【H&M社長】部下に残業させるのはダメ上司だ

2016/9/24

残業するとマイナス評価

H&Mの管理職の女性比率は本国では7割以上、日本では5割と、極めて高い比率だ。日本の女性管理職比率が1割程度であるを考えると、女性リーダーを育てるヒントがある気がしてならない。その秘密を探るため、同社の日本法人代表取締役社長のクリスティン・エドマン氏を訪ねた。
──部下に残業させる上司はダメ上司だ、という社風だそうですね。
はい。H&Mはマネージャーの定義が、他の会社とは違うと思います。多くの会社は、だいたい、結果を出せば、それをどういう形で出したか、そのプロセスは問われないですよね。
だから、ほとんどのマネージャーは残業したり、休日出勤したりして、結果を出そうとする。そして、それが評価される。
H&Mのマネージャーも結果を出さなくてはいけないのは、他と同じです。しかし、その中身が違って、結果の出し方、つまり仕事のプロセスも評価されるのです。
そして、そのプロセス評価の1つに、ちゃんとバケーションを2週間取っているかなど、ワークライフバランスが取れているかが入っています。
クリスティン・エドマン
へネス・アンド・マウリッツ・ジャパン代表取締役社長
1975年生まれ。96年にアメリカのラファイエット大学を卒業。玩具メーカーのマテル社、「ステラおばさんのクッキー」の(株)アントステラなどを経て、2005年、ストックホルム経済大学でMBAを取得。その後H&Mに入社。エリアマネージャーとして同社の香港進出に携わったのち、2008年3月より現職。
──つまり、バケーションを2週間取らないと、評価してもらえない?
そうです。それも、評価の1つになります。なぜうまくバランスが取れていないのか、と。
そうやって、ワークライフバランスも個人の評価の要素にしないと、家庭と仕事の両立を大事にする会社のバリュー(価値観)が機能しないと思うのです。
だから、マネージャーは部下にもきちんと休暇を取らせて、残業させていないかも、問われます。それができていないと、マネージャーがちゃんと仕事をこなしていない証拠になります。
私は一度、森まさこ大臣にお会いしたことがあるのですが、彼女から聞いた話が面白かったんです。
彼女は、彼女の部署で、男性が育休を取るためにすごく頑張っていたんです。そして、みんな、それは素晴らしいアイデアだと言った。でも、実際にそれを取る利用者は、1年に1人か2人しかいなかった、そうなのです。
だけど次の年、彼女が(育休を取得するかどうかは)あなたの評価につながるからと言ったら、みんな、100%取ったそうです(笑)。それを聞いて、なるほどと思ったのです。
H&Mも同じ形でやっていたから、ワークライフバランスが浸透したんだな、と。

「ネクスト・ミー」を育てる

──マネージャーは、「ネクスト・ミー」、つまりは自分の代わりになる人を育てることも求められるそうですね。
H&Mのマネージャーの定義は、人を育てられること。自分の後に続くサクセッサー(後継者)を育てないといけない。
トップダウンで指示を出し、部下はそれをフォローするだけ、というのではダメです。人を育てて、彼らがマネージャーの仕事をカバーできるようにしないといけません。
その背景には、H&Mがグローバル全体で毎年、店舗展開を10〜15%増やす目標があるからです。急成長をするためには、人の成長がベースになります。
──その人しかできない仕事を作ると、組織として広がっていかない、と。
そうです。会社の成長が止まってしまうし、特に女性のマネージャーたちは、自分の代わりがいないと育児休暇が取れなくなってしまいます。
──エドマンさんは自分は部下のコーチ役だ、と公言している。
32歳で日本法人のCEOになったばかりの頃、本国の人事の人が来て、私がすごく忙しくしている姿を見て、「手帳を見せてくれ」と言われたことがあります。
それで、手帳を広げたら、ミーティングがぎゅうぎゅう詰めで、1分もリラックスできない状態でした。すると、その人事は「これは間違いだ」と言ったのです。「全部ミーティングの予定を消しなさい」と。
「え?」と思いましたね。それまで私は、責任者は部下に正解を教えてあげることが仕事だと思っていたから。
でも人事は、それは違います、と。会社にはPRの専門、店舗展開の専門など、優秀な人たちがいるのだから、彼らのコーチ役になればいい、とアドバイスしてくれました。
つまり、答えをあげるのではなくて、「What do you want to do?」どうすれば目標を達成できると思うかコーチングするのよ、と言われたのです。
マネージャーは、自分よりも優秀な人を集めて彼らのサポート役、コーディネーション役をやらないといけません。
──でも普通は要職に就くと、仕事を抱え込み、権利やポジションを手放したがらないものです。
Exactly(その通り)。私も最初はそうでした。でも、私はどんなに頑張ったって、PRの専門家でも店舗展開の専門家でもない。
そもそも、何もかもができるスーパーウーマンなんていません。でも、彼らをリーダーとして成長させることはできます。そう思うようになったのは、ターニングポイントでしたね。

