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日本サッカーに足りないもの(第4回)

権威ある人間が、自ら権威を破壊。ドイツサッカー覚醒の理由

2016/4/29

今、サッカー界で最もイノベーティブな取り組みをしている国は、間違いなくドイツだ。

ドイツサッカー協会は学校・クラブ・地元サッカー協会の三者の連携を重視しており、それがうまくいっているところを「エリートシューレ」(エリート学校)として認定して資金援助している。

たとえばシャルケのホームスタジアムのすぐ横にある「ゲザムトシューレ・ベルガー・フェルト」は世界最強の育成校だ。ドイツが2014年ブラジルW杯で優勝したとき、そのメンバーに同校の卒業生が4人も名を連ねていた(ノイアー、ヘベデス、エジル、ドラクスラー)。

同校のプロサッカー選手を目指す生徒は、週に3回、午前中の授業が2コマ免除され、その時間にサッカーの練習をすることができる。教えるのはシャルケの指導者たちだ。

最大の特徴は「育成コーディネーター」が学校に常駐していること。選手が練習と勉強を両立できるように、彼らが時間割を調整し、補習の手配もする。

そして放課後は、すぐ横のシャルケのアカデミーで本格的なトレーニングに励む。学校の教育力とプロの指導力が見事に融合している。

技術専門コーチの活用

ドイツサッカー協会は、データへの取り組みでも世界の最先端を走っている。

ソフトウェア企業のSAPと共同で試合分析システム「マッチインサイト」を開発し、選手がビデオゲーム感覚でデータを扱える環境をつくった。スクリーンをタップすれば、好きな情報にアクセスできる。

また、国産主義のプライドに縛られず、国外の人材も活用している。

ドイツ代表のスカウト責任者はスイス人のジーゲンタラーで、彼が監督に戦い方をアドバイスして007の役割を担っている。

昨年まではオランダ人のルーカセンがテクニックトレーナーを務め、アンダー年代からA代表まで、全カテゴリの代表選手に技術を個人指導していた。

ドイツの美徳2.0

移民系の子どもたちにもエリート育成の扉を開き、トルコ系のエジルやガーナ系のボアテンなど、いろいろなルーツを持つ選手が飛躍した。

ドイツは国としてアジアからの難民も受け入れており、現在のドイツU-21代表には、シリア出身のダフードとアフガニスタン2世のアミリがいる。

昨年、「deutschen Tugenden 2.0」(ドイツの美徳2.0)という、ドイツの伝統的な勝負強さ(ゲルマン魂)を現代サッカー向けに昇華するプロジェクトも始まった。とにかく彼らはコンセプトを大事にしている。

アメリカから来た改革者

ただし、今でこそ最先端を走っているが、約12年前は時代遅れの国だった。

ドイツは2004年のEURO(欧州選手権)で1勝もできず、グループリーグで敗退。フィジカル頼みのサッカーでは勝てず、戦術の進化に完全に取り残されてしまった。

そんなどん底のチームを救ったのが、ドイツ代表監督に抜てきされたユルゲン・クリンスマンである。

クリンスマンは中国系アメリカ人の妻を持ち、引退後はカリフォルニアに住んでおり、ドイツ生まれながら感覚はアメリカ人である。

ドイツサッカー協会との交渉に弁護士を同伴させ、仕事が邪魔されないようにさまざまな裁量権を認めさせた。

たとえばドイツ代表時代のチームメイトのビアホフをマネージャーに置き、自分のメディア対応が最小限になるようにした。

さらに協会の外に専用オフィスを用意させ、独立した存在であり続けた。

反発の中で改革を実行

こうやって外堀を埋め、クリンスマンは次々に挑戦状を叩きつける。まずはアメリカからアメフトやバスケで実績をあげた「アスリーツパフォーマンス」(現エクソス)の責任者を招聘して、選手の肉体改造を一任した。

当然ドイツ人トレーナーたちは猛反発し、メディアには「なぜサッカー後進国のアメリカから?」という反対意見であふれかえった。

だが、すべては結果だ。ドイツが2006年W杯で3位になると、一気にクリンスマン流がスタンダードになり、国内のクラブが「アスリーツパフォーマンス」のやり方を勉強し始めた。今でもドイツ代表のフィットネスは彼らが担当している。

クリンスマンは容赦なく人も入れ替えた。10年以上ディレクターを務めてきたベルント・パフを解任。

GKに競争原理を持ち込むために、バイエルンのGKコーチと兼任だったゼップ・マイヤーを辞任させた。

悪しき慣例も、迷わず破壊した。ドイツ代表のホテルに代表OBたちが自由に出入りしていたが、緊張感がなくなるため完全排除。

代表は郊外の森のホテルに泊まることが多かったが、街のど真ん中の高級ホテルに移させた。

とにかく改革、改革、改革。2006年W杯前にクリンスマンへの批判は頂点に達したが、自国開催の大会で3位になったことで評価が覆り、国民的なヒーローになった。

クリンスマンが外圧となって古い体制を叩き壊し、2004年からのわずか2年で協会の体質が激変した。

旧東ドイツ出身者の提案

ここにもうひとりのキーマンが現れる。同じく元ドイツ代表選手のマティアス・ザマーだ。

バロンドールに輝いたこともある名リベロは、旧東ドイツ出身で、共産圏のエリート教育によって生み出されたスーパーアスリートだ。

ザマーは2006年にドイツサッカー協会のスポーツディレクターに就任すると、東ドイツ流のエッセンスを現代にアレンジし、冒頭で書いた「エリートシューレ」の制度をスタートさせる。

さらに新世代の指導者にチャンスを与えるべく、ブンデスリーガのクラブの会長やGMに「下部組織に若くて優秀な監督がいたら、積極的にトップチームの監督にして欲しい」と説いて回った。

それに賛同したのがマインツだ。2008年にマインツU-19の監督だったトーマス・トゥヘル(現ドルトムント)をトップの監督に抜てきし、2015年にマインツU-23の監督だったマルティン・シュミットを昇格させた。

他チームでも「下部組織からの抜擢」がブームになり、今季ホッフェンハイムでは28歳のユリアン・ナーゲルスマンが監督に昇格して話題になった。

現在ブンデスリーガ18チーム中7チームで、自チームの下部組織から昇格した監督が指揮を取っている。

もはやドイツでは、選手時代に代表だったかどうかは、問題にならなくなっている。完全な能力主義だ。

元代表の権威をぶっ壊した

クリンスマンとザマー。2人の行動に共通しているのは、自身が元代表の英雄だったのにもかかわらず、元代表の権威をぶっ壊したことだ。

権威のある人間が、自らの権威を破壊する──。ドイツサッカー成功の最大の秘密は、そこにあるのではないだろうか。

では、日本サッカーのクリンスマンやザマーになれるのは誰か。

個人的に思い当たる人物がいる。