。
楠木 そう。基本的には一人でやる仕事で、お客さんが喜べば、全部オーケーで、お客さんが「駄目だ」って言ったら全部アウトです。
もちろん、三味線が上手な人、踊りが上手な人、お客さんの相手をするのが上手な人がいて、場合によってはチームを組んでやるんでしょうけれども、基本的には自分ひとりが、直接お客様からの評価にさらされています。うまくいくにしてもしくじるにしても、そういうのが僕は好きなんですね。しくじるんだったら、失敗を自分ひとりで全部受け止めたいというタイプ。成果と自分のやったこととの対応関係ができるだけ1対1ではっきりとつながっているというのが僕の好みの仕事です。
ひとつ横山さんに聞きたいことがあります。アイドルになろうという人と、僕らみたいな仕事をしようとする人は、基本的に個人でやる仕事なので根っこのところは共通していると思います。
でも、AKB48は、さきほどの所属事務所の話が典型ですが、個人としてだけでなく、集団としても活躍が求められる。これはちょっと矛盾した面があるようにもみえる。
その辺は、どのように自分のなかで折り合いをつけられていますか。横山さんはこれからもキャリアの先が長い。長期的には、あくまでも横山由依個人で仕事をすることになると思います。たぶん、48歳でAKB48はやらないでしょう。「これが本当のAKB48だ!」って。
横山 はい。それはないと思います(笑)。
楠木 これから、いろいろなお仕事の可能性を広げていくことになりますね。
その時に、AKB48という組織の中にいることは、制約になりませんか。

AKBにいるから可能性が広がる

横山 そう言われることも多いですが、だからこそ可能性が広がっているのかなとも思います。
私は元々、歌手になりたくてAKB48に入りましたが、活動をやっていく中で、コントやお芝居をすることもありました。そのなかで「今後は演技もやってみたい」と思うようになり、「歌える女優さんになる」ことが夢に変わりました。
それに、私は本当にAKB48が好きなんです。今、自分が一番好きなグループで、総監督という役割を担っていることがすごく幸せだと思っています。
楠木 それはかなり幸せな状態です。僕のようにわりと個人ベースで仕事をしている人は、組織に所属していることとの間に、多少なりとも葛藤を感じるものです。
僕は、一橋大学がすごく好きかって言われたら、そうでもない。
横山 ええっ。そうなんですか?
楠木 いや、好きじゃないっていうのはちょっと語弊があるな(笑)。あまり好きじゃないことも引き受けなければならない、ということですね。
大学に所属すると、研究以外に、大学の運営管理や、いろんな会議への参加といった仕事が出てきます。入試の監督とかもやります。
それは、僕の本職の芸にとって、あんまり関係のない仕事なので、いつも限られた時間や労力を取り合う関係になってしまいます。
だから、本当は自分の好き勝手に全部やりたいけれど、大学に所属している意味も大きい。僕にとっての大学は、芸者にとっての芸者置屋です。芸を磨く上で、完全にフリーになるよりも置屋に所属しているほうがいいという判断があります。そもそも大学でやってないと、自分の考えを人々(大学院生)に伝える「講義」という場ももてない。こういう判断で置屋に所属させてもらっている以上、役割を果たそうと思っているわけです。
AKB48の総監督は取りまとめ役。芸者の比喩でいえば、「置屋のおかあさん」みたいなものかもしれません。そういう立場は、僕は絶対に嫌ですね。生涯お座敷の一芸者でやっていきたい。
横山さんは個人として歌える女優になるという目標がありながら、AKB48全体を取りまとめる総監督の仕事に抵抗はなかったんですか。
横山 私が「考えなし」なのかもしれないですが、そう思ったことないです。
同い年で、指原莉乃という今年の総選挙で1位になったメンバーがいます。彼女は個人でバラエティ番組などにもよく出ているのですが、「自分だったら絶対に総監督はやらない」と話していました。
「アイドルとして人気が出るポジションじゃないし、自分を優先させるより、メンバーのことを考えないといけないのは嫌だ」と。私と違ってすごく考えるタイプです。
でも私はアイドルとして人気がどうなるとか、そんなことを考えもせずに引き受けたんです。

