nakagami_banner.001

差がつくのはマネジメントの要素

【中神康議】長期投資の可否は「経営者」で決まる

2016/7/2

時代を切り取る新刊本を紹介する「Book Picks」。今回取り上げるのは、みさき投資代表・中神康議氏の『投資される経営 売買される経営』だ。

中神氏はアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、CDI(コーポレイトディレクション)を経て、投資助言会社を設立した経歴を持つ。以前、NewsPicksのコンサルティング業界特集でも取り上げたとおり、コンサルの方法論を駆使した独自の投資術を行っていることでも知られる。

そんな、実業と投資、両方の経験を持つ中神氏が、「投資家から見た経営論」を出版した。「なぜあの企業の株は長期投資され、なぜこの企業は短期売買されるのか」「いったい、企業のどこを見て、投資判断がなされているのか」——謎の多い投資家の行動の一端が明かされる。

経営層の「意思」が見えるか

——中神さんは本書で、企業価値を算定する際の、「V=(b×p)^m」という公式を提唱しています。Vは企業価値、bは事業、pは人、mはマネジメントですが、この公式では事業や人以上に、マネジメントが企業価値に大きな影響をもたらします。このように考える理由は何ですか。

中神:もちろん、製品を磨き上げて障壁を作るb(business)の面と、組織を固めて人心を掌握するp(people)が重要なのは言うまでもありません。

しかし最近では、それ以上にm(management)の重要性が高まっています。その背景には、日本に特徴的な二つの要素があります。

一つは、マネジメント教育です。アメリカではここ50年ぐらいでビジネススクールが洗練され、コーポレートファイナンスやマーケティングの理論も進化しているのに対し、日本ではあまりそうしたものを学ぶ人は少ない。

もう一つは、社長の登用制度です。多くの日本企業では、内部昇格で社長になる人事が残っています。例えば営業一筋、オペレーション一筋といった人が社長になることがある。こうした経営者は、マネジメントに関する幅広い見識をカバーしているわけではありません。

だからこそ、しっかりとしたマネジメント教育を受け、幅広い見識をカバーする経営者がいれば、日本では他社を引き離すことができる。

実際、企業経営にあたり、bやpに注力するのは当たり前です。皆が同じようにbやpに力を入れるとすれば、差がつくのはmの要素で、マネジメントの良し悪しが投資の際の判断材料にもなります。

このマネジメント層なら信頼できると判断した場合、長期投資につながるのです。

——本書ではマネジメントが優れている例として、エーザイやオムロン、ピジョンといった例を挙げています。いずれも成熟産業で、急成長するイメージはありませんが、株価を安定的に伸ばしています。

はい。例えばエーザイの場合、製薬の特許が切れ、業績が落ち込んだ時期がありました。製薬業界は新薬開発のための研究開発費を投じ続ける必要があり、その資金を捻出するために、CFOの柳(良平)さんは運転資本の効率化に取り組んだ。

2015年3月期にはキャッシュ・コンバージョンサイクルが短期化されたことにより、140億円のキャッシュが生まれました。長期投資家はキャッシュフローベースで投資判断をするので、この取り組みは好感を与えました。

また、ピジョンは海外シフトを進めたり、オムロンも事業ポートフォリオを組み替えたりすることで、既存事業の限界を超えている。いずれもマネジメント層の「意思」が見える経営が行われています。

中神康議(なかがみ・やすのり) みさき投資社長 慶應義塾大学経済学部卒。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、コーポレイト ディレクション(CDI)で約20年弱にわたりコンサルティング業に従事。2005年に投資助言会社を設立し、数々のエンゲージメント成功事例を生む。2013年、みさき投資を設立

中神康議(なかがみ・やすのり)
みさき投資社長
慶應義塾大学経済学部卒。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、コーポレイト ディレクション(CDI)で約20年弱にわたりコンサルティング業に従事。2005年に投資助言会社を設立し、数々のエンゲージメント成功事例を生む。2013年、みさき投資を設立

