楽天イーグルスの礎(第1回)
楽天イーグルス誕生の陰にあった「要素分解」と「打ち出し角度」
2016/3/22
2004年に突如巻き起こったプロ野球再編問題は、東北楽天ゴールデンイーグルスという新球団を生み出した。同年11月に新規参入が承認されると、2005年シーズンから参戦する急ピッチぶりだったが、参入初年度からパ・リーグ6球団で唯一の黒字を計上。参戦9年目の2013年シーズンには、初の日本一も達成した。
半世紀ぶりに生まれた新球団は、いかにして奇跡の成長を遂げたのか──。発足時の楽天イーグルスにおける取締役事業本部長であり、現在はヤフー執行役員でショッピングカンパニー長を務める小澤隆生氏が、球団発足から黒字経営に至る舞台裏を明かした。(全4回)
事業を成功に導く“地図づくり”
岡部:小澤さんはイノベーターズ・ライフに登場した際、球団立ち上げ当初について「プロ野球を要素分解した」と語られていました。今回はいかにしてゼロからプロ野球球団をつくったのかを詳しく教えてください。
小澤:僕は球団をつくろうとして働いていたのではありませんから、知識がまったくなかったわけです。ただ、プロジェクトとして捉えたとき、“地図”をつくるために、球団がどのように成り立っているのか、過去の成功事例などを徹底的に調べました。
岡部:“地図”をつくるとは、どういうことでしょうか。
小澤:要は地図がなければ、何が正解で何が間違えているのかが判断できないわけです。地図があれば、「あっちの方向に行けばいいのか」ということがわかりますから、地図をつくらない限り前に進んでいくことはできません。
「プロ野球事業における成功の秘訣(ひけつ)はこれだ」ということにたどりつくために、プロ野球がいかにして成立していて、何が正しいかを調べるということです。僕の中では、その行為を「地図をつくる」と呼んでいます。
事業を徹底的に「要素分解」
岡部:それは要素分解とは違うのでしょうか。
小澤:要素分解の一部ですね。球団は「チーム」と、そのチームを活用した「ビジネス」の2つに分かれて、僕はビジネスの担当になります。プロ野球ビジネスを要素分解してくと、「チケット」をはじめ「広告」「放映権」「グッズ」「飲食」「ファンクラブ」などで構成されていることがわかります。
そこからも、チケットであれば「販売方法」や「席種」というように、どんどん要素分解をしていくわけです。分解が終わったら、それぞれの要素についてスポーツという枠を超えて世界中の成功事例を調べていきます。
そうすると、チケットに関する野球やサッカー、コンサートなどの事例が横軸でとれます。縦軸については、チケットの販売方法なら「インターネット」や「売り場」、チケットの席種なら「指定席」「自由席」などで、縦横のマトリックス図ができあがるのです。これは僕が何を取りかかるときでも最初にやるように、球団づくりでもやりました。
岡部:調べるのは日本のプロ野球だけではないわけですか。
小澤:そうですね。必要だなと思うものに関しては、すべて調べます。もちろん、自分だけでは調べ切れませんから、多くの方々に協力してもらいました。
その次に「打ち出し角度」を決定します。球団づくりに限らず、事業は最初にどこに向かって進んでいくかが非常に大事ですから。
成否を分ける「打ち出し角度」
岡部:球団づくりでの「打ち出し角度」はどのようになりますか。
小澤:すべてを調べ切った地図から、中長期的な目線で「こういう事業をつくろう」「こういう球団にしよう」とバッと決めるわけです。それに基づいて、最初の戦略も決まっていきます。
岡部:「ビジョン」や「ミッション」にあたるものですね。本拠地からすべてゼロから球団をつくったのは、初めての事例だったと思います。
小澤:1954年の高橋ユニオンズ以来でした。逆に言えば、チケット一つとっても販売方法は自由に決めていいわけです。
岡部:すべて自分たちで決められるわけですね。
小澤:スタジアムを改修するところから始めましたから、どのように席種を割り当てるかも決めることができました。
しかし、自分の中に地図がないまま、どこか1カ所をまねしたら必ず間違いが起こります。特にスタジアムに関してはやり直しがきかないわけですから、日本に限らずに世界中のスタジアムを視察してから、一番正しいであろう選択を下しました。