私がAKB48を卒業する時

楠木 やっぱり基盤にあるのは「AKB48愛」でしょうね。
大学でも、そのような総監督的な立場でリーダーシップを発揮する人は、やっぱり一橋大学という組織に対する愛情が深い人が多い。
横山さんは、まだまだ卒業は先ですか?
横山 私は、全然考えたことがないです。特別にアイドルをやっている感覚がなくて、生きている道の中にAKB48があるという感じなんです。
最近は年齢などの理由で卒業するアイドルを何人も見てきて「いずれ、自分も卒業する時が来るんだろうな」と、やんわり思い始めているくらいです。
楠木 それは僕の好きな考え方ですね。キャリアについて詳細な計画や戦略を立てる人がいますね。「いつまでにこれを達成しよう」とか「夢に日付を入れよう」とか。
これにしても僕の好き嫌いですが、僕はそういうのは嫌いです。前任の高橋みなみさんもそうだったのかもしれませんが「この辺で次のステップかな」という、「機が熟した感」ですね、そういうものがキャリアの意思決定ではいちばん大きいと思っています。
僕はいつも、仕事については「川の流れに身をまかせ」ですね。昭和の名曲「川の流れのように」と「時の流れに身をまかせ」の合成ですけど。
横山 本当に私もそうです。流れに身を任せてここまでやってきました(笑)。
楠木 その時に人間は必ず、自分の好きな方向に自然と行くものですね。
そのことが好きならそのプロセスで多少うまくいかないことがあっても、あんまり嫌にならずに、健康的な仕事生活を送れるんじゃないかなと思っています。
横山 そうですね。だから私もAKB48に対する気持ちが変わったら、卒業かもしれないですね。
楠木 なるほど。そういうことだって、川の流れに身を任せているうちに自然とあるでしょうね。
その時に、AKB48に対して前と同じような気持ちが持てなくても、むりやり「私は総監督なんだから、いつまでもやんなきゃダメだ」と思ったら、結局、うまくいかない。だから、自分の心の声、インナー・ヴォイスに素直に耳を傾けてやっていくのがいちばんだと僕は割り切っています。
横山 そうですね。理想は、自分がAKB48を好きなまま、この人に託したいと思えるメンバーがたくさんいるような状態で辞めるのが一番良いのかなと想像しています。

好きじゃなかったら24年もいれない

──最後に、横山さんはキャリア相談の名手である楠木先生に相談したいことはありますか?
楠木 いや、僕が逆に相談したいですよ。所属組織の自分に対するニーズと自分が好きでやりたいことの折り合いをつけるには、どうしたらいいんでしょうか(笑)。
横山 ええっ(笑)。元々は、この大学が好きで入ったというよりは、やりたいことがあったからですよね。
楠木 そう。自分の芸ができるとこであったら、どこでもよかったんです。
それが、たまたま、声掛けしてくれたところが、この一橋大学でした。
僕が自分が好きで得意な何かをやり、それが結果的に大学のためになることはもちろんうれしいんですが、大学のほうを優先するというほど「一橋愛」がない。
横山 たぶん、実は好きなんだと思いますよ。楠木教授は何年、ここにいらっしゃるんですか?
楠木 27歳のときからですから、24年です。芸歴24年。
横山 じゃあ、大丈夫です(笑)。好きじゃなかったら24年もいれないですから。
楠木 ま、その通りですね。「こっち来ないか」「移籍しませんか」って話を時々いただくことがあります。一応聞いてみたこともあるんですが、結局どこも一長一短で、いまの一橋の国際企業戦略研究科が僕にとっていちばんイイんですね。総監督のご意見、参考になりました(笑)。
──最後に、楠木教授とお話をした感想をお願いします。
横山 好き嫌いと良し悪しの話は、すごく勉強になりました。ビジネスだけの付き合いじゃなくて、人としての付き合い方を、これからも大事にしていきたいなと思いました。
楠木 ありがとうございます。「好き嫌いは趣味で……」というのはもったいない。ビジネス、仕事こそ好き嫌いがものを言うと僕は信じています。
横山 はい、それを覚えておきたいと思います。今日はありがとうございました。
楠木 こちらこそ、ありがとうございました。これからも、好きなようにしてください。
(構成:上田裕、撮影:遠藤素子)