パワポの社内資料も禁止

──H&Mではパワーポイントで社内資料を作るのも無駄、と効率化が徹底しています。
「Keep it simple(ものごとをシンプルにする)」という考え方が、バリューとして浸透しています。
H&Mに入社した初日のことです。私は購買部門にいて、1つのコレクションのバジェット・コントロール、つまり、各拠点がどれくらいの数量を注文すべきかを決める仕事を与えられました。国別に数量を決めてくださいと。
それで私は、「OK、1カ月くらいかけて調べて、分析します」と言ったら、「いや、今日のお昼までにね」と言われて。
──仰天ですね。
ええっ?と思って。しかも「パワポなしでね」と、言われて。正直、この会社、大丈夫かな?と思いました(笑)。
当時私は、MBAを卒業したばっかりだったから、いろんなアングルで分析してパワポで説得しようと思っていました。
けれども、リテールはスピードが早いので、シンプルに、どんなロジックでどう計算したかを説明して、相手が理解できればそれでいいという考え方なのです。
それを、上司に数秒で説明したら「OK」と言われて、信頼してもらえました。それ以来、私は、スタッフにいつも言うのです。
もし、社長が一緒にエレベーターに乗っていたら、1分であなたが目指しているゴールと、それを達成するための戦略を説明できるようにしないといけないよ、と。
そこまで簡潔じゃないとダメ、と言っています。というのも、そのくらいシンプルじゃないと、余計な情報が入ってくるし、方向性もブレやすいからです。
H&Mではよく「One thing makes biggest difference(1つのことが大きな違いを生む)」と言うのですが、フォーカスする対象をシンプルにすること、また、正しいことにフォーカスすることを大切にしています。
100%の力で1つのことをやるほうが、10個のことを10%ずつやるよりも、ずっといい、とね。
たとえば、PRのファッションイベントをやるとします。そのゴールはbuzz、つまり話題沸騰になることだとします。
一般的にイベントをしようとすると、スタッフは場所を押さえるとか、ここに何を置くとか、細かいことをやるでしょう。でも、その前に、そもそもメインゴールは何? buzzだよね、と認識してもらう。
そして、そのためには何が必要か? たとえば、最高のセレブを押さえる、H&Mらしいイベント、コストコンシャス、その3つねなどと逆算していく。
そこから細かいところはあなたたちにおまかせ、というやり方なのです。
──その考え方に変えてから、効率が上がりましたか?
上がりましたよ。そういう考え方になれば、時間が制限されている女性の管理職やワーキングマザーたちが、働く時間が以前の80%でも、ゴールは達成できるはずです。
大切なのは、チーム全体で、一番重要なところに向かっていくことです。
たとえば、さきほどの例で言うなら、PRイベントをするとなると、色々な話が来ますよね。こういうコラボをしましょうだとか、こういう雑誌から取材依頼が来ているだとか。
でも、それらがみんな、ちゃんとゴールにつながっているのか、という意識をメンバー全員で共有する必要があります。
コラボはすごく時間がかかりますが、それは、最終ゴールのbuzzに必要?と問うのです。仮にそうではなかったら、それをやめて、別のシンプルなことにフォーカスしたほうがいいと決断できます。
そういう訓練をしないと、女性がワーキングマザー・マネージャーになった時、クレージーになってしまいます。子どもが小さいと、どうしても100%の仕事はできないものですから。

