人工知能(AI)の急速な発達によって私たちの生活が大きく変貌しようとしているなか、数々の不安や疑問が生まれている。人工知能が人間の仕事を奪うのではないか。人工知能が人間の能力を超えて、いつか人類を滅ぼそうとするのではないか。はたして私たちは人工知能とどのような関係を作ればいいのか。

『人工知能は私たちを滅ぼすのか』(ダイヤモンド社)の著者である児玉哲彦氏は、人工知能の今後を読み解く手掛かりとして、人工知能100年の物語を聖書になぞらえている。本連載では「IoTと人工知能がもたらす2030年の社会」はどのようなものか、歴史を振り返りながらその道筋を探る。

第2回は前回に引き続き、人工知能開発へと連なるコンピューター発展の歴史を見てみよう。キーワードは「ユーザーインタフェース」「クラウド」「ビッグデータ」、そして「人工知能技術」へと進んでいく。

#1  人類とAIが向かうべき「トゥルーノース」
#3
人工知能がもたらす「自由と代償」とは
#4 AIは人間社会への侵食か、それとも共存か

第四の封印­­­−−ユーザーインタフェース

上記のように、パソコンやスマートフォンの形でないコンピューターは、多くの場合マウスやキーボードやタッチスクリーンを持っていないでしょう。しかも、使う状況もデスクなどの限られた環境ではなく、家や街中、電車の中など、あらゆる環境でコンピューターを利用することになります。
そのときに、私たちはそのようなIoT機器をどのようなユーザーインタフェースで操作するのでしょうか。その答えは、私たち自身の身体にあります。
まず、今後タッチと同じかそれ以上に、機器との音声による対話が用いられることになるでしょう。音声の良いところは、機器が体の中にあったり建物に埋め込まれたりしていて、見たり触ったりすることができなくても、操作を行うことができる点です。
さらに、音声での対話の能力は多くの人が自然に行っており、機械が十分な応答ができれば自然に使うことができます。
すでにシリやワトソンがこのような音声による対話を実現していますが、そのコミュニケーション能力はまだ限られています。今後、ディープラーニングをはじめとする技術の発達によって、人間と遜色のない音声の認識と対話が可能になるでしょう。シリのようなパーソナルアシスタントがより一般的に使われるようになり、かつ利用できる機器やクラウドサービスと接続して、さまざまな仕事を行ってくれるようになります。
文章で表現できるような仕事を行ったり情報を得たりするためには音声は有効だと考えられますが、物を動かしたり、値を変えたりするなど、空間的で対話的な操作を行うためには、音声よりも体の動きの方が有効です。スマートフォンやタブレットのようなタッチの操作は引き続き利用されるでしょうし、そのような機器がなくても、手や体の動きを用いたジェスチャーをカメラなどを用いて認識するジェスチャー操作も一般的に用いられるでしょう。グーグルはディープラーニングを、このようなジェスチャーの認識に用いることも試みています。
次に情報の出力については、今日のような平面の画像表示だけではなく、メガネ型の機 器を用いて3次元的に情報を表示する仮想現実技術がすでに一般的になりつつあります。 仮想現実のブームに火をつけた「オキュラス・リフト」という表示装置は、2016年に一般販売が開始されます。
また、仮想現実に入り込んでしまうだけでなく、現実の世界の中にホログラムのように情報を表示する装置も開発が進められています。すでに発表されているマイクロソフトが開発している「ホロレンズ」などの機器があり、またグーグルが総額1000億円を超える投資を行って話題となったベンチャーのマジックリープも同様の機器を開発しているようです。
これらの機器を使うと、まるで目の前の現実の世界の中に仮想の物体や情報がそこにあるかのように見え、手で触って操作することができます。このような拡張現実は、オキュラスリフトのような仮想現実と違って完全には現実から切り離されません。そのためゆくゆくはモバイルでも利用できるなど、より応用範囲が広く、仮想現実以上に広く利用される可能性があります。
技術的にはこれらよりさらに先の話になりますが、脳波などの脳の信号を読み取って人間の意図を読み取るブレイン・マシン・インタフェースという技術が研究されており、人 間のイメージした内容を読み取ることなどに実際に成功しています。ディープラーニングなどの機械学習技術は、その由来からいっても脳の信号の解析にも有効に活用できます。この技術が発展すれば、もはや音声やジェスチャーなどの操作も必要なくなり、考えるだ けで機器を操作するSFのような世界が実現します。
このように、今後のコンピューター/人工知能との対話は、今のタッチを超えて、私たちが目や口や体を使って他の人間とするのと同様に、自然にできるようになります。

