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日本サッカーに足りないもの(第2回)

日本サッカーの走り方の誤解。地面を蹴ってはいけない

2016/4/26

日本サッカーに「何かが足りない」ことを雄弁に語った試合がある。2001年3月、パリ郊外のサンドニで日本がフランスに0対5で敗れた試合だ。

雨によってピッチが滑りやすく、日本の選手が足を取られたのに対して、フランスの選手たちは重馬場をもろともせず軽やかに走っていた。まるで水面の上を飛び跳ねているかのように見えた。

特に衝撃だったのは、ジダン(現レアル・マドリード監督)だ。ピッチが柔らかい場合、通常はグリップ力に優れた「取替式」のスパイクが好まれる(スパイク裏の凸部分のスタッドが長い)。

しかしジダンは「固定式」(凸部分が短く、足への負担は少ないがグリップ力に劣る)を履いて悠々とプレーしていたのだ。

「自分たちは取替式を履いて滑っているのに、ジダンは固定式でまったく滑っていない。この差は何だ?」

試合後、イタリアでプレーしていた中田英寿を除き、多くの選手が疑問を口にした。中村俊輔はサッカー人生における最も思い出深いゲームとしてサンドニの試合を挙げている。

のちに欧州でプレーする選手が増えると、日本の選手も柔らかいピッチに慣れ、今ではそれほど大きな問題になっていない。しかし、慣れて何となく問題をごまかせているのと、根本的に解決されているのとでは大きな違いがある。残念ながら日本サッカーは、まだ前者の段階にある。

岡崎慎司が大化けした理由

ジダンと日本の選手の差は何か。それは「走り方」にある。イメージを先に言うと、ジダンは地面を蹴らずに走っているのだ。

筆者にこの事実を教えてくれたのは、元陸上選手で岡崎慎司のパーソナルトレーナーを務める杉本龍勇(法政大学教授。1993年日本選手権100メートル・2位)だ。ベルリンに留学して「走る技術」が存在することを知って開眼し、浜松大学陸上部で指導する傍ら、清水エスパルスでフィジカルコーチを始めてこの分野の第一人者になった。小学校のときにサッカーをプレーしていた経験も役立った。

Numberの企画で取材をしたとき、杉本はこう説明した。

「自分の経歴を見て、『走り』をクローズアップされることが多いんですが、僕自身のトレーニングの神髄は『運動神経を良くする』ことなんですよ。走ることも技術の一つなので、運動神経が良くなれば足も速くなるし、ボールスキルも上がる」

その恩恵を最も受けたのが、清水時代に出会った岡崎だ。「足が遅い」と感じていた岡崎は個人練習を直訴して杉本に食らいつき、走り方を180度変えた。その結果、日本代表のエースになり、ドイツで2年連続2桁得点を達成し、さらに今季レスターの中心選手としてプレミアリーグの優勝を成し遂げようとしている。

足踏みでわかる日欧の差

杉本によれば、そもそものリズムの取り方が日本と欧州では異なる。

「直立して立ち、1、2、1、2とリズムを取って、その場で足踏みをしてください」

ぜひ席から立って、これを実行してみてほしい。

おそらく多くの日本人が、1のタイミングで一方の足を地面に下ろし、2のタイミングでもう一方の足を下ろす、という動作になるだろう。

それに対して欧州の人は、1のタイミングで一方の太ももを上げ、2のタイミングでもう一方の太ももを上げる。

日本人は足を下ろすときにカウントし、欧州の人は太ももを上げるときにカウントする──。あくまでリズムの取り方の話のように思えるが、ここに走り方の本質的な違いが表れている。

地面を蹴らない走法

岡崎が杉本のもとで無我夢中で取り組んだのは、「地面を蹴らない走法」だ。

片方の足をピンと伸ばして体を支え、もう一方の足を大きく前に振り出す。大股で前に出すと、腸腰筋が引っ張られる。その収縮を推進力に変える、というものだ。

「振り子の原理でビューンと前に足を振り出すと、着地したときに足が目いっぱいに広がった状態になります。そうすると股関節を動かす腸腰筋が張りますよね? 引っ張られたゴムを離すと勢い良く縮むのと同じで、その力で足が前に出る」

「地面を蹴って走ると、毎回、片足スクワットをしているようなものですが、この走り方は違う。ヨーロッパの選手たちが粘土質の柔らかいピッチでも滑らないのは、地面を蹴って走っていないからなんですよ」

「腸腰筋のバネ(張り)は、遊脚(振り出す脚)が大きく前方に振り出され、かつ支持脚(軸足)がまだ接地している状態になると発揮されます。つまり支持脚が地面に接地しつつ、股関節の可動域が大きくなった状態です。また、このときに腰が後ろに逃げてしまうと腸腰筋が張らなくなり、バネ効果は小さくなります。ですから姿勢が悪いと走れなくなります」