そこで野球を見るための施設ではなく、「ボールパーク」をつくることが決まります。つまり、野球を見るために最適化されている施設ではなく、エンターテインメント施設ということ。持ち込まれたアイデアは、どれも野球を見るための施設になっていましたから、これは非常に重要な決定になりました。
岡部:以前は野球を見るためのスタジアムしかありませんでした。それがまさに打ち出し角度になるのでしょうか。
小澤:そうですね。スタジアムに関しては、将来的に女性を呼び込むことを考えて飲食の充実とトイレは必ずきれいにすることを考えていました。球団は生まれたばかりで勝てないことは予想していましたから、お客さんに来場し続けてもらえる仕組みにするために、「居酒屋構想」というスタジアム全体を居酒屋に見立ててつくりあげようと。
岡部:それで居酒屋のような対面のシートが生まれたわけですか。
「負けても来てもらえる場所」
小澤:仙台に野球好きが100万人いれば、野球観戦に最適化したスタジアムでもいいかもしれませんが、そうではありません。
それにおそらく弱いということで、負けてもお客さんに来てもらうために野球以外の楽しみをどれくらいつくれるかが重要だと考え、「負けてもお客さんが来てくれる場所にする」ということが最初の大きな方針としてありました。
その方針が「What」だとすれば、「How」はチームが負けてもお客さんに来てもらうためにはどうしたらいいだろうかということ。その中で一つの考えとして、居酒屋は野球をやっていようがいまいが行くところだったということです。
岡部:居酒屋に野球場があるという状況をつくり出したわけですね。
小澤:主従関係においてどちらかを主で考えるとすれば、極端に言えば「居酒屋が主でいいのではないか」と。居酒屋とスタジアムの差を考えたとき、居酒屋はなぜ野球がなくても3時間居座れて、スタジアムでは野球があるのに3時間もすれば女性が飽きてしまうのかということです。
岡部:普通の居酒屋だったら飽きないのにもかかわらず。
小澤:よく野球に興味がないから飽きてしまうといわれ、野球講座を開いてお客さんに理解してもらおうとしまいがちです。もちろん、それらはアプローチの一つではあると思いますが、どれも野球に寄せていくやり方といえます。
岡部:確かにその通りです。
野球はお客さん同士で肩を組める
小澤:居酒屋やカフェでは2、3時間平気で居座れて、終電を逃すこともあります。そこで野球との差を突き詰めると、結局はコミュニケーションを取れるか取れないかの違いだとわかりました。
料理も1人で食べていたら面白くありませんから、居酒屋シートで誰かとゆっくり話せるようにしたわけです。それに、スタジアムは居酒屋と違い、選手がホームランを打ったらお客さん同士で肩を組めるという素晴らしい点もありました。
岡部:なるほど。
小澤:席も横一列だとしたら、両端は話すことができません。それに、アメリカでとあるマイナーの試合を視察したときは、内野席でも外野席でもお客さんは試合を見ずに周囲の人としゃべったり、場所によってはバーベキューをしていました。そこで、ホームランが出れば「おお、打った」という感じで野球を見るのですが、すぐに友人とのバーベキューに戻ります。
結局、野球自体を心から愛している人たちだけが観客なわけではなく、スタジアムで騒いだり友人とコミュニケーションしたりすることも含めて野球場にいることを楽しんでいるのです。
スポーツ好きをいかにつくりあげるかという視点は重要かもしれないですが、現実を考えるとそればかりではありません。
スポーツ好きではなくても、「あの子を口説きたい」「誰かと仲良くなりたい」というとき、「野球場に行こうよ」というほうが単に「飲みに行こうよ」というよりもずっと誘いやすくなります。
「チケットあるから」と誘われて行ってみたら、居酒屋よりも仲良くなれて、そのうえで地元のチームが勝てばものすごくうれしいということです。
(構成:小谷紘友、写真:福田俊介)
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。