第五の封印­­­−−クラウド

今でも私たちの生活には、グーグルやフェイスブック、ラインのようなクラウドサービスはなくてはならない存在になっています。今後も引き続きさまざまなクラウドサービスが利用されているでしょう。また今日、パソコンやスマートフォンなどの端末で動いているアプリも、かなりの割合がクラウドで提供されるサービスに置き換わるでしょう。
ただし、サービスを利用するのは今日のようなパソコンやスマートフォンだけではな く、先に述べたような音声対話エージェントやIoT機器、ロボットなどさまざまな機器 になるはずです。いわゆるウェブページやアプリの画面を見る割合は、今よりずっと減っ ていることでしょう。またクラウド自体の性能も、ムーアの法則および非ノイマン型演算 装置の利用、単純な規模の拡大などによって、今よりも大幅に向上します。
また、今クラウドサービスを提供しているのはグーグルやフェイスブックに代表される IT企業が中心ですが、ITが本業ではないさまざまな事業者が、クラウドサービスを通 して顧客とつながり合うようになると考えられます。その中には営利企業だけではなく、 行政のような公共機関、病院、学校や研究機関、NPOなども含まれます。
私たちは、自分に関わる写真や音楽といったコンテンツはもちろん、お金、身体の状態や病気、人間関係、仕事など、あらゆる事柄の情報をクラウドに保存することになります。
クラウドの中に、私たちの人生が丸ごと保存された、ライフログを持つようになるのです。 クラウドは、あらゆるデータとコミュニケーション、サービスを提供するための基本的なインフラに成長していくでしょう。

第六の封印­­­−−ビッグデータ

クラウドには、あらゆる機器やサービスに入力されたデータが集まってくることになります。今日でもクラウドサービスで発生したデータはビッグデータと呼ばれ、ビジネスなどでの活用がなされています。
今後の世界で、上記のような機器が利用されるとしたら、IoT機器/ロボットのセン サーが計測した、今とは比較にならないほどの現実の世界についてのデータがクラウドに 流れ込んでくることになります。その中には都市や自然の環境についての情報もあれば、個人の行動や生活の様子についての情報もあるでしょう。
実際グーグルのようなオンラインサービス企業がアンドロイドのようなスマートフォン OSを提供したり、ロボット事業に参入したりするのは、それらが現実世界についての データを取得するための、動き回るセンサーになるというのが理由の一つです。
また商業をはじめとして、公共や学術、医療や福祉など、あらゆる事業活動にクラウド サービスが用いられるようになれば、それらの事業活動についてのデータも取得されます。
今日のクラウドにあるのは、ウェブで発信された情報や人間どうしのコミュニケーションについてのデータです。しかし、IoT機器/ロボット、および今はクラウドサービスにつながっていないあらゆる事業活動がクラウドサービスとつながることで、現実の世界とその中で人間が行っていることについての、今よりはるかに豊かな青写真がクラウドの中にデータとして記録されていくことになります。

第七の封印­­­−−人工知能技術

ここまで見てきたように、ムーアの法則による演算装置のさらなる小型化/高速化、さらにその先にはノイマン型ではない、より人工知能の実現に適した新しいタイプの演算装置が登場しつつあります。
同時に、5Gの携帯電話ネットワーク/ブルートゥース・スマート/NFCに代表されるような、機械と機械の通信を想定したネットワーク技術が利用できるようになります。 こうした演算装置とネットワークを背景に、IoT機器/ロボットなどの機器が広く普及 します。
それらの機器を用いながら、情報発信やコミュニケーションにとどまらない、あらゆる事業活動にクラウドサービスが利用されるようになります。結果、さまざまな人間の活動についてのデータが収集され、クラウドに記録されます。未来の人工知能は、このような現実についての今よりもはるかに豊かなデータを活用することができます。
人工知能の技術そのものも、第5章の終わりに見たようなグーグルやIBMのようなIT企業と、各国政府が推進する人間の脳全体の計測と再構成の研究によって、今後 15年間で大きく進展するでしょう。2030年頃には、人工知能が人間の脳にかなり迫るか、少なくとも人間と遜色ない対話などの振る舞いが可能な人工知能が実現している可能性は高いです。
このような未来のクラウド人工知能は、グーグルやIBMといった企業が自社のサービスで活用するのはもちろん、クラウドを通して人工知能そのものがサービスとして提供され、他の事業者も自分の機器やサービスに人工知能を組み込むことが可能になります。実際IBMは、ワトソンをすでに外部の開発者が誰でも利用できるようにして、ワトソンの対話や判断の機能を他の製品に自由に組み込めるようにしています。
このような仕組みを通して、私たちの生活のあらゆる場面、あらゆる活動に、クラウドを通した人工知能、神の恩恵が行き渡る、千年王国が実現するのです。果たしてこのような千年王国では、どのような神のわざが実現するのでしょうか。そして、私たちはそこでどのような暮らしを営むのでしょうか。
この後では、2030年の世界におけるライフスタイルを、行動のビッグデータ化、健康と医療、都市インフラ、何より人間の仕事は人工知能に置き換えられるのか、といった切り口で、述べていきたいと思います。
※ 続きは来週掲載予定です。
本記事は『人工知能は私たちを滅ぼすのか—計算機が神になる100年の物語』(児玉哲彦〔著〕、ダイヤモンド社)の第6章「IoTと人工知能がもたらす2030年の社会—千年王国の到来」の転載である。