ポイントは支持脚(軸足)にあり、そこがグラグラするようだと、この走り方はできない。岡崎の自主トレの様子を見ると、片足を杉本の肩に乗せ、もう片方の足だけで立って支持脚の正しいフォルムをつくるメニューがある(詳しくは杉本龍勇監修『スポーツに活きる! 正しい走り方講座』を参照)。

脚を降り出すとどれだけスピードアップするかは、前述の足踏みで実感できる。たとえば通勤や通学で駅に向かいながら、太ももを上げるときに「1、2、1、2」と数えて歩くと、目に見えてスピードが上がる。

適切に力を入れ、適切に抜く

この走り方の利点は、単に速いだけでなく、疲れづらいという点にある。

「走る動作というのは、『ゆっくりした状態から速度を上げる』ことにはすごくエネルギーがいります。一方、『速度を上げてから抜く』ことのほうが圧倒的に楽です。だから最初の2、3歩でガッとスピードを上げて、あとは力を抜くのがいい。脱力したまま、慣性の法則で進むということ。そうすればスピードを保ったまま、余裕を持って止まった状態と同じスキルを出せる」

「日本人の持久力の考え方って、頑張るとか根性じゃないですか。でも、どれだけ適切に力を入れて、適切に力を抜けるかが、本当の持久力だと思うんです。岡崎が90分走れるのも、ガソリンタンクが大きくなったからではなく、燃費が良くなったから。本人ともそういう話をしています」

ガッとスピードを上げて爆発的にプレーし、それでいてうまく慣性を使って力を抜くので90分それを継続できる。欧州の選手たちがxをXにして、さらにそれを継続できるのには、ここに秘密がある。

JリーグMVPの体の使い方

「地面を蹴らない」ことの重要性を訴える日本人トレーナーは、ほかにもたくさんいる。たとえば広島在住の西本直トレーナーだ。

西本は「体を整える」ことに関して日本トップクラスで、そのすごさをサンフレッチェ広島の森保一監督は現役時代から身をもって知っており、チームで対処できないケガ人が出るたびに西本の元に送り込んでいる。

たとえば中心選手の青山敏弘は2014年W杯後、腰の状態が悪化して椎間板ヘルニアを患い、ドクターから「手術しなければ治らない」と診断されてしまった。だが青山は手術を拒否し、森保監督の紹介で西本の門戸を叩いた。

西本からすれば、椎間板ヘルニアを手術なしに改善するのは、これまでに何度も行ってきたことである。青山は西本の施術とトレーニングによって手術を回避し、2015年には優勝の原動力になってJリーグのMVPに輝いた。

西本にとって「体を整える」ことと「正しい動きづくり」は同じ作業である。青山に対して、体の使い方を根本から変えるように指導した。骨盤を上下させることで常にアイドリングの状態を生み出し、肘を後ろに引くことをスイッチとして、地面を蹴らずに動き出すという体の使い方だ(言葉で説明するのは難しいため、ぜひ西本のスタジオ「Conditioning Studio 操」を訪れてほしい)。

杉本は最初の2、3歩でエネルギーを爆発させ、そこから力を抜くという考えに立っているのに対し、西本は徹底して(屈筋の)筋力に頼らないという考えに立つ。小さな違いはあるものの、「どれだけ体に負担をかけるリスクを負うか」という部分の違いにすぎないだろう。「地面を蹴らない」という大枠は同じだ。

原口元気の取り組み

昨季、青山は踏ん張らずに動き出す方法を次第に身につけ、90分間、強度の高いプレーを続けられるようになった。今季は毎週のように西本の元を訪れて体をチェックしている。

また、日本代表の原口元気はヘルタ・ベルリンに移籍してから走力の大切さに気がつき、筑波大学の谷川聡・専任講師(110メートルハードルでシドニー五輪とアテネ五輪に出場。元マラソン選手の谷川真里のいとこ)に従事するようになった。やはり地面を蹴らない走り方に取り組み、90分フルパワーで戦えるようになった。今、原口は岡崎とともに、日本代表の中で最も爆発的なプレーを継続できる選手だ。

ほかにもこの問題に気がついているトレーナーは多く、少しずつ改善されているものの、まだ一部の取り組みにすぎない。日本サッカーの「爆発的プレーの不足」を解決するには、杉本や西本らの知見が共有されることが必要だ。

こういう個人の知見が、全体で共有できていないのは「走り方」だけではない。もどかしいことに、日本サッカー最大の課題の一つである「決定力」についても同じ問題が起こっている。

*続きは明日掲載します。