ラオックス社長「爆買い仕掛け人」の知られざる人生

2016/5/21

下がり続ける日本を見てきた

羅 こんばんは。今日はお呼びいただきありがとうございます。僕はあまり取材や対談に応じてなくて、今回も本当はイヤと言いたかったけど、亀山さんにはイヤと言えないから(笑)。
亀山 ありがとう(笑)。まずは、羅さんとの馴れ初めから話そうか。
羅 最初は、亀山さんがやってる亀チョクに、うちの社員が携わっていて、そのつながりで出会ったんですよね。それから亀山さんとはプライベートでお付き合いをしてきました。
亀山 バーベキューしたり、食事に行ったりね。一緒に仕事をするのは今回が初めてじゃないかな。
羅 そうですね。今日はそんなご縁で対談に呼んでもらいました。
羅怡文(Luo Yiwen)
ラオックス社長
1963年中国・上海生まれ。1989年来日。東京大学大学院経済学研究科在籍中の1992年、中国語新聞『中文導報』創刊。1995年に中文産業、2006 年に上海新天地(現・日本観光免税)を設立後、2009年8月にラオックス社長に就任。
亀山 日本に来て、もう何年になるんだっけ?
羅 1989年に、24歳で来日したからもう25年以上です。日本語学校に2年行った後、東京大学の経済学研究科で研究生として2年過ごしました。
その後、東大大学院の受験に落ちて、横浜国立大学の経済学研究科に修士課程で入学しました。ただ、そのときはすでにビジネスを始めていたから、論文を書く時間がなく、修了に3年かかりました。
日本で合計7年間も学校にいたというと真面目に思われるけど、勉強していなかったから7年もかかったんです(笑)。
当時、日本はバブルでしたが、僕は来日したばかりでバブルだとわからなかった。はじけた後に初めて理解しました。
亀山 俺もそのとき田舎にいたからわかんなかった。後から振り返って「あれがバブルだったんだ」って感じだよね。
羅 僕が日本をわかり始めてきた頃には、すでにバブルは完全にはじけ、デフレ時代に突入していました。そこから20数年間、デフレ一筋で下がり続ける日本を見てきました。

留学生向けの情報産業が原点

亀山 初めてやった事業はなんだったの?
羅 1992年に始めた、中国語の書籍をレンタルする事業ですね。当時、日本には20万人以上の留学生がいましたが、携帯電話もインターネットもない時代だから、中国語の情報がとにかく少なかった。
そこで、香港から中国語で書かれた本を仕入れ、日本に住む中国人にレンタルする商売を始めました。当時、大陸では出版物の制限が多かったから、入手しにくい本は香港で手に入れたのです。また、「中文導報」という中国語の新聞もつくりました。
その後、1995年に「中文産業」という会社を立ち上げ、CS放送の中国語チャンネルを始めました。これも在日中国人に情報を提供する仕事ですが、当時80万人いた在日中国人のコミュニティで、相当の影響力を持っていたと思います。
亀山 じゃあ日本にいる中国の人は、みんな羅さんのこと知ってたんだ。
羅 冗談抜きで、今よりずっと有名でした。インターネットが普及するとともにユーザーは減りましたが。
ラオックスを買収して社長になったのは2009年、2016年で7年になります。過去にやってきたメディア事業とラオックスの免税店事業は、一見するとまったく違う性質のようですが、僕の中で「日本と世界を繋ぐ」「日本と中国を繋ぐ」というコンセプトは一貫しています。
それまでは日本にいる中国人に情報を提供していましたが、今は中国人をはじめ世界の人に日本のモノを提供している。表現の仕方が変わっただけで、情報やモノを通じて日本と中国のコミュニケーションを図る点は一緒です。
日本はすごくいい国。いいものがいっぱいある。でも日本はマーケットを開放しようとしないから、残念ながら海外に全然知られていない。それを何とかしたい思いは20数年間ずっとあります。
亀山 これまでは日本に住んでいる中国の人を対象としていた。今は日本にやってくる中国の人を対象としている。違いはそこだけってことかな。
羅 そうですね。過去は在日中国人80万人がターゲットで、今は中国からの観光客だけで500万人、訪日観光客(インバウンド)全体では2,000万人に届きそうな勢いです。だから、マーケットは今のほうがはるかに大きいです。
亀山敬司(かめやま・けいし)
DMM.com会長
石川県のレンタルビデオ店からアダルト、IT、太陽光発電、FX、英会話、3Dプリントと節操なく事業展開をする実業家。めったに人前に姿を現すことがなく、その正体は謎に包まれている。

平和あってこそのビジネス

亀山 そうやって日本と中国の橋渡しをしているけど、時々国どうしが喧嘩することもあるじゃない。やっぱり結構大変なんじゃないの?
羅 いやー、大変ですね。一番きつかったのは、2012年の尖閣諸島問題でした。このときは全然観光客が来なかった。こうした経験があるから、とくに僕たちのビジネスは、ベースに平和があってこそだと実感しますね。
今も日中の政治的関係は決して良いとは言えないけど、人の往来がある限り、徐々に改善できるでしょう。
2015年、日本に来た中国人は500万人です。13億人いる中国人のたった0.3%でしかない。この50~60年で日本に来た中国人を全部足しても、3%にしかならない。要するに、97%の中国人は日本に来たことがないんです。
亀山 日本から見たら、いっぱい来てるように思うけどね。
羅 要するに、ほとんどの中国人が日本を知らないんです。だからニュースや宣伝だけで日本のイメージを決めてしまう。でも、来てもらえば良さをわかってもらえる。実際、来日した人の中には、日本にハマって、リピーターとなる人も増えています。
亀山 やっぱり一度来てみると印象が良くなるんだ。
羅 昔、日本に来ていた中国人は「日本のビルは低い。上海の方が高いビルがたくさんある」と外側しか見ていなかったけど、最近は、「日本の食事は美味しい、サービスが良い、日本人は親切、環境がきれい」とソフト面に着眼するようになりました。
そうやって日本のことを好きになる中国人が増えています。
一方、香港と台湾の訪日者数は人口の10%を超えています。2015年、香港は人口700万人に対して100万人、台湾は人口2,300万人に対して300万人が日本を訪れています。
この比率で中国人が来ると1億5,000万人になる(笑)。政府は2020年には訪日観光客を4,000万人、2030年には6,000万人にしたいと言っているけど、それどころじゃない。
10%は無理でも、仮に2%の中国人が来たら2,600万人。去年の訪日観光客全体の数を上回ります。これからの日本の成長を考えると、観光立国を掲げた方向性は正しいと思います。
亀山 国どうし、政治的にいろいろ綱引きがあるだろうけど、「お互い、喧嘩すると経済的に損だよね」「じゃあ喧嘩はやめておこうか」となるのがいいよね。
羅 ええ。内閣府の調査では「日本、中国とも9割は互いの国に良い印象をもっていない」という結果が出ていますが、実際に日中を往来している人は、互いの国にすごく親しみを持っていると思います。
亀山 実際に会えば親しみが持てる。会わなかったらお互いに胡散臭く思えたりするけど。
羅 政府とマスコミの話だけをみると、日中関係はめちゃくちゃ悪い。でも、民間ではそんなことはない。真実はどこにあるのかを見極める必要があります。
亀山 うちの会社にも中国人社員が何人かいるけど、すごく一生懸命やってくれるし、混ざっていけば調査とは違う日中関係が見えてくるよね。さて、そんな中ラオックスは何を目指しているのか、詳しく聞いていこうか。
(構成:合楽仁美、撮影:遠藤素子)