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破壊的ブレグジット 第1回

【ビル・エモット】ブレグジットの破壊的影響

2016/6/26
英国のEU離脱(ブレグジット)が持つ歴史的な意味とは何か。これから英国と欧州はどうなるのか。特集「破壊的ブレグジット」の第1回目は、元エコノミスト誌編集長ビル・エモット氏の緊急寄稿を掲載する。

ベルリンの壁崩壊に匹敵

間違いない。6月23日の国民投票で、イギリスが欧州連合(EU)からの離脱を選択したことは、世界に破壊的な影響をもたらすだろう。

イギリスが政治的危機に見舞われるのはもちろん、ヨーロッパ全体でも多くの危機が起きるだろう。

その結果、今回のイギリスの選択は、1989〜91年のベルリンの壁崩壊やソ連崩壊と同レベルの歴史的大事件として記憶される可能性がある。

未来の歴史家が見れば、今回の投票結果もさほど驚きの結果ではないかもしれない。ベルリンの壁崩壊だって、今から考えると、多くの前兆があった。

そもそもイギリスは昔から、ヨーロッパ大陸の問題に深入りすることに消極的だった。ちょうど島国の日本が、アジア諸国とは一線を画した考え方をするのと同じだ。

第2次世界大戦中、イギリスは一度も侵略されなかったから、たとえば隣国フランスのようにEUを、平和を守る仕組みと感じることができなかった。

ドイツを凌駕する成長

イギリスのヨーロッパ大陸への無関心は、何世紀も前に始まった。

1534年にヘンリー8世がカトリック教会からの離脱を決めると、イングランドはヨーロッパ諸国を潜在的な敵と考えるようになった。

2世紀にわたる大英帝国が果たした役割も大きい。イギリスはこの時代、自分たちは外国にあれをしろ、これをしろと要求できるが、自分たちが命令されることはありえないと、文化的に深く思い込んでしまった。

そんなイギリスも1960年代に入ると、EUに参加しなければ、イギリスに未来はないと多くの政治指導者が考えるようになった。

こうして1973年、イギリスはEUに加盟した。それはイギリスの経済が、近隣諸国との貿易に依存しているからだ。

1960〜1970年代、イギリスは自他共に認める「ヨーロッパの病人」であり、EU参加が治療の一環になると考えた。

その「読み」は当たった。1973年までの20年間、イギリスはヨーロッパの主要国で最も成長が遅かったが、EUに加盟した1973年以降は、最速の成長を記録。

現在までの43年間では、ドイツさえも上回るスピードで成長してきた。

急成長の理由の1つは、EU加盟による市場開放と競争だ。そしてもう1つは、1980年代にマーガレット・サッチャー首相が断行した市場開放と規制緩和だった。

ではなぜ、イギリスは再びヨーロッパに対して懐疑的な目を向けるようになったのか。

決め手は、経済でなく移民

最大の理由は、1960〜1970年代はロールモデルだったヨーロッパ大陸諸国が、1990年代以降は経済的に低迷してしまったことだろう。

もう1つの大きな理由は、1999年の単一通貨ユーロの導入だ。イギリスはこの通貨統合に参加しなかったが、通貨統合はEU諸国をさらなる政治的統合に向かわせた。イギリスはそれが気に入らなかった。

そして決定打となったのは、2008年の世界金融危機以降のユーロ危機とヨーロッパ諸国の財政危機、そして長い景気停滞だ。

今回の国民投票で「離脱」が勝利する最大の決め手となったのは、経済ではなく移民だ。

2004年のEU拡大で、中央ヨーロッパと東ヨーロッパの10カ国が新たにEUに加わると、イギリスには年間20万〜30万人のペースで出稼ぎ労働者が押し寄せるようになった。

2008年にユーロ危機が起きてからは、スペイン、イタリア、ギリシャからやってくる労働者も急増した。

出稼ぎ労働者は、イギリス経済に恩恵をもたらした。しかし世界的な金融危機のあおりを受けていた貧困層は、「外国人に仕事を奪われた」とか「(低賃金でも働く)出稼ぎ労働者のせいで自分の賃金が抑制されている」と思うようになった。

EUの終わりの始まり

これからどうなるかは予想がつかない。なにしろ前例がないことだらけだ。これまでEUからの離脱を決めた国はない。

そしてイギリスは、これまで国民投票によって政府の方針が覆されたことはない。

イギリスはまず、EUの幅広く複雑な法令網から外れ、EU側と離脱の条件を交渉する新政府を樹立することが課題になるだろう。

だが、新政府の樹立は容易ではないだろう。与党・保守党は議会でかろうじて多数派を維持しているにすぎないし、党内はヨーロッパに対する姿勢をめぐり大きく割れている。

おそらく今秋、あらためて総選挙が行われる可能性が高い。

スコットランドは、イギリスからの独立を問う住民投票を再度実施したいと要求するだろう。

スコットランドでは今回の国民投票でも、EU残留派が離脱派を大きく上回った。つまりイギリスは、連合国としての危機にも直面するだろう。

いずれも一筋縄ではいかない問題ばかりだ。しかしイギリスの国民投票の破壊的影響は、ヨーロッパ諸国、とりわけイタリアとフランスにも及ぶ可能性がある。

これらの国では、やはりEU離脱を問う国民投票実施を求める声が高まっている。たとえその要求を当面ねじ伏せることができたとしても、たとえばイタリアでは、その先導を切る野党「5つ星運動」が次の選挙で政権を握る可能性がある。

各国の政治で何が起きるかは予想がつかない。

ただ、イギリスのような国にとってEU離脱は複雑で厄介な問題だが、イタリアのような国の離脱は、もっと劇的な破壊力を持つ可能性がある。

イタリアはユーロに参加しているからだ。つまり、もしイタリアがEU離脱を選んだら、巨大な金融危機が起きるだろう。

これはEUの終わりの始まりなのかもしれない。私はそんなことを決して望んでいないが、ごく最近、仲間と製作した映画『The Great European Disaster Movie』(2014-15年)で、こうした危機を予測している(NHKでも放送された)。

残念ながら、その映画はハッピーエンドではない。

ビル・エモット
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学で政治学、哲学、経済学の優等学位を取得。英国『エコノミスト』誌ブリュッセル支局員を経て、1983~86年、東京支局長として日本に滞在。1993~2006年、同誌編集長を務める。『日はまた沈む』『アジア三国志』『20世紀の教訓から21世紀が見えてくる』など著書多数

ビル・エモット
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学で政治学、哲学、経済学の優等学位を取得。英国『エコノミスト』誌ブリュッセル支局員を経て、1983~86年、東京支局長として日本に滞在。1993~2006年、同誌編集長を務める。『日はまた沈む』『アジア三国志』『20世紀の教訓から21世紀が見えてくる』など著書多数

(翻訳:藤原朝子、協力: タトル・モリエイジェンシー)