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日本サッカーに足りないもの(第3回)

指導者に大事なのは権威か能力か。日本サッカーが選ぶべき道

2016/4/27

シュートが枠に飛ばない、ゴールが決まらない──。決定力不足は世界中のチームが抱える頭の痛い問題だ。だからこそ、ビッグクラブは大金をはたいて旬のストライカーを市場から仕入れ、鮮度が落ちたらまた次のストライカーを探す。

点取り屋は「育てる」ものではなく、「探す」もの。欧州ではそれが共通認識であり、ヨハン・クライフですらゴールを決める才能を「定義不能な本能」と表現している。

ただし、伝統的に才能を発掘してきた欧州ならそういうやり方でごまかせるかもしれないが、日本ではまだ探すノウハウに乏しい。今すぐに優れた日本人FWを生み出すには、欧州とは異なるアプローチが必要だ。

それに挑戦しているのが、元Jリーガーでスポーツジャーナリストの中西哲生だ。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「Get Sports」などに出演し、Tokyo FM「クロノス」で月曜日から木曜日までパーソナリティを務める傍ら、サッカーの指導をとことん理詰めで考えている。

目線がパフォーマンスに影響する

プレーを技術論と動作論に“因数分解”し、さらに生理学や心理学の知見を取り入れ、呼吸法や眼球の使い方にまでこだわる。いわばサッカーの研究者だ。

たとえば眼球の状態が内臓の状態に影響することが医学的にわかっているため、選手たちにこう伝えている。

「目線が下になってはいけない。そうなっていると感じたら、まずは意識的に斜め上を見てから、前方に目線を取ってみよう。視野が広くなるのを感じるはず。集中力もアップする」

ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドは、シュートを外したあとにはにかみながら天を見上げることが多い。本人は意識していないかもしれないが、気持ちのリセットに役立っているはずだ。

また、試合中に思考が鈍いと感じたときには、両手で体のどこかをリズミカルに叩くことを勧めている。

「選手には、もし緊張しているなと思ったら、両足の太ももを手のひらで交互にタップするように伝えている。そうすると体がリズムを取り戻して、緊張がほぐれます。僕も番組の打ち合わせなどで思考が鈍くなってきたと思ったら、指で机をタップするようにしています」

人体に関する幅広い知見を融合し、なおかつ選手目線でかみ砕く。極めて実践的だ。その効果が選手に口コミで伝わり、現在、日本代表の長友佑都(インテル)、なでしこジャパンの永里優季(1.FFCフランクフルト)、U-17日本代表の久保建英(FC東京U-15むさし)らが中西の個人レッスンを受けている。

決定力アップの3つのポイント

研究者の父親(中西康夫、大阪大学名誉教授・発生生物学)を持つ中西は、理系的素養を受け継いだためか、とにかく現象を細かい要素に分解することを好む。

どうしたらゴールを決められるかを考えるために、まず中西はデータから意味のあるゴール(先制点、同点弾、逆転弾)のみをピックアップした。だめ押し点は相手がリスクを負って攻めに出ているケースが多いので、あえて排除する。

そのフィルターをかけたうえで、どんな球種(直球、カーブ・シュート回転、チェンジアップ)のシュートが決まりやすいか、どんなフォームのシュートが止められづらいかを、映像を見ながら徹底的に調べた。それを実地に落とし込んで試行錯誤を繰り返し、独自の結論に行き着いた。

その中から、3つのポイントを取り上げたい。

(中西の指導は、基本姿勢からトラップやドリブルまで多岐にわたるが、今回はシュートの話のみに限定する)

シュート時にGKに胸を見せない

1つ目は「GKに腹(胸)を見せない」ということだ。中西は解説する。

「GKにとって、最も相手の動きを読みやすいのは腹が見えているとき。だから相手DFで目線をさえぎって、腹を隠してシュートを打つと、GKの反応が遅れます。さえぎるものがないときでも、軸足を進行方向に踏み込んで体をひねってシュートを打つと、GKから腹が見えない」

「先日、イチロー選手がテレビ朝日の番組のインタビューで『打者は投手に胸を見せてはいけない』ということを言っていた。まさにそれと同じことです」

シュートの球種は、大ざっぱにいって、「直球」「カーブ・シュート回転」「チェンジアップ」の3つだが、最も入りやすいのは「カーブ・シュート回転」である。GKの手が届かないところにボールを送り込みやすいからだ。