CEOになってから次男を出産

──エドマンさんはCEOになってから2人目のお子さんを出産した。日本では、社長が育休を取る事例は珍しい。でも妊娠したときは、思わず「すみません」という言葉が出てしまったそうですね。
会社に悪いなと思って、やっぱり謝りましたね。
ところが社長が「Great! それで育休はどれくらい取りたい? 1年? 1年半?」と聞いてきて、拍子抜けしました。
スタッフのキャリアを長期的に考えているので、育休を取る1年なんて、30年のキャリアの中でわずかなひとときでしょうという感覚なのです。
それに、私の育休中に私のようなカントリーマネージャーになりたい人たちが、私の代わりを務めることで、彼らのテスト期間にも使えるのではないか、とも思ったようです。
「ネクスト・ミー」の成長につながるんのではないか、と。あ、そういう捉え方もあるのね、と嬉しい驚きでしたね。
──今も夜7時には必ず、帰るそうですね。
Yes! 私だけではなく、ほとんど、みんな帰っています。私が周りに「帰りなさい、帰りなさい」って言う、「帰りなさいポリス」ですから(笑)。
マネージャーが遅くまで働いていたら、若いスタッフやワーキングマザーが「管理職になるのは無理」と思ってしまうじゃないですか。最初から、諦めてしまう。だから、その考え方を変えないとダメだと思う。
──しかし、日本では、家庭生活も楽しみながら仕事することの重要性が、イマイチ伝わっていません。
本当に両立できるのかという疑問があるのでしょうね。でも、そもそも女性も男性も、家庭とキャリアのどちらかを選択しなくてもいい。両方持てるのです。
──日本の女性管理比率は1割程度です。この数字をどう思いますか。
今は、全体の方向性としては、それを変えていく方向でしょう。日本の企業も、その波に乗って変わっていかないといけないと思います。
ただ、会社の福利厚生を充実させるとか、そういうことではありません。女性自身のメンタリティを変えないといけないと思います。
──女性のメンタリティを変えるとは?
まず女性は、自分がキャリアと家庭を両立できることを信じなければいけない。両立することは自分の権利である、と考える。なぜ、そのどっちかを犠牲にしなければいけないのか。
もっとも、私も日本で育ったから、仕事か家庭かどっちか、最終的にはどちらかを選ばなければいけないのかなと思っていました。
でも、スウェーデンに行って、男性が当たり前のように「今は彼女が仕事を頑張る時期だから、今は僕がメインで育児する」などと語る男女平等の考え方をつぶさに見て、両立は当然の権利なのだと認識するようになりました。
たとえば、スウェーデンの女性のなかには、子どもを産んで1年か1年半、育休を取って「復帰するときは、マネージャーになりたい」と宣言する人もいます。そして会社側も、彼女にその技能があると認識したら、「Of course」とそれを約束するのです。
そもそも育児休暇を取ることはマイナス点になりません。
こんな風に、マネージャーになりたいと宣言し、声をあげること。自分のキャリアのプランを自分で立てていくことは、とても大切だと思います。
たいていみんな自分のキャリアを受け身に考えがちですが、もっとプロアクティブに「私はこういう夢を持っています」「こういうことを教えてください」などと言うべきだと思います。
そんなふうに自立的に自分のビジョンを言ってくれたら、マネージャーもあなたの強みと弱みは何で、将来的にはこんな仕事も向いているのではないか、お勧めもできると思うのです。
H&Mの社長は、いつもこう言います。「Right people on the bus, and find the right seat」と。「正しい人を入れて、正しい席を探すことで、バスが動く」という考え方です。
マネージャーは、正しい人を探して、その人が一番貢献できるスポットを探さないといけません。
──でも、right peopleだと思っていた人がそうでもないこともあります。
I know(笑)。H&Mの場合は、バリューを大事にしているから、それが合わない場合はGood Bye。さきほど言ったKeep it simple だとかチームワークを飲み込める人でないと。
H&Mは、内部から人を育てるため、最初は専門知識がそんなにない人ばかりです。彼らを育てることは、とても大変です。でも、それができないとダメ。そこまでバリューを大事にしているんです。
だって、価値観こそ会社の財産なのですから。
(撮影:遠藤素子)