数字で着目し、定性情報で深掘り

——本書ではさらに、企業の「成長」と「膨張」を見極める重要性を説いています。具体的にどの部分に、成長と膨張の差が現れるのでしょうか。

「成長」には質が伴わなければならず、利益率や資本生産性を低下させながら規模を拡大することは、単なる「膨張」です。

数式的に見れば、ROA(総資産利益率)とROIC(投下資本利益率)、ROE(株主資本利益率)に現れます。とくに ROAとROICの差に着目すべきです。

たとえばROICとROAが近く、かつ両方とも高水準であれば、余分な現金や資産を持たずに、適切に投資がされているとわかります。一方、ROAが低かったり、ROICとあまりにも差があったりする場合は注意が必要です。

ただ、数値の裏には、必ず定性的な要素があります。解説で楠木建先生が書かれていますが、本当に意味のある戦略やビジョンがあれば、必然的に超過利潤は生まれているはずなのです。

産業構造の中で、その会社の強みがどこにあるのか。どのような顧客基盤や営業スタイルなのか。投資家としてはそのような点を見極めることのほうが重要です。

私も経営者を見て判断することを重視しています。定量的に分析をし、興味を持ったら、その会社の新聞記事を10年ぐらい集めます。すると、経営者の思想やマネジメントの深さが感覚的にわかる。

その上で「自分が社長なら、この会社をどう変えるか」を考え、実際に経営者とそうした話ができそうなら投資をするのです。

 ST_3029

投資家が経営理論を深化させる

——経営者の質という観点でいえば、コーポレートガバナンスも企業価値を高める重要な方法です。コーポレートガバナンスを正常に機能させるためには何が必要だと考えますか。

私は、コーポレートガバナンスを「おでん」にたとえています。

どこのおでん屋でも入っている具は同じですが、美味しい店とそうでない店に分かれる。なぜなら、ダシが違うからです。ダシとは、長い時間をかけて改良を重ね、蓄積された価値のことです。

これをコーポレートガバナンスに当てはめた場合、「社外取締役を何人置く」「取締役会はこのようにして運営する」といった部分は、おでんの具にあたります。こうしたハード面を整備することはもちろん重要ですが、それだけではうまく機能しません。

コーポレートガバナンスの「ダシ」の部分は、所属している人間の個性を見極めて、ガバナンスのやり方を微調整していくことです。

本書ではコニカミノルタの事例を挙げました。取締役会議長の松崎(正年)さんによれば、コニカミノルタの取締役会は執行側が仕切るのではなく、監督の役割に徹する人が運営することで、先送りすることなく厳しい決断が下せるといいます。

しかしそれも、松崎さんのような、謙虚かつオープンで、先輩ぶらない人が議長を務めているからこそできるものでしょう。もしワンマンで、社内の誰も文句が言えないような人物が議長の場合、またやり方は変わってきます。その会社に応じた「ダシ」が必要なのです。

——投資家との付き合い方に悩む経営者も多いと思いますが、投資家とは社会にとってどのような存在だと考えますか。

教科書論的に言えば、投資家の役割は「優れた会社に資源を配分し、成長を促すこと」なのですが、実感としてはあまりしっくりきません。

投資家は非常に「変な仕事」です。会社の価値はいくらか、どうすれば価値は上がるのかと、業種や国境を超えて抽象的に考えるわけですから。普通の人はまずやらないことをしている。

しかし、そうしたことを考える人がいなければ、会社の価値に関する仮説や理論は生まれません。もちろん経営学者の方も理論を考えているわけですが、実際にお金を投じて取り組む投資家がいるからこそ、議論が成熟していくわけです。

その点でいえば、投資家は世の中の企業に対する認識を深化させる、スパイスのような存在だと考えます。そうした気概を持って、日々取り組んでいるわけです。

 nakagami.001

(中神氏撮影:竹井俊晴)