カーブ・シュート回転のキックをするうえでも、体をねじって腹を見せないフォームは適している。

半テンポ待つ

2つ目は「半テンポ待つ」。ボールを半テンポ引きつけてから打つことを心がけるのである。

もしかしたら直感とは異なるかもしれないが、シュートというのは窮屈な体勢で蹴ったときのほうがいいキックになる。関節が伸びた状態よりも、曲がった状態のほうが、「ねじれ」のエネルギーを有効利用できるからだ。

「人体の構造上、足首の関節を曲げずに伸ばしたまま打とうとすると、上半身が起き上がってしまう。すなわちボールを吹かしてしまう。狙い通りに打つには、シュートの瞬間、足首の関節は曲がっていたほうがいい。足首を曲げると、自ずと膝関節、股関節も曲がる」

それを実現するうえで、ポイントになるのが「半テンポ待つ」ことだ。ゴール前では相手が迫ってくるのでなるべく早く打ちたくなるが、そこを半テンポだけ我慢して、ボールが体の近くに来るのを待つ。そうすると窮屈な体勢で打つことが可能になり、すなわち「ねじれ」のエネルギーをボールに乗せることができる。

インパクトの直後に軸足を抜いて余分なエネルギーを逃すので、シュート後に小さくジャンプしたようなアクションになるのが特徴だ。うまくいけば、カーブ性のシュートがゴールマウスに吸い込まれていく。

シュート時に感情を消す

そして3つ目は「感情を消す」。シュートを打つ瞬間、いろいろな感情が湧き上がると、体がこわばってしまう。打つ瞬間に限れば、感情は百害あって一利なし。その場面まで持っていけたら、あとはマシーンのように正確に動作を行うだけだ。

「早く打ちたいという焦りと、決めたいという力みが、シュートを邪魔するんです。極端に言えば、決めたいと思って打ってはいけない。選手には『シュートに感情を入れるな』と伝えている。あとは、いかに決まるフォームを遂行するかのみです」

中西は昨年から母校・同志社大学のサッカー部のテクニカルディレクターを務めており、週末に技術指導を行っている。同志社は関西2部から1部に上がり、今年の開幕戦では昨年準優勝の阪南大学に2対0で勝利して波乱を起こした。まさに2点とも、中西が推奨するカーブ性のシュートだった。1部は甘くなく、その後2連敗しているが、選手たちは手応えを得ているはずだ。

こういう視点を持つと、シュートフォームの良しあしを判別できるようになる。日本代表の試合でも、体が伸びた状態でのシュートや、腹が見えて読まれやすいモーションが多いことに気がつく。

もしこのノウハウが共有されれば、間違いなく日本サッカー界の決定力は上がるはずだ。

権威が優先される日本

ただし、新しいアイデアを貪欲に吸収して生かそうとするほど、Jリーグの多くのチームはイノベーティブではない、というのが個人的な印象だ。

革新的な取り組みがブームになっているドイツであれば、野心的なクラブがすぐに中西を呼んで勉強会を開き、上品に言えば意見交換を行い、下品に言えばアイデアを盗もうとするだろう。節操のない競争が業界を進化させる。

それに対して、日本サッカーの指導者界は、まだまだ権威が優先される社会だ。現場でアウトサイダーを生かすことに慣れていない。

中西は引退後に、キャスターとしての顔を持つようになった。指導者一筋で生きてきたわけではなく、それゆえに指導者として活動することを快く思わない関係者もいるだろう。

先入観が目をくもらせる

実は筆者も、長友にテクニカルなアドバイスを伝えているという情報を聞いても、解説者的なアドバイスにとどまっていると思っていた。

だが、それは完全に先入観による思い込みだった。

中西の指導現場を訪れると、理論と実践が見事に融合されており、選手のちょっとした動きから課題を見抜き、すぐに改善案を伝えられる。誰でも隠された弱点があり、360度自在に体を動かしてボールを扱える選手は少ない。プロ選手でも多くのノビシロがあることがわかった。異なる道を歩んだからこそたどり着けた視野の広い指導法だ。

おそらく中西だけでなく、日本サッカー界には同じようにイノベーティブな指導者がそれぞれの地域でチャレンジを続けているだろう。しかし現状では、日本代表経験といった権威がない限り、同業者と違うことをやっている指導者がJリーグのクラブと連携するのは簡単ではない。

どうしたら権威主義から能力主義へと脱皮できるのか。

かつては権威主義にどっぷりと浸かっていたドイツでの「改革」が参考になる。

*続きは明後日掲載します。